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勿忘草  作者: アイス
2/22

あなたの名前は?

続きです。よろしければご覧ください。二人の物語が少しずつ進んでいきます。

 ちゃぶ台を挟んで二人の男女は向かい合って座っており、三月の冷たさを感じさせるような甲高い風の音だけが部屋の中で響いていた。


 「寒そうですね。つけます?暖房。」


 彼女は窓の外を見ながら立ち上がり、どこからかリモコンを取って来て暖房をいれた。ピッという音がした後、頭上に取り付けられたエアコンから暖かい風が吹き出し、これまで寒さで震えていた体が動きを止めた。


 「いや、そうじゃないだろ。あんた一体なんなんだ?ここは俺の部屋だろ?」


 立ち上がったついでにとお茶を入れようとして、冷たい透明な水の入った小さな鍋をコンロに置こうとしている彼女の方を見て言った。


 「ん?私ですか?私はそうですね。ここに住んでいる西宮結花というものです。そう言うあなたは?」


 西宮結花と名乗った彼女は1月にこの家を見に来たときに外にいたその人だった。確かにお近づきになれたらなんて考えてはいたが、さすがに近すぎる。せめて隣の部屋の住人とかならまだ理解できるが、ここに住んでいるとは一体どういうことだ。


 様々な疑問が頭の中を駆け巡っていったが、その中から今、最も言わなければならないことを探そうと脳が躍起になっているのが分かる。


 「あっ、えっと。坂上亮介です・・・」


 言いたいことはこれではないはずなのに、とっさに聞かれたから答えてしまった。西宮結花は自分の質問に素直に答えが返ってきたことが嬉しかったのか、目を細めて満足そうな笑みを浮かべた。その顔を見たら、出て行ってくれなんてとてもじゃないが言えそうにもない。


 「そう、亮介君って言うのね。それじゃあこれからよろしくね」


 「いや、少し待ってくれ。冷静になってくれ。この状況、どう考えてもおかしいだろ」


 「そうかな?別に良くない?一度顔は見たんだし」


 「何がいいんだ!?家族でもなければ知り合いでもない赤の他人だ!確かに一度顔を見たのはその通りだろう。でもそれなら今日ここに来るまでに何人もの人とすれ違った。だが俺はそれだけで心を許したりはしない。あんたはどうなんだ!?」


 西宮結花のあまりの能天気な様子に腹が立ち責めているような言葉遣いになってしまったが、彼女の暗くなった顔を見て冷静さを取り戻した。


 「いや、すまん。言い過ぎた。正直西宮さんも被害者なんだよな。西宮さんに当たってもしょうがないよな」


 「いいよ、別に気にしなくて。でもどちらかが出て行くにしても、この時期に今から新しい部屋を借りるなんて無理だよね。どうする?私は正直亮介君と一緒に暮らしてもいいけど」


 正直、彼女の提案は喉から手が飛び出るほど嬉しいものだった。というのも、どちらかが出て行くことになったらさすがに俺が出て行こうとは思っていた。ただ勤務地の関係もあって実家から出てきているため親に頼ることはできず、地元の知り合いと呼べる人達もまだいない。そうなれば家が見つかるまでビジネスホテルかどこかで暮らさないといけないと考えていたわけだが、それをしてしまうと給料が吹き飛んでしまうためどうしようかと思い悩んでいたところだった。


 「もし、西宮さんが良いならできるだけ早く別の部屋を見つけようと思うのでそれまでですが、どうぞよろしくお願いします」


 「こちらこそ。よろしくお願いします。さて、一緒に住むにあたっていくつかルールを決めましょう」


 彼女は胸の前で両手を合わせて音を出し、わざとらしい口調で話を切り替えようとした。


 「ルールですか?」


 「そうです。ルールです。さっき亮介君も言ってましたが、私たちは今日が初めて会った日と言っても過言ではありません。そんな中で一緒に生活するんだからルールは決めておいた方がいいと思うんです。例えば皿洗いとか」


 彼女は大げさに右手の人差し指を立ち上げながら言った。


 「確かに決めたほうがよさそうですね。とりあえず後から決めると揉めそうな家賃の話からしませんか」


 これから社会人になり金を稼いでいくことになるが、金の問題は明確にしておかないと後々厄介なことになる予感がするため彼女に提案した。


 「そうだね。それがいいと思う。でも恥ずかしんだけど今、私休職していて収入が・・・あっ!でもあれだよ。別に無職ってわけじゃなくてこれまでの貯えがあるからしばらくは大丈夫なんだけど、できれば・・・」


 申し訳なさそうにこちらを上目遣いで見てくるのはずるいと思うが、それならば別に家賃に関してはかまわない。初めから、自分で全てしないといけないと思っていただけに特に何も感じなかった。むしろ、かっこつけれる場面があってよかったとさえ感じる。


 「いいですよ。全て払います。もともとはそのつもりだったし」


 「ありがとう!その代わりと言ってはなんだけど、私、料理、洗濯、掃除はさせてもらってもいい?」


 「えっ、いいの?正直すごく助かるとは思うんだけど、家賃程度じゃ割に合わないっていうか・・・」


 まさかの発言に少々驚いてしまった。一人暮らしをするにあたって家事の問題は避けては通れないと感じており、これまで全て母親にやって来てもらっていたものをいきなり一人でできるのかという考えは常に頭のどこかにあった。初めての仕事、初めての場所、初めての家事、これら全て一挙に一人でするのはどこかで体を壊してしまわないかと心配でもあった。


 「うん、家賃だしてもらうわけだし、あっでも亮介君が気になるなら毎朝のゴミ出しはお願いしてもいい?まとめてはおくからさ」


 こちらの気持ちを察してか彼女はそれ以外にもいくつかの仕事を任せてくれた。ただ、家に帰ってくるときに食材の買い出しを頼みたいとかその程度のものであった。それでも彼女の自分以外の人に対しての思いやりを感じるには十分なものであり、これからの生活を想像すると急にこれまで抱えていた不安が溶けてなくなっていくのを体の内で感じた。


 そうしていくつかのルールを二人で決めた後、今日の晩御飯はどうするかという話になり近くのレストランに食べに行くことになった。少し早い時間ということもあり、店内はそれほど混んではおらず店の中に入りしばらくしてすぐに席に通された。


 席に着くと机の横にはこの店のメニュー表が2種類ほど立てかけられており、そのうちの一つを彼女に手渡し残った方を自分の目の間に置き中を見ながら食べたいものを考えた。


 「ピザにするか、スパゲッティにするか、どうしよっかな」


 「ピザいいじゃん。だったらこれにしない?私も食べたいなーって思ってたんだけど一人で食べるにはちょっと量が多いし、味も飽きちゃうかもって思ってさ」


 彼女が指さすところには生地の上にトマトソースとチーズがふんだんに使われその上にバジルの葉がアクセントして乗っているピザの写真が載っていた。


 「うん。それにしましょう。だったら後、この海鮮スパゲッティにしよかな」


 「私は、このペペロンチーノにしよっと」


 注文内容を机に置かれているタブレットに入力し終わり、席を少し離れ水を取りに行った。


 「お水取ってくるけど西宮さん、氷いる?」


 「ありがと、でも私氷はなしでお願い」


 ドリンクバーの機械の側に行き二人分のコップに水を注いだ。その隣では小学生ぐらいの3人組が楽しそうにジュースを混ぜ合わせて笑いあっていた。


 「はい」


 「ありがと」


 席に戻ると彼女は何もすることなく席に座っており、少し不思議な雰囲気の人なんだと感じた。


 「まだかなー」


 彼女は待ち遠しそうな声で従業員が出入りしている場所を振り返って覗いていた。


 「あの」


 「ん?どうしたの」


 後ろを向いていた彼女がこちら顔を向けて首を傾げた。その姿を見て何かを言おうとしていたがそれが一体何だったのかが分からなくなってしまった。


 「いや、明日から俺仕事に行くから、家のことよろしくお願いしますって言おうとして・・・」


 歯切れの悪い様子に彼女は不振がっていたが、すぐに明るい表情をこちらに向けて言ってくれた。


 「もちろん!任せてよ。朝ごはん食べるよね?用意しておくね」


 「えっ、用意してくれるの?夜だけだと思ってた」


 「もーそんな薄情な女じゃないですよ。私は」


 少し不貞腐れたような態度を取ったが、それが本気ではないのは誰が見ても明らかでありその証拠に口元は少し笑っており、目も閉じてはいるが穏やかな感じがした。


 「すみません」


 今度はこっちがわざとらしく頭を下げてみた。


 「分かればいいんですよ」


 そう言って二人で笑顔になったあと注文していたものが届きそれぞれ自分の分を食べながら、他愛無い話をした。


 「ふー食べた。食べた」


 「なんかおっさんぽいですね」


 「なんてこと言うの。この子は!・・・でもいいや、今幸せな気分だから許してあげる。あっでも一つだけそのたまに出てくる敬語はやめてほしいな」


 「敬語をですか?」


 「うん。なんか他人行儀な感じがしてちょっと気になるかな。これから一緒に生活していくわけだしできれば、気安く話してほしいなって思って」


 言われてみれば確かにそっちの方がいいなと思った。一緒の部屋に住む人に対して敬語というのも、どこか変に感じるし、これからのことを考えると敬語じゃない方が楽かもしれない。


 「分かった。でも失礼じゃないですか?多分俺より年齢上ですよね」


 働いていたとの発言からの推測でしかないが、それでも今年から働き始める自分と比べてそこまで差は無いとは思うが、それでも下ということは無いと思う。


 「こら、女性に年齢は聞かないの。でも亮介君よりは上だよ。何歳だと思う?」


 悪魔みたいな質問が来た。まあこういうのは基本若く言うのが鉄板ではあるだろうけど、彼女の見た目から考えると正しい年齢を答えても問題ないと思う。むしろ18歳なんていうと馬鹿にしてるのかと言われそうだ。


 「うーん。俺が今年で23歳だから、25歳くらい?」


 それを聞いて彼女は少し笑ったような気がした。


 「ふーん。亮介君には私が25歳に見えるんだ。へーなるほどねー」


 正解なのか間違いなのかよくわからない感じだった。だが憤慨している様子もないし顔を見るにおおよそ正解に近かったのだろう。安心した。


 「で、正解は?」


 「おっと、亮介君。遠慮がないね。でも答えは教えないよ。でもとりあえず25歳ってことにしておこうよ。そしたら誰も傷つかない」


 笑いながら彼女はそう言った。


 「分かった。それじゃあとりあえず話も一段落したから部屋に戻らない?」


 「いいよ、そうしよ」


 彼女が立ち上がりながら伝票を取り立ち上がり、レジまで歩いて行った。


 「いいよ、払うからかして」


 前の4人家族の会計が終わるのを待ちながら彼女に話しかけた。


 「いいよ、いいよ。私が払うから。その代わり帰りにアイス買ってほしいな。それでどう?」


 もう彼女の中では自分が払うイメージが頭の中でされているようだった。そして気を使わせないとアイスを買ってほしいといったに過ぎないのは雰囲気で分かったが、それにおとなしく従うことにした。


 店を出て夜の街を歩いていると日中と違い太陽がないにも関わらず、このあたりはまだまだ眠れないとばかりに煌々とした灯りが四方の店から漏れ出しており、昼間よりも明るいのではないかとさえ感じられた。


 しばらくするとコンビニに着いた。24時間やっているこの店はスーパーで買うよりは少し値が張るがコンビニエンスというだけあって便利であり、大学生のころからよく使っている。


 「私、これにする」


 そう言って持っていたカゴの中に一つのアイスを入れた。みかん味のよくあるシャーベットだった。


 「これだけでいい?」


 「うん。ありがと」


 彼女はそう言いながらアイスの入ったケースの中をのぞいており、それを横目に後ろに置いてあったコーヒーを一つカゴの中に放り込んだ。


 店を出てシャーベットを彼女に渡した後自分のコーヒーを袋から取り出しストローを挿して吸い込んだ。苦いのは別に好きではないがこの風味が好きでいつもコーヒーを飲んでいる。鼻から抜ける香りは値段相応のものだったが十分なもので、横で赤くなった手でアイスの木の棒を持って食べる彼女をばれないように見ながらゆっくりと歩いて家に戻っていった。

ありがとうございました。この話を気に入ってくださりましたらブックマーク登録や評価していただけると幸いです。また次回もよろしくお願いします。

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