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【書籍化】後宮の筆跡鑑定官 秘された遺書とかりそめの関係  作者: 高里まつり
第四章 破られた紙はもとには戻らない

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4-7 信頼の芽



「ちょっと、いいですか」


 気づけば、外は日が傾き始めていた。

 「そろそろ帰らないと」と立ち上がった雪燕を廉明殿へ見送るべく、深玉が腰を浮かしたところで、夏丞に引き留められる。


「……なに」

 言われることは大方想像できた。今までこの話題が出なかったことが奇跡ですらある。

 深玉の表情を読んでか、夏丞が眉を下げた。

「そう嫌な顔をなさらないでください」

「ちゃんとわかってる。聞かなきゃいけないんでしょう」


 蓉昭儀の件について、彼女がなにか知っていることはないか――雪燕の廉明殿での状況を改善するためにも、早く解決に導けた方がいいのは理解している。


 夏丞が頷く。「私が聞くより、今のあなたが聞いた方が、彼女も構えずに答えてくれるでしょうから。この場はおまかせしても?」

「期待しないでほしい。うまく聞き出せる自信がない」


 当の雪燕は、少し離れたところで、凛凛が土産にと包んだ菓子に頬を綻ばせていた。せっかく彼女の気持ちを上向かせることができたのにと思えば、やはり気は引ける。


「大丈夫ですよ。端からあなたの話術には期待していませんから、ご安心を」

 とんだ言い草である。「悪かったわね。頼れるはずの女官が不出来で」

「ちゃんと最後まで聞いてください」続ける夏丞に、からかう調子はなく。「期待はしていませんが……あなたの誠実さには賭ける価値があるとも思っています」

「え」

 今、なんと言った。


 驚いて深玉が見上げると、夏丞は口端を持ち上げる。

「人は完璧より不完全を愛すると言いますしね。雪燕さんも、あなたのそういう馬鹿正直にぶつかってくる姿に惹かれたのでしょう」

「褒めたいのか貶したいのか、はっきりしてくれない?」

 深玉はつい前髪をかき上げかけて、今は綺麗に整えてもらっていることを思い出す。

「褒めていますよ。私の中では最上級です」

 と、言いながら、夏丞がふいに雪燕が挿してくれていた簪に手を伸ばしてきた。

「ちょっと」

「どれをつけても同じ。簪は簪でしょう」今の簪を引き抜かれ、代わりに卓の上にあった別のものを髪に挿し込まれる。「あなたの好みもこれで知れましたし、今度は私の好みを知ってください」

 鏡を覗けば、濃藍の石が嵌った上品な釵子(さいし)が髻(もとどり)の結び目で光っていた。悪くない趣味、だとは思うが。

「……あなたの好みを知って、わたしになんの得が?」

 一瞬、視線が鏡越しに交わる。

「さあ、なんでしょうね」

 夏丞がもう行けと言わんばかりに深玉の背を押す。「そうなんでもうまくいくものでもありませんから。雪燕さんからうまく聞き出せなくても、今度は私があなたの嫌うやり方で雪燕さんから情報を取るだけです。安心してください」


 呆れた。ずいぶん根に持たれている。「あなた、ねちっこいってよく言われない?」

「ええ」夏丞がからりと笑う。「粘り強さにはもともと自信があります」

「前向きで結構なことね」


 簪の件から落ち込んでいるのではないかと思っていたが、どうやら心配は無用のようだ。

 むしろ――なにか、少しだけ変わったような。

 深玉は夏丞を一瞥すると、雪燕のもとに足早に急いだ。

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