夏の始まり
よろしければご覧ください。
「おはよう」
部屋のドアを開けてリビングまで行くと、結花がカーテンを開けて夏の燦々とした陽光が射し込んできた。
「おはよう」
「今日も、仕事?」
「うん、でもいつもよりも家を出るのは遅いけどね」
「そうなんだ。私、学校の先生たちって夏休みの間ほとんど休みだと思ってたけどそうじゃないんだね」
「事務作業とか教室の片づけとか子どもがいたときはできなかったことをする感じかな」
学校は夏休み、部活などが無ければ比較的休みが取りやすいところはいいところだと思う。研修とか会議がある日は休むわけにはいかないので、そのあたりは調整する必要はあるけど、普段ほとんど使うことができない有給を使ういい機会であることに違いは無かった。
「それじゃ、行ってきます」
朝食を食べ終えて家を出た。夏の太陽は朝から元気いっぱいの様子で一分もしないうちに汗が噴き出てくる。夏はあまり好きではない。かといって冬が好きかと言われるとそうでもない。結局のところ俺は
わがままなのだろう。
向こう側の道路のアスファルトが揺らめいている。何のために学校に行くのかよく分からなくなってきているこの頃だが、何とか夏休みまで乗り切ることができた。一先ずはその達成感に浸ろう。
学校に着いたが、普段なら賑わっている職員室も閑散とした様子で既に有給を使い始めている人もいるらしい。それでも職員室の冷えた空気はとても心地よく、しばらく椅子の上で何もすることなく座っていた。
「それでは、先生方も各自休みを取れるタイミングで取ってください。予定の変更などがありましたら私のほうまでお伝えください。それでは打ち合わせを終わります」
管理職がそう言った後、職員室を出て教室に行った。これまで子どもの声で騒がしかった教室が静まり返っており違和感がすごかった。
「よし、片付けるか」
掃除道具入れからほうきを取り出して、机と机の隙間を掃いていく。大掃除はしたがその後も教室を使っているためゴミがかなりの量出てきた。それを取り終えると今度は教室に溜まったプリントなどを捨てていく作業がはじまる。
「終わった」
一通り掃除し終わり、綺麗になった教室を教師用の椅子に座り見渡すと達成感を感じる。それでも時間は二時間ほどしか経っていない。外から聞こえてくる地域のボランティアの人たちがしているプール教室の声を聞きながら、張りつめていた緊張がどこか遠くに消えていくのを感じた。
「坂上さん」
「お疲れ様です。どうしたんですか?」
見ると隣のクラスの担任が扉の側に立っていた。
「いや、大したことじゃないんだけど私この後有給使って帰るから、もし何かあったら教えてね」
「分かりました。お疲れ様です」
それだけを言いにわざわざ階段を上がってきたらしい。
「俺も、帰るか」
特にすることもなくなったことに気が付き、ふと思ったことが口からこぼれた。
「今日、午後から休みます」
「分かりました。でも職員作業で掃除するからそれが終わってからでもいい?」
「えっ、あっ、はい」
そう言えばそうだった。今日は職員で学校を掃除することになっている日だった。なんで子どもに掃除させているのに改めて掃除するのか。それに次に来る時にはどうせ汚れているに違いないのに、子どものためを理由に自分たちで自分たちの首を絞めている気がしてならなかった。何が働き方改革だよ。
「なんで、内側に掃いてんの!」
玄関を掃除していると甲高い声が響いてきた。
「えっ、いや、あとから集めたらいいかなと思って。紙とかもありますし」
「ふつうは外に掃くのよ!意味が分かんない」
普通ってなんだよ。そもそも掃除の目的はその場所を綺麗にすることであって最後に綺麗であったら別にいいだろと思うのだが、どうやら違うらしい。やり方つまり過程も大切なのだとそう言うことだろう。
「すみません」
「そうよ、先生の言う通り、普通は外に掃くのよ」
あとから来た人も味方ではないらしく甲高い声で叱責してきた方の味方に付いた。だったら始めから、全てマニュアルにしてくれと思う。
「分かりました、次から気を付けます」
正直言いたいことはあったが、言って揉めるのがめんどくさい。でもうざいなと思っても言えるわけがないので黙って従うことにした。
「お疲れ様です。先生方ありがとうございました。これで学校も綺麗になり来学期からまた子供たちを気持ちよく迎え入れることができますね。本当にお疲れさまでした」
「お疲れさまでした」
職員室に終了の声が響く。時間を見ると既に二時を越えていた。本来ならもう帰っているはずの時間にわざわざ残って怒鳴られるとはどんな変態プレイなのかと思えてしょうがなかった。
「お疲れ様です」
カバンをもって職員室を後にした。
「だる」
一言だけ道を歩きながらつぶやいた。先ほどの出来事がフラッシュバックして怒りが抑えきれなくなってくる。深く、暑く熱された空気を鼻から吸って吐き出した。
「帰ろ」
家に着き中に入ると部屋の中は大変心地良い温度だった。
「お帰り、早いね」
結花はいつもと変わらない様子でこちらを向いた。洗濯物を畳んでいたらしい。
「汗、凄いね。暑かったでしょ。お風呂入ってきたら」
「そうする」
「でさ、着替えたらちょっと外に出かけない?アイスとか食べにさ」
「いいけど、それならこのままでも」
「私はいいけど、亮介君さっぱりしたくないの?まあ行く道でまたべたべたになるかもだけど一旦、汗流してきなよ。服もそのままだと気になるでしょ」
「うーん、わかった」
結花に促されるまま風呂に入った。シャワーから出る水の温度を下げて頭から一気にかぶり体の熱と、一緒に汗も流す。
部屋に戻ると結花が外に出かけられるような恰好に着替えていた。
「それじゃあ行こっか」
水を一杯飲んで着替えた後に外に出た。太陽は一段と存在感を増している。
「ひゃー暑いね」
「うん、結花さん大丈夫?」
「うん、亮介君のほうこそ大丈夫?」
「俺は大丈夫」
「そう?それなら出発しよ」
先ほどまでの陰鬱な気分はまだ残ってはいるが、そのことと結花は関係がないと思い忘れるように努めた。すると次第に意識がアイスに向いていき、少しずつ気分が良くなっているような気がした。
ああ、夏が始まった。
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