第27話 海から来た天然娘
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転生王子はスライムを育てたい第27話をお届けします。
海から来た天然娘・アクアマリン登場!
科学好きで天真爛漫な彼女が巻き起こす騒動とは?
お楽しみください!
夕暮れの帝都港。オレンジ色に染まる空を背景に、静かな海面が波紋一つなく広がっていた。
そして次の瞬間——
「きゃあああぁぁぁ〜〜〜! たのし〜〜〜い!」
突如、港の中央に巨大な水柱が立ち昇った。高さ三十メートルはあろうかという水の塔が、螺旋を描きながら天に向かって伸びていく。夕日を受けて黄金色に輝く水しぶきが、まるで無数の宝石のように散らばった。
港にいた人々が一斉に叫び声を上げる。荷物を放り出して逃げ惑う商人、剣を抜く帝国兵、祈りを捧げる巡礼者——混乱が一瞬にして広がった。
水柱の中心に、人影が浮かび上がる。青い髪を海風になびかせた少女が、まるで水のエレベーターに乗っているかのように、優雅に降りてきた。
いや、優雅に……見えただけだった。
「あっ、もう着いちゃった〜! 止まれ止まれ〜!」
ドンッ!
石畳に激突した少女は、派手に転んだ。水柱が崩れ、大量の海水が周囲に降り注ぐ。びしょ濡れになった兵士たちが、困惑しながら剣を構える。
「あいたたた……お姉さまぁ〜! 会いに来ましたぁ〜!」
少女——マリーナ王国第一王女アクアマリンは、膝を擦りむいたまま満面の笑みで立ち上がった。海水でびしょ濡れの青い髪から雫が滴り落ちているが、本人は全く気にしていない。
「わぁ! 建物がいっぱい! 石でできてる! 実験したい! 石の熱伝導率って水より低いよね!? 比較実験したい〜!」
彼女のキラキラした瞳が、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように輝いていた。
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帝都研究棟。レオンは実験データの整理をしていた。
「プリマの粘性係数の温度依存性は……ふむ、やはり相転移点が存在する」
ぷるん、とプリマが反応した。まるで褒められたことを喜んでいるかのようだ。
その時、フィルミナが突然立ち上がった。
「レオン様……何か来ます」
彼女の半透明の髪が、微かに振動している。まるで遠くの音叉と共鳴しているかのようだった。
「何か? スライムの新種ですか?」
レオンの目が研究者特有の輝きを帯びた。新しい研究対象の予感に、心が躍る。
「いえ……私と同じような……でも違う……なんだか、すごく……元気?」
フィルミナが首を傾げた瞬間、窓の外から大きな水柱が見えた。
「なんだあれは!?」
ガイウス隊長が剣を抜く。リヴィエルは冷静に紅茶を淹れながら、窓の外を眺めていた。
「坊ちゃま、お客様のようですね。それも、かなり派手な」
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港に到着したレオンたちが見たものは、兵士たちに囲まれながら、楽しそうに水たまりで遊んでいる少女だった。
「見て見て! 水の表面張力で球体作れるの! ほら、完璧な球! あ、でも重力の影響で下が少し平たくなっちゃう〜。地球の重力加速度は約9.8メートル毎秒毎秒だから〜」
マリーナは水を操りながら、誰に向けてでもなく説明を続けていた。兵士たちは、剣を向けるべきか困惑している。
「あの……君は?」
レオンが声をかけると、マリーナがパッと振り向いた。
そして——
「お姉さま〜〜〜!」
フィルミナに向かって突進した。
「えっ?」
フィルミナが驚く間もなく、マリーナは彼女に抱きついた。いや、抱きつこうとして——
すり抜けた。
「あれ? なんで? お姉さま、すり抜けちゃった! 面白い! これって屈折率の問題? それとも密度? 実験したい!」
地面に転がったマリーナは、すぐに起き上がって目を輝かせた。
「私、あなたを知らないのですが……」
フィルミナが困惑して言った。
「そっかぁ〜、記憶がないんですね! 大丈夫大丈夫! 私が全部教えてあげる! えっと〜、私たちは三百年前に〜……あれ? 三百年前に何してたんだっけ? まぁいいや! とにかく仲間です!」
マリーナの天真爛漫な笑顔に、周囲の緊張が少しだけ和らいだ。
しかし、その発言は別の波紋を呼んでいた。
「三百年前の同志だと!?」
港に潜んでいたヴァレリアのスパイ、ブリッツが眼鏡を落とした。慌てて拾い上げ、震える手でメモを取る。
「これは……古代兵器の一部が集結している!」
帝都の大会議場では、各国代表団が緊急会議を開いていた。
「海から現れた少女……明らかに人間ではない」
ガルヴァン将軍が拳を握りしめた。
「しかも『三百年前』と言った。魔王事件との関連は明白だ」
メルキオール大司教が十字を切る。
「神よ、これは預言の成就なのでしょうか……」
チェン・ロン商会の会頭は、算盤を弾きながら呟いた。
「海流操作が可能なら、海上貿易路の完全支配も……」
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その頃、レオンの研究室では、マリーナが実験器具に興味津々だった。
「これ何これ何!? ビーカー? フラスコ? わぁ〜、ガラスの透明度高い! 屈折率測りたい!」
彼女は勝手に器具を手に取り、プリマの入った容器に近づいた。
「きゃ〜! 生きてるスライム! 可愛い〜! ねぇねぇ、一緒に実験しよ〜?」
「ちょっと待って! それは精密な観察対象で——」
レオンが止める間もなく、マリーナは水を操作してプリマの周りに水流を作った。
「ほら見て! スライムさんと水の相互作用! 粘性の違いで面白い模様ができる〜! あ、でも水圧上げすぎた!」
ボンッ!
小さな爆発が起き、虹色の水しぶきが研究室中に飛び散った。
「きゃ〜! 楽しい〜! 成功成功〜!」
「いや、これは明らかに失敗では……」
レオンが頭を抱える横で、フィルミナが不思議そうに呟いた。
「でも……なんだか懐かしい感じがします」
「マリーナです! 海の研究してます!」
水しぶきまみれのまま、彼女は自己紹介を始めた。
「スライムさんたちと一緒に海流を作るの! ほら、こうやって〜」
研究室の床にこぼれた水で、小さな渦を作り始めた。水が螺旋を描きながら回転し、その中心に小さな竜巻のような水柱が立つ。
「これが循環! エネルギー保存の法則! 熱力学第一法則! あ、でも実際はエントロピーが増大するから第二法則も考慮しないと〜」
レオンの目が輝いた。
「循環! それは生態系の基本原理! 物質循環、エネルギーフロー、そして情報の流れ!」
二人は急速に意気投合し、学術的な議論を始めた。
「海流の温度勾配による密度差が〜」
「それによる鉛直混合がプランクトンの分布に〜」
「そうそう! 光合成の効率が変わって〜」
周囲は完全に置いてけぼりだった。
しかし、廊下の陰で聞いていたガイウスは、全く違う解釈をしていた。
「海流操作……つまり海上封鎖が可能。これは軍事的に革命的だ」
商人たちは算盤を弾いていた。
「海流を支配すれば、貿易路の独占も可能に……」
メルキオールは震え声で呟いた。
「海の支配……それは神の領域への挑戦」
そして、マリーナの何気ない一言が、更なる誤解を生んだ。
「みんなで世界を回そう! ぐるぐる〜!」
彼女は純粋に、海流による地球規模の循環システムのことを言っていた。しかし——
「世界を回す……世界支配の婉曲表現か!」
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「ねぇねぇ、一緒に実験しよう!」
マリーナがレオンの袖を引っ張った。
「どんな実験を?」
「スライムと水の相互作用! 場所は〜……あ! あそこの噴水がいい!」
彼女は窓から見える帝都中央の大噴水を指差した。
「あれは公共の施設ですが……」
「大丈夫大丈夫! ちょっと借りるだけ〜!」
噴水広場。夕暮れ時で市民も多く集まっている中、マリーナは早速実験を開始した。
「プリマちゃん、ここに〜」
プリマを噴水の縁に置き、水を操作し始める。最初は小さな水流から始まり、徐々に複雑な模様を描いていく。
「見て! 層流から乱流への遷移! レイノルズ数が臨界値を超えると〜」
水とスライムが作り出す模様は、確かに美しかった。虹色に輝く水の渦が、まるで生きているように踊る。
しかし——
「あ、水圧の計算間違えた!」
ドォォォン!
噴水が大爆発した。巨大な水柱が天高く吹き上がり、虹色の水しぶきが帝都全体に降り注いだ。
「きれい〜〜〜! 大成功〜!」
マリーナは両手を広げて、降り注ぐ水を浴びながら回っていた。
「これは明らかに失敗では……」
レオンの呟きは、市民たちの歓声にかき消された。
「虹の雨だ!」
「奇跡だ!」
「帝国の新兵器実験か!?」
子供たちが集まってきた。
「お姉ちゃん、すごい! もう一回!」
「いいよ〜! でも今度はもっとすごいの!」
「待って待って!」
レオンが慌てて止めようとしたが、マリーナはすでに次の「実験」の準備を始めていた。
リヴィエルがため息をつきながら、片付けの準備を始めた。
「まったく、坊ちゃまも人のこと言えませんね。この前の爆発事故をお忘れですか?」
「あれは事故じゃなくて、予期せぬ化学反応の発見で……」
「同じことです」
「お手伝いします〜!」
マリーナが片付けを手伝おうとして、更に水を撒き散らした。広場は完全に水浸しになり、市民たちは笑いながら、あるいは怒りながら散っていく。
その混乱の中、フィルミナが小さく呟いた。
「なんだか……楽しそう」
彼女の表情に、初めて微かな笑みが浮かんでいた。
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夜、レオンの研究室に戻った一行。マリーナは研究室の椅子に座り、足をぶらぶらさせながら、興味深そうに周囲を見回していた。
プリマがマリーナに近づき、ぷるんと震えた。すると、フィルミナも同じように体を震わせた。
「あ……」
三者の間に、不思議な共鳴が生まれた。研究室の空気が微かに振動し、ビーカーやフラスコがかすかに音を立てる。
「これは……」
レオンが観察記録を取り始めた。
「三体の共鳴……予想以上に強い反応だ」
マリーナが突然、北の方角を指差した。
「あ、もう一人いる!」
「もう一人?」
「うん! 北の方……土の匂いがする! 深い深い土の中で、まだ眠ってるみたい」
彼女は首を傾げた。
「テラちゃんかな? 勝手に名前つけちゃった〜」
フィルミナも同じ方向を見つめた。
「確かに……感じます。でも、まだ眠っているような……」
レオンは興奮を抑えきれなかった。
「第三の覚醒個体……これで三体が揃う」
彼は研究ノートにすばやく書き込んだ。
『三体の共鳴により、特別な力が生まれる可能性。循環、共鳴、そして——蓄積? これは生命の三原則に対応しているのかもしれない』
「すごい発見です! 明日、北へ向かいましょう!」
レオンの提案に、マリーナが飛び跳ねた。
「やった〜! 冒険だ〜! 実験器具持っていく? あ、防寒対策も必要だよね! 水の凝固点は0度だけど、塩分濃度によって変わるから〜」
その頃、帝都の各所では、スパイたちが本国へ緊急報告を送っていた。
「第三の覚醒個体出現の兆候!」
「帝国が三体を集結させようとしている!」
「これは最終兵器の起動準備に違いない!」
ブリッツは震える手で暗号を打った。
「緊急度……黒! いや、黒を超えた虹色警報!」
シスター・ノワールは祈りの言葉を唱えながら、報告書を書いていた。
「三位一体……これは神の意志なのか、それとも悪魔の誘惑なのか……」
リンは、お菓子を頬張りながら計算していた。
「三体集結の確率……95%に上昇。でも、このチョコレート美味しい〜」
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深夜、マリーナは研究室の窓から夜空を見上げていた。
「お姉さま、見つけた。でも、もう一人もすぐに会えるよね」
フィルミナが隣に立った。
「マリーナさん……私たち、本当に三百年前に会っていたんですか?」
「わかんない! でも、なんか懐かしい感じするよね〜? それって科学的には説明できないけど、でも大事なことだと思う!」
マリーナの天真爛漫な笑顔に、フィルミナも小さく微笑んだ。
「そうですね……説明できないことも、きっと大切なんですね」
レオンは、二人の様子を観察しながら記録を取っていた。
『マリーナ(仮称アクアマリン)の特性:
・水の操作能力(流体力学的制御)
・天真爛漫だが科学的知識は豊富
・実験への異常な執着
・失敗を失敗と認識しない楽観性
フィルミナとの相互作用:
・性格は正反対だが、不思議と調和
・共鳴時のエネルギー増幅を確認
・第三体への感応も同期
仮説:三体はそれぞれ異なる特性を持ちながら、一つの統合システムを形成する可能性』
窓の外では、北方の空に微かな光が瞬いた。まるで、何かが目覚めようとしているかのように。
「明日は大冒険だね〜!」
マリーナが楽しそうに言った。
「うん、きっと面白い実験……じゃなくて、冒険になりますね」
レオンも期待に胸を膨らませた。
しかし、彼らの「冒険」が、世界中を更なる誤解と混乱に巻き込むことになるとは、この時はまだ誰も知らない。
北方では、地響きが少しずつ大きくなっていた。
第三の覚醒が、すぐそこまで迫っている。
第27話、いかがでしたでしょうか?
マリーナの無邪気な科学実験が、また新たな誤解を生んでしまいました。
でも、三体の共鳴が始まり、物語は新たな段階へ!
次回、各国の思惑が交錯する中、北方探索へ向かいます。
第三の覚醒個体との出会いが待っています!
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