放課後の電話
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「坂上せんせーお電話でーす」
亮介はその声に反応して声の主がいる方を見つめると、電話を保留にしたと言いながら歩いてくる図工担当の原山がいた。
「保護者の米山さんからです」
「そうですか、ありがとうございます」
一言礼を言ってから席をたち職員室の後ろに設置されている電話の前に立ち、亮介は電話に出た。
「お待たせしました。坂上です」
亮介は一体なんの用事なのか検討もつかず、いつもの電話に出る調子で出た。
「お世話になっております。今日休んだうちの子のことですけど」
亮介は嫌な予感がした。電話から聞こえてくる声に少しの苛立ちが感じられ少し身構えた。
「なんか、朝いきなり泣き出して、それで話を聞いたら先生が手をあげてもいないのにあてられて、それで皆に注目されるのが嫌だとか言ってたんです。先生それは本当ですか?」
亮介は普段から手をあげていない子どものことをあてることがある。そうするのは子どもたちの集中力を高める狙いをもっていた。特に勉強が苦手な子どもにとって、手をあげないとあてられないということを学習をしてしまうと授業への集中力は途端に無くなり、落書きや手遊びに没頭することが多くなる。そのせいで余計に分からなくなり、その教科を毛嫌いすることに繋がっていきその考えを後々になってから矯正しようとしても困難な場合が多い。それを少しでも減らそうとして亮介はあえて手をあげていない子どもを指名することがある。ただ、必ず答えれる場所を選んで指名しており、答えられないことはほとんどなかった。
「はい、本当です。ですがそれは米山さんだけではなくクラス全員がそのように手をあげていない場合でもあてています。米山さんだからあてているといったことはないですが」
「それでもうちの子が泣いてるんですよ!先生どうするつもりですか!うちの子が不登校になって学校うに行きたくないとか言い始めたら責任とれるんですか?先生それにうちの子はそうしたことに敏感だって聞いてません?手をあげていない子をあてるなんてどうなんですか?」
徐々にヒートアップしていく親の耳をつんざくような声に亮介の心に暗雲が立ち込め始める。亮介は
子どものことを思い行動しているつもりだったが、正直親のことまで考えてはいなかった。
「申し訳ございません。子どもの考えに寄り添えていなかったと反省します」
「反省しますじゃないでしょ!どうするのよ!うちの子が明日から学校に行かなくなったら。それにさっき先生言いましたけどクラスでは手をあげていない子を当てているんでしょ?やめた方が良いですよ、それ。うちの子はこうして私に話してくれたからいいけどきっとクラスの子の中には嫌だと思っていても話せない子もきっといると思いますよ!」
余計なお世話だ。亮介は心の底からそう思った。教育に関してはどう考えてもこちらの方が知っている。親が育てている人数は多くても3人程度、教師が関わっているのはその二十倍以上の子どもと接しており、技術もある。だがそれを言ったところで逆上するのは目に見えているのでグッと堪えることにした。
「すみません。今後そのことについては配慮していきますので」
「初めからそうしなさいよ!ほんとに馬鹿なんだから。公立の教師だからって仕事適当にしてたら駄目だと思いますよ。今回はもういいですけど次からは気を付けてください!」
電話は捨て台詞のような言葉を吐き出した後一方的に切られた。受話器を元に戻し自分の席に亮介は戻り亮介は考えた。ドラマや映画では教師は子どものことを一番に考えて、時には保護者に対しても意見するそんな場面も見かけるが、現実でそんなことをする人は少ない。ほとんどの場合は話が拗れることに繋がり、それを対応するには時間も人も足りないだけでなく気力も削られていく。今は配慮という言葉が、都合よく使われているが結局のところ言われる側の負担を考えず使われていることが多い。そんなことを考えながら亮介は時計を見た。時間は定時過ぎだった。
「お疲れさまでした」
亮介は定時になったのを見計らってすぐに職員室を出た。今日は残って仕事をする気にもなれずそのまま帰ることにした。亮介が空を見上げるとまだ明るく、近くの公園では子どもが遊んでいる元気な声が聞こえてくる。公園にはたくさんの子どもがおり、亮介が担任をしている子どもの姿もあったが今はその姿を見ても気持ちが下がるばかりだった。重い息を亮介は道に吐き捨てるかのように時間をかけて吐き出した。
「そういえばさ、そろそろ夏休みじゃないの?」
結花は普段では考えられないほど早く帰って来た亮介を見て少し驚いた様子だったが、亮介の顔色を見て何かあったことを察していた。だが亮介が纏っている人に聞かれたくないというオーラも同時に伝わってきたため、一先ずは聞くのを止めた。
「ん、そうだね」
「夏休みに入ったらちょっと遊びに行ったりしない?」
「いいけど、どうして?」
「前の旅行の時の返事がしたくて」
「あーそう言えばもうそんな時期か」
亮介にとって、待ちわびていた時が来たはずなのにその瞳には今は心底どうでもいいというような色が宿っていた。
「うん、待っててくれてありがと。でもいつ言うかは私が決めさせてほしいんだけどいい?」
「うん、いいよ。ずっと待ってる」
亮介は結花の自分を心配するような表情を見てすぐにいつもの雰囲気を醸し出した。ここまでの出来事と結花は関係ないと思いなおし、職場での不満を結花にぶつけるのはお門違いも甚だしいと反省した。
「ありがとね。あっそうだ、ちょっと早いけどご飯食べる?」
結花は時計に目を向けながらそう言った。
「うん、食べよっかな。お願いしてもいい?」
「もちろん」
結花はそう言ってキッチンに戻っていった。
亮介はいつもより早い食事を終えるとベランダに出て行った。日中はフライパンの変わりになりそうなくらい暑かった外の気温が夜になり、少しまろやかになっていたがしばらく夜景を眺めていると背中に、一筋の汗が流れ始めた。亮介はそのことを無視して今日買って来たばかりの煙草に火をつけ、揺らめく煙草の煙をただひたすらに眺めていた。
「亮介君暑くない?」
結花がベランダに出てきて冷やしたタオルを亮介に手渡した。
「煙草吸ってるの初めてみたかも」
結花はサンダルのぺたぺたという音と共に亮介に近づいていった。
「大学の頃に友達と成人祝いってことで吸って以来なんだけど、今日はなんか急に吸いたくなって買えりに買って来た」
亮介は結花の方を振り返ることなく独り言のように呟いて煙草を口元にもっていった。
「ごほっ、ごほっ!」
「だっ、大丈夫!?」
「はは、やっぱり普段吸わないから全然うまく吸えないわ」
そう言って亮介は手元でほんのりと赤く光る煙草を見つめていた。
「亮介君、今日なんかあったでしょ」
結花は優しく聞いた。
「うん、あった」
「なにがあったの?」
亮介はしばらく考えた。今ここで自分の思いを吐露してしまっても構わないかどうかを。だがどれだけ考えても言う気にはならなかった。
「ごめん、ありがと。でももう大丈夫だから気にしないで」
亮介は煙草の火を消した。結花はそんな亮介のことをただ見守ることしかできず、またどのように声をかけたら良いかも分からなかったため、亮介の横でただ一緒に暗闇に沈んだ街を眺めることしかできなかった。
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