バグスノクス・ヴェスパ
セリオ王国、元王族がかつて静養に使っていたという湖畔の別荘。
おしゃれで上品、けれどそこまで広くもない、こぢんまりとした建物が水辺に寄り添っていた。
リナウスと83号――マコトはそこにいた。
本来なら王様からの謝礼として、迎賓館まるごとと可愛らしいメイドたち一同を「お好きにどうぞ」と贈られる予定だった。
だがリナウスはあっさりそれを断り、この別荘を手に入れた。しかも、ほぼ交渉なしで。
マコトは、正直、納得がいっていなかった。
あのメイドたちは? あの豪華な館は?
結果的に、今この別荘でリナウスの世話を焼くのは、俺ひとりだけ。
「リナウス様、迎賓館の方が良かったんじゃないですか?」
「ふむ。広すぎて落ち着かんしな。それに――私は人間が嫌いだ」
即答だった。納得は、できなくもない。
人間に優しい怪人なんて、秘密結社にはまずいない。
「それに、この湖畔には不思議な波動を感じる。ここにいると、私の力の回復も早まる気がする」
そう言って、リナウスは水面を眺めながら翅を一つはためかせた。
マコトには、特に何も感じられなかった。せいぜい、「空気が美味しい」くらいだ。
「俺にはマイナスイオン的なやつしか分かりませんけど」
「……お前の鈍感さは結社でも随一だったな」
「はい、自慢の一点突破です」
「褒めてない」
結局、ふたりきりの生活がしばらく続きそうだった。
――この湖のほとりで。静かなようで、どこか不穏な予感を孕みながら。
「お前、どれくらい力を使いこなせるようになった?」
ソファに優雅に腰を下ろし、紅茶を嗜みながらリナウス様が尋ねてきた。
ちなみにその紅茶を淹れたのは俺。なんで俺が専属執事やってんだって話だが。
「うーん、それがですね、一度ちょろっと使えたかなってくらいで。どうも体に馴染まないというか、こう、しっくりこない感じで」
「ふむ……」
リナウス様はカップを片手に少し神妙な顔をした。ヤバい。こうなるとロクなこと言い出さない。
「私のナノマシンでなんとかなるかもしれないな」
――はい、来た。
ゾワッと全身に悪寒が走る。
あの、見た目はキラキラしてるけど中身はおっかない兵器みたいなナノマシンを体内に入れるだと?
一度取り込んだら、リナウス様の忠実な下僕まっしぐら。人格すらどうなるか分かったもんじゃない。
「いえいえいえ! 僕の体には元・四天王のナノマシンが残ってますし、リナウス様のナノマシンと反応したらご迷惑おかけするかと!」
反射的に、必死に言葉を繰り出す。もはや口八丁のサバイバル。
「ふむ……それもそうだな。キバ程度ならともかく、ギュムノトスにヴェスパまでいるとなると厄介だ」
(あっ、口から出まかせで通った! ありがとうございます、過去の四天王の皆様!)
「ならば、力を安定させるための訓練でもしてみるか」
「はい!そうですね!」(おお、これはチャンス!この屋敷から一時脱出できる!)
「ここの国の騎士団とやらに入って、実戦経験を積んでくるといい。ナノマシンは、戦いの中で直感的に変化していくからな。安定剤なしでも、自力で馴染む可能性が高い」
「了解しました!」(よしよし、騎士団なんて名目で一人の時間ゲット!)
「……どうしてそんなに安心した顔をしてるんだ?」
「い、いえ! 美しいリナウス様と離れるのが寂しいなって……」
(しまった、顔に出てた!?)
「ふん……可愛いことを言うじゃないか。では、とりあえず――風呂でも用意してもらおうか」
「お、お任せください!」(ああ、やっぱり俺、執事ポジなんだな……とほほ)
俺は、騎士団に“お試し入隊”することになった。
期間は短いが、リナウス様はその間、回復のために深く眠るらしい。
つまり――俺、ついに自由の身!
……一時的にな。
もともと俺は悪の秘密結社の戦闘員。集団行動なんて慣れたもんだ。
というわけで、俺は顔見知りのエルネストを頼って、セリオ王国の騎士団駐屯地を訪れた。
「おお、妖精姫のお付きの方ではありませんか!」
あっさり顔バレ。
この異世界じゃ俺みたいな見た目の人間は珍しいらしく、そこそこ有名になっちまってるらしい。
「エルネスト様の紹介で、お試し入隊することになりました。よろしくお願いします」
言ってることは完全に中途採用面接。心のノリは“入社3日目で辞めそうな派遣”。
「よろしく。君の面倒を見ることになったイリオだ」
イリオ――その顔は見覚えがあった。
あのとき、リナウス様の騒動の中で俺を助けてくれた副長っぽい人だ。
「リナウス様はどうなされました?」
「敬語とかいいっすよ。友達感覚でお願いします。もう、かしこまるの疲れたんで」
「……あ、ああ。了解。で、リナウス様は?」
「この前、王様たちに力を使いすぎたから、しばらく静養してるんだ」
「そりゃそうだよな。あのときの力、まじで神話級だったもんな。それにあの美しさ。あんな辺境の地でひとりにして大丈夫なのか?」
うん、それな。
こいつは野蛮な男たちが襲ってこないか心配なんだろう。
リナウス様は見た目だけなら完全に天使だ。女神だ。菩薩様だ。
万が一リナウス様からのご褒美があるなら、俺の人生の一大イベント――童貞卒業をお願いしたいところだが、たぶん命がもたない。
しかし、普通の男たちが束になったくらいでは、リナウス様に触れることすらことすら容易ではないだろう。むしろ面白がってこっちの世界の実験台にする可能性だってある。
「いや、リナウス様の結界があるから、早々に近づくことはできないかな」
(多分、良くてミンチになる)
「そうか。さすが妖精姫。完治されるといいな」
イリオは素直に優しいことを言ってくれる。
(完治したらこの世界が征服されるかもしれないけどな……)
俺は空を見上げながら、ひとときの安息と、静かに迫るカオスの気配を思った。
俺は、イリオにちょっとした悩みを打ち明けてみた。
「……ってなわけ。力はあるっぽいんだけど、どうも眠ってる感じでさ」
「なるほど。姫――つまりリナウス様を守るための力ってわけか。確かに、あのときの獣人化は凄かったな」
イリオは真面目に考え込む顔で、先日の大立ち回りを思い出してる。
……こっちは内心、あれ以上獣っぽくなったら人権剥奪コースなんだが。個人的には憧れるけどね、狼人間。
「でも、あの時のもまだ中途半端だったしなぁ。もっとちゃんと使えるようになりたいんだよね」
「ふむ…潜在能力に詳しい人、いるかもしれないな。ちょっと後で当たってみるよ」
「マジか、ありがと、イリオ」
この世界に来て、ちゃんと相談できるやつができた。
悩みを共有したらもう、そいつは友達。それが俺の戦闘員時代からの持論。
……で、まだ気になってることがひとつ。
あのとき熊の化け物を倒したあの戦闘力――あれは素直にすごかった。
リナウス様がもし暴走したら、俺の力の開花だけじゃ多分足りない。
いざって時には、あの“竜神の炎”とかいう魔法の槍が頼りになるかもしれない。
「なあ、イリオ。あの熊倒したときのアレ、“竜神の炎”ってやつ、あれって何発くらい撃てるもんなの?」
イリオが、びっくりした顔で振り向いた。
「な、なに言ってるんだ。あれは……そうそう撃てるもんじゃないぞ。
あの時は隊長が全力で準備して、俺たち騎士団総出でやっと一発通せたんだ」
「え、マジで?一発だけ……?」
(俺の感覚だと、10発は余裕でいけそうな雰囲気だったけどな…)
俺がちょっと頭抱えてると、イリオが急に表情を引き締めた。
ん?なんか誤解してないか?
「ま、まさか……リナウス様を狙っている“敵”って、そんなにも強大なのか……?」
(えっ、そっち行く!? ……まぁ、誤解は誤解のままでいこう)
「そうなんだ。ヤバいやつでさ……なんていうか、もう“魔王”クラス?っていうか」
我ながら雑なノリだったが、イリオは真顔になっていく。
「魔王……それってつまり、この世界そのものを脅かすような存在ってことか……」
「そ、その魔王っぽいやつがな……」
(ごめん、イリオ。まさかその魔王がリナウス様本人だとは言えない)
「でも、まだ確証はないから……このことは、他のみんなには黙っててくれ」
「わ、わかった……くそ、そんな敵がいるなんて……!」
イリオは完全に信じてしまったようで、ひとりで深刻そうに悩み始めた。
俺の何気ない口から出たデマが、じわじわ騎士団の士気に影響与えそうで怖い。
……こうして、俺の“お試し騎士団ライフ”は、無駄に緊張感を増した形でスタートした。
騎士団の本部棟――その最上階、木製の扉を叩くと、中から重厚な声が返ってきた。
「入れ」
扉を開けると、そこにいたのは団長・エルネスト。
鍛え抜かれた体躯に、鋭い眼光。この世界に来てから何人かの“強い奴”と出会ったが、この男は間違いなくその中でも最上位だ。
「おぉ……マコト殿か。顔を見せてくれてありがとう」
「お試し入隊、よろしくお願いします!」
「うむ。先日の一件では、力の“片鱗”は確かに拝見した。だが、あれが全てではないはずだ」
エルネストの言葉は穏やかだが、目は冗談を許さない。まさに、百戦錬磨の面接官。
「……おそらく君の力は、まだ内に眠っている。異質な力の匂いがする。だが、力というのは理屈ではなく――経験の中で目を覚ますこともある」
彼は机の引き出しから一枚の依頼書を取り出し、俺の前に差し出した。
「これはその“きっかけ”になるかもしれない。初任務としては軽いものだ。試すにはちょうどいい」
依頼書には、こう記されていた――
《魔獣・レッドボアの討伐。出現場所:北東の外れ、第三森林地帯》
「初回は森の外れに現れた“暴れイノシシ”の駆除だってさ。まあ、肩慣らしってとこだな」
そう言って笑ったのはイリオ。俺の所属する小隊のリーダーだ。
「レッドボアってのは見た目はイノシシみたいなもんだけど、突進力がやたら強いから油断は禁物。まあ、俺たちもついてるし、まずは実戦で感覚を掴んでくれ」
「了解。こういうの、昔やってたから得意なんだ。任せといて」
田舎育ちの戦闘員。野生のイノシシ相手なら、何度もやりあったことがある。
それに、猪突猛進は戦隊レッドのお得意戦法だ。
――正直、余裕だと思ってた。
でも、後に知る。
この世界の“魔獣”ってやつは、地球の常識じゃ測れないってことを。
そしてこの戦いが、俺に眠る力への第一歩になるとも、まだ気づいてなかった。
森の中を進むこと、しばし。
湿った土の匂いと鳥の鳴き声の中、突然――
「ゴォォンッ!」
大地を揺らすような重低音と共に、木々の間から現れたのは……想像以上にデカい。
「おいおい……これで軽めの相手かよ」
全長2メートル超え、牙を振りかざした筋肉の塊。レッドボア――暴れイノシシってレベルじゃない。突進されたら、木ごと吹き飛ばされそうだ。
けど、まだ想定内。これくらいなら、連携でなんとかなる。
「囲んで、足を狙え!」
イリオの指示で隊員たちが散開。俺も前衛に加わって動き出す。
突進をギリギリでかわして、横から一撃――
「って、こいつ速っ!?」
イノシシのくせに俊敏。まるで大型バイクに横っ面を張られたようなプレッシャーだ。
それでも、隊員たちとの連携はうまく機能していた。イリオの指示で地形を利用し、徐々に追い込む。複数の足を狙った一斉攻撃――そして、レッドボアが膝をつく。
「今だ!」
一斉に叩き込まれる攻撃。数分の戦いの末、レッドボアは呻き声を上げながら沈んだ。
――討伐完了。
息を整えながら、俺は戦場を見渡す。
……だが。
(やっぱり、だめか)
戦いの中で、自分の中に眠ってるはずの“あの力”が目を覚ますことはなかった。
あの時のような、獣人化の気配も、内側から溢れる力も、まるで気配がない。
「大丈夫か、マコト」
イリオが気遣うように声をかけてくる。
「おう。問題なし。けど……なんか、くすぶってる感じだな」
力はある。けど、まだ届かない。
俺の中にある何かが、まだ眠ったままだった。
戦いにも慣れてきた頃だった。
突然――背後の木々が、不気味なほど大きく揺れた。
風が変わった。匂いも、空気も……まるで世界そのものが身構えたように、冷たく引き締まる。
「……何か来るぞ!!」
ゴバァンッ!!
森を割るように現れたのは、うねるような長大な胴体。漆黒の鱗が陽光を跳ね返し、黄金の双眸がこちらを見据えている。
蛇のような姿をした、明らかに“格”の違う存在。
まるでゲームのボスキャラが「通りすがりで失礼」とでも言わんばかりの風格で、そこに立っていた。
「へ、蛇竜……!? なんでこんな場所に……!」
「聞いてねぇぞ、こんなのッ!」
騎士たちが一斉に動揺するのも無理はない。討伐任務のはずが、突如現れた強敵に場が一気に崩れた。
「落ち着け! まずはレッドボアから下がれ! 全員、距離を――ぐっ……!」
イリオの指示が飛んだ直後、蛇竜の尾が唸りを上げて振るわれる。
まるで巨大な鉄柱でなぎ払うような一撃――イリオと数人の騎士が吹き飛ばされた。
「イリオッ!!」
咄嗟に叫ぶ。けど、次の瞬間にはもう、俺に狙いが向いていた。
「マジかよ……!」
イリオの心配をしている場合じゃない。蛇竜の視線が、完全に俺にロックオンしている。
巨体のくせに、異様なほど速い。
木々を薙ぎ倒しながら迫ってくる様子は、まさに災害そのもの。
だけど、逃げ足だけは雑魚戦闘員時代の十八番だ。
とにかく、怪我した仲間たちから引き離そうと全力で森の奥へ走る。
その時だった。
「……っ!」
蛇竜の口が開き、何かを吐き出した。
――ブシャアアアッ!!!
空間を裂くような勢いで飛来したのは、紫がかった粘液のようなもの。
一瞬で鼻を突く刺激臭が辺りに広がる。
(これ……毒だッ!?)
木の葉が瞬時に腐食し、地面が煙を上げる。もしまともに食らってたら――
「……あ、死んだかも……」
冗談抜きで、そう思った。
これ、初任務で出会う敵じゃねぇだろ……。
死を覚悟した、その刹那――
「ドクン」
体の奥底で、何かがうごめいた。
血が、細胞が、魂そのものが、見えない何かと共鳴する。
意識がふっと遠のき、深淵へと引きずり込まれていく。
――そこは、闇。
自分の深層意識の中。何もない、ただ静かな暗闇。
だがその中心に、確かに“何か”が立っていた。
「……ヴェスパ様……!」
間違いない。リナウス様と並び称される美貌の持ち主、
“バグスノクス・ヴェスパ”。
その残滓が、意識の底でこちらを見つめていた。
言葉はない。
それでも、その黄金の瞳は語っていた。
――選べ。
――戦うか、死ぬか。
「……戦いまーす!!」
瞬間、意識が現実に引き戻され、熱が、力が、体の隅々までみなぎっていく。
「バグスノクスッ!!」
雄叫びとともに、肉体が変化を始めた。
左腕に昆虫の外骨格のような硬質な装甲が現れ、
右足にも同じく、虫のような関節とパーツが形成される。
体表には蜂を思わせる模様が浮かび、背中からは、あの惨めだった羽とは比べものにならない、
ヴェスパのような美しい羽が広がった。
「またしても中途半端な変身だけど! なんか行けそうな気がする〜!!」
マコトは華麗に空へと舞い上がり、蛇竜の鋭い突進を軽やかにかわす。
「す、すごい……! 相手の動きがスローに見える!? これがヴェスパ様の視界か~~っ!」
空を翔けながら、マコトは確かに感じていた。
これはまだ“完成”じゃない。だけど――戦える。希望の手応えが、確かにあった。
マコトは、空中を縦横無尽に飛び回りながら、蛇竜の巨体を翻弄していた。
鋭く跳ねるように動き、羽音とともに“チクチク”と攻撃を加えていく。
「くらえ、蜂のチクチク攻撃だ!」
だが――通じない。
鱗の硬さ、スピード、そして隙のなさ。
攻撃は確かに当たっている。だが、“決定打”にはならなかった。
「ちくしょう、スティンガーが打てねぇ……!」
必殺の一撃――バグスノクス・スティンガー。
毒を凝縮した究極のひと刺し。だが、発動には一瞬でも“確実な隙”が必要だった。
「くそっ、このままじゃ……!」
その時――
「マコトーッ!! 援護するぞッ!!」
森の奥から、傷を負いながらも立ち上がったイリオたちが飛び出してきた。
彼らの手には魔力が集まり、光の矢や火球が次々と形成される。
「隊、全員で連携魔法! 撃てェッ!!」
一斉に放たれる魔法の雨。
火と風と雷と、様々な属性が渦を巻いて蛇竜を襲う。
蛇竜が咆哮を上げ、怯んだ。
――今だ。
「もらったァァァ!!」
マコトは急降下しながら、全身の力と毒を右腕の一点に集中させた。
「バグスノクス・スティンガーーーーっ!!」
閃光のような突き――
昆虫の槍にも似た外骨格の一撃が、蛇竜の頭部を頭上から貫いた。
ギギィィッ――バキィッ!!
強烈な衝撃音と共に、蛇竜の頭骨が砕け散る。
毒が一瞬で全身に回り、その巨体は地面へと崩れ落ちる。
頭は地面にめり込み、二度と動くことはなかった。
しん……と静まる森の中。
「……お、おい……マジで倒したのか……?」
「すげぇ……」
呆然とつぶやくイリオの隣で、マコトは自分のスティンガーを見つめていた。
「まさか……ホントに刺さるとは思わなかったわ……」
笑ってしまうほどの“勝利”。
だが、その一撃に宿ったものは確かだった。
仲間との連携、そして自分の覚醒――
すべてが噛み合った、完璧なフィニッシュだった。
「やったああああッ!!」
蛇竜が崩れ落ちた瞬間、マコトとイリオたちは反射的に抱き合っていた。
興奮と安堵が入り混じった、全身の力が抜けるような勝利の余韻。
「すげえよ、お前! 本当にやったな!」
「いやいや、俺だけじゃ無理だったって! みんなのおかげだよ!」
仲間たちの笑顔が、なんだか眩しく見えた。
だが、ふと気づくと――自分の身体が元に戻っていた。
さっきまでの外骨格や羽も、跡形もない。
「……あれ?」
少し離れて一人になると、マコトはもう一度試してみた。
呼吸を整え、先ほどの“あの感覚”を思い出しながら――
「バグスノクス……ッ!」
ピッ。
肩のあたりから、小汚い羽が情けなく突き出てきた。
「うわ……ダッサ。というか、しょぼっ……」
再びの変身は叶わず、マコトは地面にへたりこんだ。
一度は目覚めかけた力に手が届かず、もどかしさだけが胸に残る。
そんなマコトの背中に、イリオが声をかけてきた。
「……落ち込むなって。お前、本当にすごかったんだ。あんなの、俺でも無理だよ」
「いや、でもさ……また出せないんじゃ意味なくね?」
「まぁ、そうかもしれないけどな。でも――」
イリオは少し考えるように目を細めてから、にっと笑った。
「潜在能力に詳しい方がいる。その人に話を通してやるよ。きっと、今の状態をなんとかしてくれる」
「マジで!?」
「マジだよ。……信じてみろよ、自分の中にある力をさ」
イリオのその一言が、少しだけマコトの胸を軽くした。
「……ありがとな、イリオ」
そしてマコトは思う。
――もう一度、あの力を。いや、それ以上のものを手に入れるために。
冒険は、まだ始まったばかりだった。