I Am The Walrus
朝、目覚めたら俺はセイウチだった。
とりあえず、鏡に映してみる。
二本の牙が凛々しい。
部屋が狭いと思ったら、俺が大きいだけだった。
3メートル強の巨体になっている。
どうりで鏡一面が茶色だった訳だ。
俺は自堕落な男だ。毎日そこそここそこそ働いて、少しばかりのお金を得る。そのお金で食べるものを買って、食べて寝るだけで十分なんだ。そのまま死に逝くので充分な人生だ。世の中には素晴らしい作品が溢れている。映画、小説、漫画、ゲーム、ドラマ、その他もろもろだ。どれだけ消費しても消費し尽くせない。誘惑だらけで嬉しい限りだ。名作を食べて食べて食べつくして、死ねるなんて素晴らしい。この美しき人間の日々に他に何を望むのか。そうは思いませんか皆さん。
とにかく体が重い。
セイウチは体重が1トン近くあるから。
ウィキペディアで調べたから間違いない。
キーボードを叩ける手ではなくなってしまったので、
俺は牙を巧みに使って検索ワードを打った。
ウィキで調べるのにも一苦労だ。
この先の生活が思いやられる。
名作を消費しすぎた結果、自分にも何か作品が作れるような気がしてきた。これが悪夢の始まりだった。食べて寝るだけで充分なはずだったのに、才能がそれを阻みはじめた。自分は誰も観たこともない作品が創れる。そんな予感が体中を駆け巡った。楽しく消費していた日々は終わりを告げ、新しいモノが頭の中をちらつきだす。才能が俺の平穏な生活を邪魔している。天才とはかくも悲しきものなのか、と本気で思った。
視界が拡がった気がする。
セイウチは眼が横にあるから。
子供が車に轢かれる理由は、視野が狭いからだ。
ボールを追いかける子供が道路に飛び出してしまうのは何故か。
狭い視野ではボールしか捕らえることができない。
結果、横からやってくる車を確認することができない。
大人になると徐々に視野が拡がっていく。
そしてセイウチになると更に拡がる。
交通事故に遭う確率はほぼ0%になったのではないか。
病気に罹ってしまった。作家病とでも言えば良いのか、そんな病気だ。ここ一週間は、想像の中で"万華鏡の瞳をした少女"の話を考え続けている。もしくは"ルーシーがダイヤを付けたら空の上を飛び回る"話。よくわからない話が頭の中を駆け巡っている。これを病気と言わずして何と言うのか。余談だが、最近、中二病と言うフレーズを使用する人が増えているが、寒い。俺みたいな奴に対して、それって中二病だよねみたいなことを言う奴は多いと思う。なんていうか、筋肉痛アピールとか、寝てないアピールとかしてくる奴らが言ってくるイメージがある。余談だけど。
部屋の外に出たいけど、どうしよう。
射殺されたらどうしよう。
そもそも、俺以外の人間は"人間"のままなのか。
外の人が皆セイウチだったら安心して外出できる気がする。
いやいや、そもそも、何で俺、セイウチになったんだろう。
病気を拗らせた結果、朝起きたらセイウチになっていた話を書こうと考えた。思いついたときは、これしかないと思った。でも書いてみたら、意味が良く解らない話になっていった。読んでくれる人に怒られるレベルだった。しかも、主人公は良い小説が書けなくてセイウチになった、というオチを用意していたが、山月記のパクリだということに途中で気付いた。最悪だ。
山月記は、詩をつくっている主人公が虎になってしまう話である。第一流の作品を創れずに、臆病な自尊心と、尊大な羞恥心にやられちゃった主人公。国語の教科書に掲載されていて、何人もの心を折ってきた超名作だ。久々に読み返したら、当時の数倍のダメージがあった。皆さんも是非どうぞ。
★☆★ ↓山月記↓ ★☆★
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