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勿忘草  作者: アイス
17/22

変わらぬ日常

よろしければご覧ください。

 亮介と結花が九州旅行から帰って来て数日が経ち、またいつもの日常にその身を置くことになっていた。


 「行ってらっしゃい、気を付けてね」


 「ああ、行ってきます」


 亮介は電車の中で今日すべきことを考えていた。旅行中は自分の本来の姿でいることが許されたが、また社会に出て、職場の人間や子どもたちと会う時には先生という仮面を被り本来の自分とは違う姿を演じなければならず少し億劫さを感じていながらも、電車は学校と自分との距離を無理やり近づけていく。


 「おはようございます」


 「おはようございます」


 亮介が職員室に着いた時間は7時30分ごろだったがそれよりも早くに来ている者たちもいた。働き方改革なんて言うものが謳われながらも実際のところ朝早く来なければならないのが事実だであり、職員室の後ろのコピー機がせっせと働いている音が聞こえていた。


 「今日からまた始まりますね。坂上さんしっかり休めました?」


 「はい、おかげ様で旅行にも行けたんですよ」


 「そうなの、いいわね。私は実家の方に子ども連れて戻っただけ。まあ実家が関東のほうだから旅行って言えば旅行なんだけどね」


 「そうなんですね。東京とかですか?」


 「そう、でも東京って言っても田舎の方だけどね」


 職員室の中ではそんな毒にも薬にもならぬような話で盛り上がっていた。いや盛り上がっているように見せているだけで正直全員がどうでもいいなと思いながら会話しているのだろう。その証拠に会話の内容を掘り下げるものも当たり障りのないものばかりだった。


 「そろそろ、行きます」


 「あら、もうそんな時間?あーまた始まるー」


 「そうですね」


 亮介はパソコンと自分の荷物を手に取って職員室を後にした。階段を上り教室に着くとくぐもった空気が部屋を満たしており、一瞬入るのを躊躇ったが意を決して中に入り窓を開け新鮮な空気を取り入れた。しばらくすると聞き覚えのある子どもの声が廊下から耳に入ってきた。


 「おはよう」


 「・・・」


 教室に入ってきた二人はあまり会話をするタイプの子どもたちではなかった。亮介は自分の挨拶が無視されたことに少しがっかりしていた。だが職員室でも朝、挨拶をしても聞こえるか聞こえないか分からない大きさの声でしか返してこない人もいるため、大人が出来ていないのにそれを子どもに求めるのも可笑しな話だと考え、あまり気にしないことにした。


 「おはよう」


 「おはようございます」


 次に教室に来た子どもたちは元気に挨拶を返してきた。亮介は子どもたちに負けないように元気よく挨拶をしていく。それがこの場における正しい姿だから。


 その後も続々と教室に入ってくる子どもたちに「おはよう」と声をかけていき、時間も8時15分に差し迫り教室の中では休み中の思い出話に大人とは違い本気で花咲かせていた。亮介は子どもたちに出していた休み中の宿題に目を通し丸付けをしていたが、途中でクラスの何人かが側に来て話を始めたので手を止めて子どもたちと一緒に話をすることになった。


 一時間目と二時間目が終わり休み時間に入った。丸付けはまだ終わっておらず、それに親からの連絡が無いかノートを確認もしないと行けなかったが、子どもたちから外で一緒に遊ぼと言われたので外に出ることにした。亮介は鬼ごっこをしながら休みに入る前の忙しさを徐々に思い出していった。


 三時間目が始まりチャイムが鳴ったが、子どもたちはまだまだ話したりない様子で近くの友達と大きな声で話していた。


 「静かにしなさい。教科書とノートを出して前を向きましょう」


 亮介は子どもたちに次にすることを言ったが、ほとんどの子どもには聞こえておらず騒がしさは留まるとこを知らなかった。中には授業が始まったことに気が付いて待っている子どももいるが亮介の目にはそれがはいらず注意の声が大きくなる。


 「いい加減にしろ、何時まで話してる。時間を守って行動しなさい!」


 亮介はついに怒鳴ってしまった。ここに至るまで既に五分ほどが経過しており、亮介は準備していた内容を変更せざるおえなくなってしまっていた。子どもたちは静かになった。だが授業が始まり少しするとまた関係ない話をし始め、亮介は次第に苛立ちを覚え心の中で舌打ちをしている状況だった。


 その後も一度全員を怒鳴りつけ何とかその日の授業は終わることができ一安心して、明日こそは良い授業をしようと心がけその準備に取り掛かろうとしたときに一つ思い出したことがあって落胆した。今日は亮介が務めている学校で会議があるのだ。これからのことについて職員全員で話し合う大切な時間だとは思うが如何せん長い。平均2時間程度かかりその後も聞いたことのないような研修が待っているため自分の時間など無いに等しかった。それに会議と言っても書かれている内容を、ただひたすらに上から読み続けるだけのものが多かったり、そもそも担当者が方針を決めそれを説明するだけでいいものを全員で一から考えようとして結局時間だけが悪戯に過ぎていくことが多い。


 亮介はまだ自分の意見を言える立場ではないことが分かっており、ただひたすら聞いているふりをしていた。そもそも知らない単語が出てくるがそれについての説明は無く、会議中は私語厳禁と言わんばかりの雰囲気があり聞くこともできずよくわからないまま説明が進んで行く。それに諮ってくれと言われるがその時間も長い上に内容も議論する必要があるのか分からないものばかりだった。なぜ、教室のゴミを子どもたちが捨てに行くルートを決めるなど、どうでもいいような内容から普段通っては行けない場所がありそこは支援の必要な子どもは通ってもいいのに他の子はダメなのか、それでは文句が出ないかといった、これまた訳の分からない内容の議論が無駄に時間を食い潰していく。


 そうした削ろうと思えばいくらでも削れるような会議に贅沢に時間を使った後は、研修がある。これまた特に身になるような話も少なく、それなのに全員強制参加とかいう意味の分からないものだった。本当に参加する必要があると思うなら、強制などにしなくてもいいのではと亮介は思ったがどうやらそう言うものでもないらしくこれが社会なのだと納得することにした。


 そうしてようやく退屈な研修も終わり席に戻ると亮介は机の上に自分で書いていた付箋に目を落とし、仕事を一つ思い出した。亮介が受け持つクラスには不登校の子どもがおり、その子に電話をしないと行けなかったのだ。そして電話をかけ様子を聞いて一通り今後のことについて話終わりようやく自分のことができると思ったが時計は4時半を過ぎようとしていた。定時は4時45分なので後15分程度しか猶予が無いわけだったが、教室にはまだ山積みの宿題が残っている。その様子を想像して亮介はため息が出そうになった。だがやらないわけにはいかず意を決してそれらの作業を全て終えると、時刻は7時半だった。

職員室に戻るとまだ何人かの人が残り、たまった仕事を片付けていた。同じ学年で組んでいる教師たちの姿は見えず、どうやら先に帰ったらしい。


 「お疲れ様です」


 「お疲れ様です」


 電車に乗りこんだ亮介は、不満を吐露するような場所は無いためそのまま言葉は呑み込みその代わりに重いため息を吐き出した。


 亮介は電車を降りた後、自分の前を通過していく電車が見えなくなるまで目で追っていた。ホームの中に人気が無くなり亮介だけがそこに立っていた。改札を潜り家まで歩いて帰る亮介は両耳から聞こえてくる音楽に全ての意識をゆだね、暗闇の中を一人歩いていた。


 「お帰り」


 「ただいま」


 亮介が部屋のインターホンを押すと、しばらくして結花の声が聞こえてきて扉が開いた。


 「お疲れ様、どうだった?久しぶりの学校は」


 「特に何も無かったよ。それより結花さんはどうだったの?」


 「私はいつも通りだよ。あっそう言えば今日、ショッピングモールに行ったんだけどお風呂に入れる

バスボムがあってさ、凄い良い香りだったから買っちゃった。亮介君使ってみて」


 「うん、それじゃあ入ってくるよ」


 「あがったらごはん用意してるからね」


 「ありがと」


 亮介は湯船につかりながらシュワシュワと音を立てて消えていくバスボムをひたすらに眺めていた。

何も考えたくないのかバスボムが溶け終わると、浴室の天井を何をするわけでもなく見つめていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。今回は普段の一人称視点ではなく三人称視点で物語を展開させてみました。個人的にはどちらも好きな書き方でかなり満足に書けました。

今後もよければお読みください。よろしくお願いします!

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