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0 前夜
花窓のむこう、空の奥で星が瞬いている。
短夜に急かされるようにして、女は書き上げたばかりの書を折り畳んだ。
もう一刻の猶予も許されない。やるなら、今しかない。
女は、臥室から退出していく侍女の足音が遠くなったのを確認すると、燭台を手に露台から外に忍び出た。裸足の足に下草が傷をつくるが、構わなかった。暗がりの中、小さな灯りだけを頼りに、いつか聞いたあの場所を探す。
「ああ……あった。きっと、ここね」
押し開け、懐に忍ばせていた書をその奥深くへと隠し入れた。
「どうかこれだけは、お願い」
外は虫の声ひとつなく。月影が園林を淡く照らしていた。
ふいに、蓉昭儀さま――と遠くから女を呼ばう声がした。焦り振り返れば、弾みで燭台が手から滑り落ちてしまう。蝋が地面で潰れ、炎がかき消えた。
「……戻らないと」
女はひしゃげた燭台を手探りで拾う。
帰り道は、すべてが闇に沈んでいた。