第55話 新たな調和と次の旅
名誉回復から数日後。
帝都の朝は賑やかだった。市場には人々の声が響き、商人たちが元気よく呼び込みをしている。
レオンは研究室の窓から外を眺めていた。すると——空に人影が見えた。
「あれは…エオリア?」
青緑色の髪が風になびき、エオリアが空中を浮遊している。屋根の上に腰を下ろし、気持ちよさそうに日光浮をしていた。
「気持ちいい〜」
エオリアが満面の笑みで空を見上げる。
屋根の下では侍女たちが慌てふためき、必死に手を振っていた。
「エオリア様、危険です!降りてきてください!」
「落ちたらどうするんですか!」
その声にエオリアがクスクスと笑い、悪戯っぽい表情で応える。
「風があれば落ちないよ。ほら」
ふわりと浮き上がり、風に乗って回転する。優雅な動きに、侍女たちが悲鳴を上げた。
フィルミナは屋根の上のエオリアを温かい目で見上げながら、微笑みを浮かべる。
「エオリア、元気なのはいいことだね」
その隣でリヴィエルが深いため息をつき、疲れ切った表情で肩を落とした。
「護衛が追いつけない…私の心臓が持たない」
本気で心配している様子に、クリスタが共感するように頷いて付け加える。
「私も最初はこうだったよ。自由を取り戻すって、こういうことだよね」
マリーナが明るく手を振る。
「エオリア、楽しそう!私も一緒に飛ぼう!」
風に乗って空へ舞い上がる。二人が空中でくるくると回った。
その光景を見つめながら、レオンが微笑む。
(エオリア、本当に楽しそうだな。500年ぶりの自由を満喫してる。あの笑顔を見ると、嬉しくなる。自由って…人にとって、こんなにも大切なものなんだ。前世の研究室では味わえなかった、この世界の温かさ。エオリアの笑顔が、それを教えてくれる)
昼過ぎ。
エオリアが突然、研究室に飛び込んできた。
「レオン!市場に行きたい!」
目をキラキラさせている。
レオンが首を傾げる。
「市場?いいけど...どうしたの?」
「500年ぶりの買い物!」
エオリアは待ちきれない様子だった。
フィルミナが提案する。
「じゃあ、みんなで行きましょう」
リヴィエルが護衛モードに入る。
「待て。護衛配置を確認しないと...」
でも、エオリアはもう待てなかった。
「風に乗っていこう!」
ふわりと浮き上がり、窓から飛び出す。
空を見上げた民衆たちが、驚きの声を上げた。
「エオリア様が空を!」
「風の精霊だ!」
エオリアは風に乗って市場上空を旋回し、人々に手を振りながらゆっくりと降りていく。その優雅な姿に、市場中が歓声に包まれた。商人たちが駆け寄り、民衆が口々に名を呼ぶ。
「エオリア様、ようこそ!」
「何でもご覧ください!」
エオリアは目を輝かせて店を見て回る。
「この布、綺麗!」
「このお菓子、美味しそう!」
一つ一つに感動し、商人たちも嬉しそうに説明する。
レオンたちが追いついた時には、エオリアは既に大量の荷物を抱えていた。
(自由って、一人じゃなくても持てるんだ)
(みんなと一緒でも、私は私でいられる)
(これが...調和なのかな)
(幸せ)
エオリアの心が、温かい想いで満たされていた。
ガルヴァンが報告書を書く。
『殿下、新時代の幕開けです。風の守護者が民衆と触れ合い、新たな調和の時代が始まりました』
レオンは困惑する。
「ただの買い物だよ...」
でも、民衆の笑顔を見て、それもいいかと思った。
---
夕方、レオンの研究室。
六人が集まって研究と雑談を楽しんでいる。机には六体共鳴のデータが広げられ、温かい雰囲気が漂っていた。
レオンはノートに何かを書き込みながら、興味深そうに呟く。
「この共鳴パターン、面白いな」
その隣でフィルミナが優雅な仕草でお茶を淹れ、温かな香りが研究室に広がる。
「レオン様、お茶をどうぞ」
マリーナは自慢げな笑顔でクッキーを並べながら言う。
「私が焼いたクッキーもあるよ!」
テラが静かに古代文字で記録を残す。その横でクリスタが魔法陣を描きながら提案した。
「この記録、結晶化保存がいいかも」
エオリアが戸惑った顔をする。
「私は...何をすればいい?」
レオンが優しく微笑む。
「エオリアは、風で換気してくれるだけでいいよ」
「それだけで、研究室が快適になる」
「君がいてくれるだけで嬉しいから」
エオリアが頬を赤くする。
「...ありがとう」
柔らかな風が研究室を流れる。窓から入る夕日と相まって、心地よい空間が生まれた。
六人が自然に会話を交わす。レオンが少し心配そうに言葉を続けた。
「でも、無理はしないようにね」
それにフィルミナが優しく応える。
「みんなとの時間も大切ですから」
マリーナが元気よく頷き、笑顔で付け加える。
「うん!一緒が一番楽しい!」
その温かい雰囲気にクリスタが幸せそうに微笑んだ。
「家族みたいだね」
リヴィエルは少し照れた様子で頷く。
「...そうだな」
テラが静かに頷く。
エオリアは温かい光の中で、幸せを噛みしめていた。
(これが家族...みんなと一緒にいる時間が、一番幸せ)
(もう一人じゃない。私には居場所がある)
(500年待った甲斐があった)
レオンは六人の笑顔を見て、深い満足を感じる。
(みんなが笑顔でいてくれる。それが一番大切だ)
(前世では叶わなかった、温かい仲間との時間)
(この世界に来て、本当に良かった)
窓の外で夕日が沈んでいく。
レオンが研究ノートを閉じる。
「六体共鳴、まだまだ研究のしがいがあるな」
「でも、今日はここまで。みんなとの時間を楽しもう」
六人が笑顔で頷いた。
---
夜。
フィルミナの部屋に、柔らかな魔法の灯りが揺れている。
真ん中にはお菓子とお茶が並び、ふかふかのクッションが円座で配置されていた。
四人がパジャマ姿で集まっている——フィルミナは白基調の上品なパジャマで長い髪を下ろし、リヴィエルはシンプルなパジャマに少し可愛い柄、クリスタは青系のパジャマで髪を結び、エオリアは風のような軽やかな青緑色のパジャマを着ていた。
クリスタが嬉しそうに言う。
「女子会だよ!」
エオリアが首を傾げる。
「女子会...?」
フィルミナが優しく説明する。
「みんなで集まって、恋バナをするの」
リヴィエルがニヤニヤする。
「さあ、恋バナしよう」
エオリアが困惑する。
「恋バナって...何を話すの?」
四人が円座で向かい合う。それぞれの表情が魔法の灯りに照らされ、温かい雰囲気が部屋を包んでいた。
フィルミナが提案する。
「レオン様の好きなところを、言い合いましょう」
四人の顔が一斉に赤くなる。
フィルミナは恥ずかしそうに手を胸に当てながら、でも幸せそうな笑顔で語り始めた。
「私は...優しいところ!いつも私たちを大切にしてくれる。レオン様と一緒にいると、安心する。ずっと側にいたい...」
その言葉を口にする度に、フィルミナの頬がさらに赤くなっていく。
(レオン様と一緒にいると、心が温かくなる。姉として、女性として、この想いは確かなもの。守られるだけじゃない。私も守りたい。レオン様の優しさに応えたい。ずっと、ずっと側にいたい。この想いを、いつか伝えられる日が来るかな)
フィルミナの心に、確かな恋心があった。
次にリヴィエルが腕を組みながら、照れを隠すように強気な目で言う。
「...信じてくれるところ。私を、ただの護衛じゃなく、仲間として。信じてくれる...それが一番嬉しい。認められたって、感じる」
普段の強気な態度とは裏腹に、その頬は真っ赤だった。
(信じてくれる...それが何より嬉しい。殿下は私を対等に扱ってくれる。護衛として、仲間として、一人の人間として。認められたい、その想いが叶った。だから私は殿下を守り続ける。そして、いつかこの想いも...)
普段は強気なリヴィエルの、素直な想いだった。
クリスタは膝を抱えながら、はにかんだ笑顔で語る。
「信じてくれるところ!300年の孤独を理解してくれた。レオン様がいるから、笑える。300年の孤独が、報われた」
その目には、幸せそうな涙が光っていた。
(レオン様がいるから笑える。300年間、誰にも理解されなかった孤独。それを受け止めてくれた。温かさをくれた。笑顔を取り戻してくれた。この想いは恋なのかな。でも確かなのは、レオン様と一緒にいたいってこと。ずっと、ずっと)
クリスタの心が、温かい光で満たされる。
最後にエオリアが目を輝かせながら、笑顔で言う。
「純粋で、自由をくれるところ。500年ぶりに、本当の意味で自由を感じた。レオンは、私を縛らない。一緒にいても、私は私でいられる。レオンと出会えて...運命だと思う」
その言葉には、深い感謝と想いが込められていた。
(レオンと出会えて運命だと思う。500年間、誰も私を理解してくれなかった。自由を奪われ、孤独に生きた。でもレオンは違った。私を信じてくれた。自由をくれた。温もりをくれた。この想いは、500年待った価値があった。もう離れたくない)
エオリアの心に、深い想いが刻まれていた。
四人が顔を見合わせる。
フィルミナは優しく微笑みながら、みんなの手を取った。
「ライバルだけど、友達」
四人が手を繋ぐ。その温もりが、互いの想いを繋いでいく。
リヴィエルが柔らかな笑顔で言う。
「みんなで一緒がいい」
クリスタが真剣な表情で頷く。
「レオン様を独り占めしない」
エオリアが温かく微笑む。
「友情も大切」
四人が笑い合う。
その時——ドアが勢いよく開いた。
「私も混ぜて!」
マリーナが飛び込んでくる。
「マリーナも、レオン様大好き!」
五人で女子会が続く。
部屋に笑い声が響き、温かい友情と恋心が交差していた。
---
その頃——ドアの外。
ガルヴァンが盗み聞きをしていた。
(殿下の恋愛事情は国家機密...情報収集は軍人の基本だ)
必死に耳を澄ます。
リヴィエルが気配を察知する。
「...誰かいる」
四人が一斉にドアを開ける。
ガルヴァンが固まる。
「!!」
「じ、情報収集は軍人の...」
言い訳が口から出かかる。
フィルミナは普段の優しさとは違う、真剣な表情で睨んでいた。
「ガルヴァン様、盗み聞きはダメです」
普段は優しいフィルミナの珍しい怒り顔に、ガルヴァンの背筋が凍る。リヴィエルは冷たい目を向けながら、腕を組んで言い放った。
「護衛失格ですよ」
本気で怒っている。その迫力にガルヴァンが一歩後ずさる。クリスタは笑顔のまま、でも手のひらに氷の魔法を渦巻かせながら提案した。
「氷漬けにしますか?」
その怖い笑顔に、ガルヴァンの顔が青ざめる。エオリアも優雅に風を操りながら、涼やかな声で言う。
「風で吹き飛ばす?」
部屋に風が渦巻き始める。容赦ない。マリーナは明るい笑顔のまま、水球を浮かべながら付け加えた。
「水責めもあるよ」
笑顔で怖いことを言う。
ガルヴァンが全速力で逃げ出す。
「す、すまん!」
五人が追いかける。
「待てー!」
廊下で大騒動が始まった。侍女たちが呆然と見ている。
「エオリア様たちが...」
「ガルヴァン様が逃げてる...」
レオンが研究室から出てくる。
「どうしたの?騒がしいね」
ガルヴァンが駆け寄る。
「殿下、お助けを...」
レオンが呆れ顔をする。
「ガルヴァン、また盗み聞き?」
「もう、やめてくださいね」
優しく叱る。
ガルヴァンがしょんぼりする。
「はい...」
(殿下の恋愛事情は国家機密なのに...)
レオンが首を傾げる。
「そんな大げさな...」
無自覚。
(ガルヴァンは相変わらずだけど...それも含めて仲間だ。みんながいる、この日常。前世では得られなかった、かけがえのない宝物。騒々しいけど、温かい。これが家族なんだ)
五人が笑い合う。
(こんな騒動も、楽しい。これが日常。みんなと一緒の、温かい時間。もう二度と、一人には戻りたくない)
みんなで笑い、温かい夜が更けていった。
相変わらずの日常——それが、一番の幸せだった。
---
数日後、レオンの研究室。
レオンが調査報告書をまとめていた。
ノートに「第6覚醒個体の可能性?」と軽く記載する。
シグレが入ってくる。
「殿下、第7の調査は?」
レオンが考える。
「今はまだ。六人の絆を深めることが先」
「無理に探す必要はない」
「自然に出会えるなら、その時に」
シグレが頷く。
「賢明な判断です」
「急ぐ必要はありませんね」
窓の外では、六人が庭を散歩している。
笑い声が聞こえ、楽しそうな様子だった。
エオリアが風で花びらを舞わせ、みんなが笑顔になる。
レオンが微笑む。
「みんな、幸せそうだな」
「これが...本当の調和」
「前世では見られなかった光景」
「この世界に来て、良かった」
ガルヴァンからの報告が届く。
『殿下、世界統一へ順調に進行中』
レオンのノートには『六体共鳴の追加実験計画』と書かれている。
温度差は相変わらず——でも、それも含めて平和だった。
六人が手を振る。
「レオン様、散歩行こう!」
レオンが笑顔で駆け出す。
「今行く!」
七人が並んで歩く。
温かい夕日が七人を照らし、長い影が伸びていく。
レオンが空を見上げる。
(みんなが笑顔でいてくれる。それが一番大切だ)
(そして世界は、まだまだ広い)
(いつか、また新しい出会いがあるかもしれない)
(その時は、その時で——今は、この幸せを大切にしよう)
新しい調和が、今、始まった。
世界は、まだまだ広かった。
第55話、お読みいただきありがとうございました。
第5章「風の守護者と失われた調和」、全9話が完結となりました。エオリアの無実証明から名誉回復、そして新たな日常へ。六人の絆が深まり、次の旅への示唆も描かれました。
次章では新たな出会いと展開が待っています。引き続きお付き合いいただければ幸いです。
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