第29話 北方氷原の戦い
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転生王子はスライムを育てたい第29話をお届けします。
北方氷原での激戦!野生スライムと北方軍の挟撃、そして……
ついに第三の覚醒個体が姿を現します!
お楽しみください!
白銀の世界が、目の前に広がっていた。
吐く息が瞬時に白く凍り、睫毛に霜が降りる。気温はマイナス二十度を下回っているだろう。北方国境を越えた探索隊は、まさに極寒の地に足を踏み入れていた。
「きゃ〜! 雪だ〜! 見て見て、結晶が六角形!」
マリーナが雪の上を飛び跳ねながら、両手で雪を掬い上げた。青い髪が陽光を反射してきらきらと輝いている。
「水の固体状態って面白い〜! 分子が規則正しく配列して、樹枝状結晶を形成するの!」
そう言いながら、勝手に雪だるまを作り始めた。その無邪気な姿に、緊張していた帝国兵たちから小さな笑い声が漏れる。
「あの娘、本当に覚醒個体なのか?」
ヴァレリアの重装騎兵が呟いた。分厚い毛皮のマントに身を包み、重い足取りで雪原を進んでいる。
一方、セレスティアの聖騎士団は聖歌を歌いながら進軍していた。その歌声が、凍てつく空気に響き渡る。東方連合の部隊は効率的な隊列を組み、無駄なく前進していた。
レオンは研究ノートを片手に、周囲の環境を観察していた。
「興味深い……この地域の魔素濃度は通常の三倍。氷属性に偏重している」
ぷるん、とプリマが震えた。いつもより活発に見えるが、どこか不安そうだ。
「レオン様、何か来ます」
フィルミナが身を固くした。その瞬間——
ドォォォン!
雪原が爆発するように吹き上がった。
---
赤く発光する巨大な塊が、雪煙の中から現れた。
野生のスライム——だが、通常の三倍はある巨体。しかも一体ではない。十、二十、いや、五十体以上が統制された動きで探索隊を包囲していく。
「なんだこれは……」
ガイウス隊長が剣を抜いた。
ズルッ、ズルッ。
不気味な音を立てながら、赤いスライムたちが迫ってくる。その動きは明らかに何かに操られているようだった。
「剣が効かない!」
帝国兵の叫びが響いた。斬撃がスライムの体を通り抜け、すぐに再生してしまう。
ジュゥゥゥ!
酸性の液体が噴射され、兵士の鎧を溶かし始めた。
「数が多すぎる!」
パリィン!
スライムたちが氷を溶かし、次々と落とし穴を作っていく。重装備のヴァレリア騎兵が足を取られ、雪の中に沈んでいった。
レオンは戦闘の最中でも、研究ノートにメモを取っていた。
「これは……共鳴している? 個体間で情報を共有している。何かが統制を——」
ザシュッ!
赤い触手が彼の頬を掠めた。血が一筋、雪に落ちる。
---
「あれ〜? みんな苦戦してる?」
マリーナが雪だるま作りを中断して振り返った。その瞬間、天然の表情が一変した。
瞳が鋭く、真剣な光を宿す。
「水よ、流れを作って」
ゴォォォォ!
彼女の周囲の雪が一瞬で溶け、巨大な水流となって渦を巻き始めた。青い髪が激しく舞い上がり、まるで海神のような威容を放つ。
ザバァァァ!
水の壁が立ち上がり、酸性液体を弾き返した。同時に別の水流が鞭のようにしなり、スライムの群れを分断していく。
「凍れ!」
パキィィィン!
水流が瞬時に凍結し、無数の氷槍となって赤いスライムを串刺しにした。
ドドドドド!
氷槍の連射が、機関銃のような速度で放たれる。赤いスライムたちが次々と砕け散っていく。
「水は形を変える。液体から固体、そして気体へ。それが循環の力!」
マリーナが両手を広げると、彼女を中心に直径五十メートルの渦が発生した。敵を巻き込み、味方を守る防御と攻撃の完璧な融合。
戦闘が一段落すると、彼女はすぐに元の表情に戻った。
「あ! 今の技かっこよかった? ねぇねぇ、見てた?」
そして倒したスライムの残骸に駆け寄り、実験を始めた。
「赤い発光の原因は何かな〜? 魔素の異常活性? それとも外部からの干渉?」
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「帝国の侵略者め!」
突然、怒声が響き渡った。
雪原の向こうから、北方諸侯の軍勢が現れた。先頭に立つのは、髭面の屈強な男——アイゼン男爵だ。
「我らの土地でスライムを操り、何を企んでいる!」
「待って! 話を聞いて!」
レオンが叫んだが、その声は剣戟の音にかき消された。
ガシャン!
北方軍の槍が、帝国兵の盾とぶつかり合う。まだ赤いスライムが暴れているというのに、人間同士の戦いまで始まってしまった。
「チャンスだ、北方と組もう」
ヴァレリアのガルヴァン将軍が、部下に指示を出した。
「神の試練か……」
セレスティアのメルキオール大司教が十字を切る。
「利益にならない戦いは回避」
東方連合のチェン・ロン会頭は、素早く部隊を後退させた。
三つ巴——いや、スライムも含めれば四つ巴の混戦状態。
ドガァァァン!
魔法と剣技が入り乱れ、雪原が戦場と化していく。
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「もう、みんな何やってるの〜!」
マリーナが頬を膨らませた。
状況は悪化の一途を辿っていた。野生スライムと北方軍の挟撃を受け、帝国隊は防戦一方。フィルミナも連戦の疲労で、顔色が青白くなっている。
「みんな、ちょっと離れて〜!」
マリーナが大きく叫んだ。その青い髪が、まばゆく発光し始めた。
ゴゴゴゴゴ……
地響きのような振動が広がる。周囲の雪が一斉に溶け始め、大量の水へと変化していく。
「大技いくよ〜! えーっと、名前は……アクアサイクロン!」
ゴォォォォォォォ!
半径百メートルに及ぶ巨大な水の竜巻が出現した。
その威力は圧倒的だった。赤いスライムも、北方軍も、全てが巻き上げられていく。氷原に直径五十メートルの巨大な穴が開き、地面が露出した。
だが、不思議なことに誰も死んでいない。水流が絶妙に制御され、敵を無力化するだけに留めている。
ドサッ。
「あれ……使いすぎちゃった……」
マリーナが倒れた。青い髪が雪の上に広がる。
「研究対象の安全が最優先だ!」
レオンは追撃を命じることなく、マリーナに駆け寄った。フィルミナも慌てて回復魔法を唱え始める。
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「これが……帝国の新兵器か……」
吹き飛ばされたアイゼン男爵が、恐怖の表情で呟いた。北方軍は一時撤退を始める。
しかし、その時——
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!
今度は、もっと深い場所から地響きが響いてきた。
氷原に亀裂が走る。パキパキと音を立てながら、大地が割れていく。
「レオン様……来ます」
フィルミナが震え声で言った。
「とても大きな……でも優しい……第三の覚醒個体です」
バリバリバリ!
巨大な地割れが発生した。その奥から、茶色の光が溢れ出してくる。土の匂いが、凍てつく空気に混じり始めた。
全軍が戦闘を中止し、その光景に釘付けになった。
「なんだあれは……」
ヴァレリア、セレスティア、東方連合、北方諸侯——全ての勢力が、共通の驚異(?)に注目している。
そして——
「……やっと……会えた……」
小さく、でもはっきりとした声が聞こえた。
少女の声だった。
地下から、何かが這い上がってくる。土と岩に覆われた、小さな人影が。
「三体が揃った……終末の始まりだ!」
ガルヴァン将軍が叫んだ。
「預言の成就か……」
メルキオール大司教が震えた。
「古代兵器の起動条件が揃った」
チェン・ロン会頭が計算を始める。
(いや、ただの少女だけど……土まみれで……)
レオンの心の声は誰にも届かない。
第三の覚醒個体——テラ。
三体が揃う時、世界は新たな局面を迎える。
レオンは研究ノートを握りしめた。その手が、興奮で震えていた。
第29話、いかがでしたでしょうか?
マリーナの本気モード発動!そして地下から現れた第三の覚醒個体・テラ。
三体が揃った今、物語はさらなる展開へと向かいます。
次回、テラの過去と大地の記憶が明かされます。
三体の共鳴が生み出す奇跡とは?
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