第1話 転生王子の目覚め
はじめまして、宵町あかりです。
『転生王子はスライムを育てたい』をご覧いただき、ありがとうございます!
前世で生物学者だった主人公が、異世界の王子に転生。
でも興味があるのは王位でも権力でもなく、最弱モンスター・スライムの研究!?
純粋な研究バカと、振り回される専属メイドのドタバタコメディです。
スライムの登場は第2話から!どんなスライムが出てくるか、お楽しみに♪
ガシャン!
ガラスの砕ける音が、薄暗い研究室に響いた。
「あ……」
レオンは机から飛び起きた拍子に、実験器具を床に落としてしまったらしい。頬に張り付いた紙を剥がしながら、ぼんやりと散らばった破片を見下ろす。
薄緑色の液体が、石畳の床にゆっくりと広がっていく。その光景が、妙に美しく見えた。
首筋に走る鈍い痛みが、長時間同じ姿勢でいたことを物語っている。窓から差し込む朝の光が、机の上に散らばった書類と、謎の実験器具の残骸を照らしていた。
「また研究室で寝落ちか……って、なんだこの液体?」
レオンは首を回しながら、床の緑色の染みを覗き込んだ。内心では、この光景に既視感を覚えていた。前世でも、実験の失敗で研究室を汚した記憶が朧げに蘇る。
だが、次の瞬間、違和感が全身を貫いた。
「……って、あれ?」
視線の高さが妙に低い。椅子から立ち上がろうとして、足が床に届かないことに気づく。慌てて自分の手を見下ろすと、そこにあったのは小さな、子供の手だった。
レオンの頭の中で、記憶が激流のように押し寄せた。内心では、前世の最期の瞬間——培養実験中の事故、視界を白く染めた閃光、そして意識が途切れる感覚——が鮮明に蘇っていた。
(死んだはずなのに、なぜ……?)
震える手で、部屋の隅にある鏡に向かう。そこに映っていたのは、灰金色の髪と青緑の瞳を持つ、10歳ほどの少年だった。
「レオン・アルケイオス……」
その名前が、自然と口をついて出た。不思議なことに、この体の記憶も持っている。アルケイオス帝国の第三王子という、前世とは似ても似つかない身分。
混乱する頭を抱えながら、レオンは机の上を見回した。そこには、見覚えのある筆跡で書かれたノートがあった。
「やった!研究ノートは無事だ!」
レオンは思わず歓声を上げた。そのページには『魔素生物の培養可能性について』という見出しと、複雑な図式が描かれていた。
内心では、転生という非現実的な状況よりも、研究が続けられることへの喜びが勝っていた。特に『スライムの細胞分裂における魔素の影響』という項目を見て、前世の生物学知識が活かせる確信を得た。
実際には、それは王宮の出納帳を勝手に改造したものだったが、レオンにとってはどうでもいいことだった。
ノートを抱きしめていると、突然ドアが勢いよく開いた。
「坊ちゃま!また研究室で寝たんですか!」
入ってきたのは、黒髪をボブカットに整えた少女だった。身長は160センチほどで、鋭い灰色の瞳がレオンを睨みつけている。年齢は17歳くらいだろうか。メイド服に身を包んだ彼女は、明らかに怒っていた。
「朝食の時間はとっくに過ぎていますし、今日も王族としての——」
説教を始めようとした少女が、レオンの様子に気づいて言葉を止めた。
「えーと……君は?」
レオンの問いかけに、少女の顔が青ざめた。
「き、記憶喪失ですか!? まさか、また変な実験をして……! ちょっと、床の液体は何ですか!? まさか魔素汚染物質じゃ……」
「いや、そうじゃなくて」
レオンは慌てて手を振った。内心では、この少女に対して申し訳なさを感じていた。きっと、これまでもこうして心配をかけてきたのだろう。
「リヴィエル、だよね?」
その名前も、自然と浮かんできた。リヴィエル・フロスハルト。自分の専属メイドにして、幼い頃からの世話係。
リヴィエルは疑わしそうな目でレオンを見つめた後、深い溜息をついた。内心では、主人の奇行にはもう慣れたものの、それでも心配が尽きないという複雑な感情を抱いていた。
「とにかく、朝食を摂ってください。このままでは、また倒れてしまいます」
有無を言わさぬ口調で、リヴィエルはレオンの手を引いた。
王宮の廊下は、想像以上に豪華だった。磨き上げられた大理石の床、壁に掛けられた歴代皇帝の肖像画、天井から下がるシャンデリア。前世では考えられない贅沢な空間に、レオンは内心で戸惑いを感じていた。
朝食堂に入ると、使用人たちの視線が一斉に向けられた。
「レオン様がいらっしゃった」
「今日も研究室にこもっていらしたのね」
「きっと、帝国の未来を担う重要な研究を……」
ひそひそと交わされる会話が耳に入る。レオンは苦笑しながら席についた。
(研究って言っても、ただの生物学なんだけどな)
豪華な朝食——焼きたてのパン、数種類のジャム、卵料理、新鮮な果物——が次々と運ばれてくる。しかし、レオンの頭の中は研究のことでいっぱいだった。
「この世界の細胞構造は興味深いな……スライムの核は観察できるかな? 魔素を利用した培養システムは作れるだろうか?」
ぶつぶつと呟きながら、機械的に食事を口に運ぶ。
「坊ちゃま、食事中くらいは研究のことを忘れてください」
リヴィエルが呆れたような口調で言った。しかし、その瞳には心配の色が滲んでいる。
「それより、ユリオス様のことは覚えていらっしゃいますか?」
「ユリオス?」
その名前を聞いて、レオンの体が僅かに強張った。第一王子ユリオス・アルケイオス。次期皇帝として帝王学を叩き込まれている、16歳の兄。
「最近、またあなたの研究について苦言を呈していらしたそうです。『王族らしくない』と」
リヴィエルの言葉に、レオンは肩をすくめた。
「別に王族らしくなくてもいいよ。僕は研究ができればそれで——特に、魔素生物の生態解明は帝国の未来にも繋がるはずだし」
その言葉に、使用人たちがざわめいた。
「さすがレオン様、権力に囚われない」
「これぞ真の貴族の姿」
「きっと魔素汚染対策の研究をなさっているのね」
またもや勘違いされているらしい。レオンは内心で苦笑しながら、最後の一口を飲み込んだ。
「ごちそうさま。じゃあ、研究室に戻るね」
「坊ちゃま! 今日は王族としての務めが——」
「それより重要な実験があるんだ!」
レオンは椅子から飛び降りると、リヴィエルの制止を振り切って歩き出した。内心では、この新しい世界への期待に胸が高鳴っていた。前世では資金不足で断念した実験も、王子という立場なら可能かもしれない。
廊下の窓から、城下町の喧騒が聞こえてくる。この世界には、まだ知らない生物がたくさんいるはずだ。
(魔法なんてファンタジーなものがある世界なら、きっと想像を超える発見があるはず)
レオンは研究室への道を急ぎながら、決意を新たにした。
「この世界で、最高の研究をしてみせる——まずは、最弱と呼ばれるスライムから始めよう」
その呟きは、朝の光の中に溶けていった。
レオンが去った後の朝食堂で、リヴィエルは深い溜息をついていた。内心では、これからも続くであろう主人の奇行と、それに振り回される日々を思って、早くも疲労感を覚えていた。
それでも、レオンの瞳に宿る純粋な輝きを思い出すと、不思議と頬が緩んでしまうのだった。
(まったく、世話の焼ける坊ちゃまです)
転生王子の研究生活は、こうして始まった。
誰も知らない。この小さな王子の探究心が、やがて帝国全土を巻き込む大騒動へと発展することを。
床に広がる緑の液体が、微かに脈動したような気がしたが、朝の光の加減だろう。
そして、最弱と呼ばれる存在との出会いが、世界の常識を覆すことになることを——。
第1話、いかがでしたでしょうか?
研究一筋の転生王子レオンと、苦労人メイドのリヴィエルの物語が始まりました!
「スライムこそ生命の神秘!」という独特な価値観を持つレオンが、これからどんな騒動を巻き起こすのか……。
次回「最弱モンスターとの邂逅」では、ついにスライムが登場!
レオンの初めての城下町探索で、一体何が起こるのか?
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