落日の秘密結社
かつて世界を震撼させた悪の秘密結社――ネオ・ベスティア。
その存在意義はただ一つ、究極怪人を生み出し、世界を征服すること。
だがその野望も、正義のヒーロー集団《ワイルド戦隊ビーストライザー》との熾烈な戦いによって大きく揺らいでいた。
四天王と呼ばれた最強の怪人たちは、すでに三名が討たれている。
結社の力は、今や風前の灯火。
そんな危機的状況のなか、地下の研究施設では、ある一人の戦闘員がそわそわと椅子に座っていた。
「……本当に、俺なんかに、そんな力……あるんでしょうか……」
戦闘員83号。
SNSの怪しげな求人広告に「ちょっと面白そうだな」と軽い気持ちで応募し、そのままズルズルと辞め損ねた経歴を持つ、気弱な青年である。
「あるとも。というか、もう改造手術は済んでいるからね」
白衣を羽織った怪人博士が、無機質な手術データをホログラムに浮かび上がらせる。
青白く輝くその画面には、83号の体内構造と、そこに埋め込まれた《因子》の一覧が表示されていた。
「君の身体には、すでに亡き四天王三名のバイオ因子が組み込まれている。今は定着を待っている段階だが……安定剤を投与すれば、君は間違いなく我々の最後の切り札だよ」
「切り札……ですか。でも、俺……すごく気が弱いですし、声も小さいし、すぐ謝っちゃうし……ぶっちゃけザコなんですよ……」
「それを言うなら、なんでうちに応募したのか、こっちが聞きたいよ……」
博士は額を押さえてため息をついたが、すぐに切り替えて、モニターを指し示した。
「いいかい。君の体には、三人の四天王の力が宿っているんだ」
ホログラムに映し出されたのは、かつて恐れられた怪人たちのデータだった。
「一つは――ワイルドノクス・キバ。音速を超える狼の戦士。鋼鉄を引き裂く爪、超反応の身体能力、純粋な肉体派バイオノクスだ」
「そんなの、俺に扱えるんですか……?」
「次に――エレクトノクス・ギュムノトス。知恵と電撃の支配者だ。彼の因子が君にあるということは、雷撃操作と超頭脳を手に入れているということになる」
「俺、電気って静電気くらいしか体験したことないですけど……」
「最後は――バグスノクス・ヴェスパ。空を舞い、猛毒をまき散らす殺戮の女王蜂。毒素生成、飛行能力、そして彼女独自の強化筋繊維……これら全てが君に移植されている」
「……それ、すごく怖いんですけど……俺が毒で死んだりしません?」
83号の表情は青ざめていく一方だった。
最強の力を手にしたはずの彼は、どこからどう見ても気弱な青年のままである。
博士は腕を組み、深く唸った。
「はっきり言おう。ワイルド戦隊は本当に強い。あのボスでさえ、今の戦隊に勝てるかどうかは怪しい」
「……」
「だからこそ、君が必要なんだ。最強の力を継ぎながら、しかも拒否反応もない。まさしく最終兵器だ」
戦闘員83号は黙り込んだ。
自分が、最強の怪人(仮)だなんて信じられない。
だけど、逃げられないのもまた事実だった。
(せめて、安定剤……打つ前に、ちょっとだけメンタル安定剤が欲しいです……)
そんなことを心の中で呟きながら、83号は、ゆっくりと自分の拳を見つめた。
――警報が鳴り響いた。
「な、なんだ!? 訓練用じゃないよな!?」
地下研究室に響くサイレンの音に、戦闘員83号が目を白黒させて立ち上がる。
直後、廊下からは他の戦闘員たちがバタバタと走り出していった。
「戦隊が来たぞォォォ! ついに来やがったァァァ!」
「嘘……本当に戦隊が本部に……?」
これまで何度となく噂されていた《最終決戦》のその日が、とうとう現実となって押し寄せてきたのだった。
「博士ッ! 安定剤を、今すぐお願いしますッ! 今のままじゃ俺の改造、全部無駄になりますって!!」
83号は両手を前に差し出し、研究机の向こうにいた怪人博士にすがりつくような目を向けた。
「むむむ、そ、そうだな……わ、わかった。今、準備を――」
その時だった。
ドゴォォンッッ!!
耳をつんざく爆音と共に、研究室の壁が、まるで紙くずのように吹き飛んだ。
「なななな、なにィィィ!?」
巻き起こる風圧。粉塵。断熱材の雨。
その全ての中心で、怪人博士の上半身が、消し飛んでいた。
「……」
絶句する83号。思考が停止する。
(……え? うそ……博士? え?)
理解が脳に追いつく前に、さらにもう一つの“塊”が突っ込んできた。
「ぐえっ……!」
その声と共に、何かが83号に倒れ込む。
蝶の羽根を持つ、美しい女性型バイオノクス。
「リ、リナウス様!?」
最後の四天王――バタフライノクス・リナウス。
彼女が、血まみれになって83号の上に倒れ込んできたのだった。
壁の崩壊したその向こう。
土煙の中から現れたのは、一人の男――
「逃げ回りやがって、クソ四天王……。さっさとくたばりやがれ」
ワイルド戦隊ビーストライザーの――ブルーホーン。
彼の手には、超重量のビーストウェポン《ブルハンマー》。
その一振りが起こす風圧だけで、部屋中の備品が吹き飛んだ。
83号の足から力が抜け、尻もちをついた。
「……ハハ……おわった……ぼくの人生、完全終了だ……。
母ちゃん、ごめん……こんな悪の道に入っちゃって……」
人生の走馬灯が見えかけた、その瞬間――
「まだ終わってねぇわよッ!!」
83号の目の前で、血まみれだったリナウスが、ふらふらと立ち上がった。
その瞳には涙が浮かび、唇は震えていた。だけど、その身体には確かに、力が集まり始めていた。
「このクソ戦隊が……私の、最・高・パワー、見せてやるわ!」
青白く輝く羽根が、大きく広がった。
渦巻くように空間を舞うのは、煌めく青い鱗粉――
「ディメンション・フラッター!!」
空間がねじれ、重力が歪み、爆風のような衝撃が室内を包んだ。
リナウスの力と、ブルーホーンの力が正面から激突する。
「「うおおおおおおお!!!」」
ぶつかり合う超エネルギーが、閃光となって炸裂した。
その爆発的な光と衝撃が、逃げ遅れていた83号の身体を突き抜け――
「……あ、あれ……俺、死んだ……のかな……」
気が遠くなっていく中で、83号はゆっくりと意識を手放していった。
だが、その瞬間――
彼の体内に封じられていた三つの因子が、共鳴を始めた。
狼の爪が疼き、電気の奔流が走り、蜂の毒が脈打ち、羽が震え始める。
眠っていた因子が、今、目覚め始める――。
――気がついたとき、83号は空を見上げていた。
青く澄んだ、まるで絵に描いたような空。
「い……生きてる……? いや、これは天国……?」
周囲を見渡す。草の匂い。風の音。鳥のさえずり。
痛みは少しあるが、五体はしっかり揃っていた。
「……夢でもなさそう。よかった……生きてる……」
安堵の息を吐きながら、上半身をゆっくりと起こす。
すると、視界の先には――
「はっはっは! どうだ、見たかクソ戦隊!! 空間ごと吹き飛ばしてやったわァァァ!!」
両腕を高く掲げて、勝利宣言を叫ぶリナウスの姿があった。
青い羽根が陽光を浴びて、きらめいている。
「リ、リナウス様! ご無事だったんですね!」
「ふふん、当然だろう。四天王、最強の一人だからな……って、あれ?」
がくり。
その瞬間、まるでスイッチが切れたように、リナウスはその場に倒れ込んだ。
「リナウス様っ!?」
「……わ、わからん……全パワー……解放したから……もう無理……後は……たのむ……」
力なく、呟くようにそう言って、リナウスは完全に気を失った。
83号は彼女の体を支えながら、あたりを見渡す。
「……森、かな? どこかに飛ばされたんだろうけど……すごいな、幹部の力って」
立ち上がり、リナウスを背負う。
(とりあえず、どこか開けた場所に……)
そう思った瞬間だった。
――風の流れが、肌でわかった。
――木々の密度が、足裏から伝わった。
――開けた空間が、匂いと音の中から“感じ取れた”。
「……え?」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
でも、確かにわかる。自分の中に、明らかに異質な感覚がある。
(これって……もしかして、幹部たちの能力……!?)
ワイルドノクス・キバの超感覚。
エレクトノクス・ギュムノトスの電気的な脳の処理速度。
バグスノクス・ヴェスパの身体制御と直感――
それらが、確かに自分の中で息づいている。
「まだ……なんとなくだけど……うん、やっぱすごいな、幹部の力って」
言葉にすると、少しだけ胸が張れる気がした。
自分の歩幅で、一歩を踏み出す。
そこは、確かに“開けた場所”だった。
しかし、何かが決定的に違う。
空を見上げると、薄曇りのような空に、朧月――のようなものが浮かんでいる。
いや、それは月ではなかった。複数の球体。赤、青、紫……明らかに“惑星”だ。
さらに、太陽らしきものが三つ。大中小、まるで三色団子のように空で光を放っていた。
「な、なんだこれ……!? バグスノクスの複眼の力で俺の目が変になった? いや、いやいや、そんな……」
そう思ったのは一瞬。
直感が告げていた。
――ここは、地球じゃない。
そのとき、遠くから複数のシルエットが近づいてくる。騎乗した人影。
最初は馬かと思ったが、よく見るとそれは――
「……え、恐竜!? 恐竜に乗ってる! リナウス様、なんかヤバいのがいますって!」
リナウスは相変わらず白目を剥いて、死体のように眠っている。
「だ、だめだ……隠れよう、今はまだ目立っちゃいけない!」
83号はリナウスをずるずる引きずりながら、近くの大樹の陰に身を潜めた。
「力を感じたのは、この辺りか……?」
低く、よく通る声が響く。
騎士団のような男たちが、恐竜に跨がりながら警戒を強めていた。
全員が鎧を身に着け、背中には槍や剣、腰には魔導器のようなものを提げている。
「はい。この周辺で“空間の揺らぎ”を確認したと、魔法省からの報告がありました」
「ふむ……次元干渉か……面倒だな」
(な、なんだこのRPGみたいな会話!? 魔法省!? 空間の揺らぎ!?)
83号は木陰で震えていた。
(どうしよう……でも、下手に動くとバレるし……今は静かにやり過ごして――)
そのときだった。
ドゴォン!!
背後から地鳴りのような音が響いた。
「な、ななななな!? 今度は何!?」
振り返ると――そこにはヒグマを優に超える体格の巨大熊がいた。
いや、熊と呼ぶにはあまりに異様だった。
全身を鋼のような毛が覆い、背中には生えかけの翼のような突起がある。
牙は剣のように長く、目は血の色に染まっていた。
「えっ、あの、ちょっと待って!? そんなの聞いてない!!」
熊――否、“怪獣”が、リナウスの方へ鼻を伸ばす。
「……まさか、リナウス様の血の匂いに……!?」
ぐるるる、と低く唸る異獣。
その様子に、竜騎士たちもざわついた。
「魔獣だ! この地域の生態系に、こんな奴はいなかったはずだぞ!」
「もしかして、こいつも空間の揺らぎの影響で……!」
「暴れグマか……厄介だな」
竜騎士団の前に立つ、銀の鎧を身にまとった男――どう見ても団長クラス――がそう呟き、背中の大剣を引き抜いた。
剣身から淡く輝く魔力が放たれる。
だがその一方で、魔獣の咆哮が森を裂くように響いた。
「グォォオオオオアアアア!!」
「うわあああああっ!!」
その巨体が跳躍し、木々をなぎ倒しながらこちらへ突進してくる。
明らかに、標的は83号とその腕の中のリナウスだ。
ズガァァァンッッッ!!!
大地を穿つ衝撃と土煙が爆発するように広がる。
寸前で、83号はリナウスを抱えながら必死に横っ飛びしていた。
「あっぶねぇぇぇ!! 何このパワー!? 地面がめり込んでるんですけど!!」
顔をあげると、魔獣の巨腕が数メートル離れたところを叩き潰し、その周囲がクレーターのようにへこんでいる。
全然クマじゃねぇ!!!
「こ、こんなもん、現実で見たら泣くって!!」
83号はリナウスの白目を確認し、まだ意識がないと悟ると、目の前の竜騎士たちの元へ駆け寄った。
「お、おい君、大丈夫か!?」
銀鎧の団長が駆け寄ってきた。意外と優しい。
「む、一般人の方か? 怪我をしているようだな。もしや、あの魔獣にやられたのか?」
(お……よかった、こっちの世界でも、俺の“雑魚っぽさ”が通じる!)
「そ、そうなんです! このツレがやられてしまって! お、お願いします!魔獣、やっつけちゃってください!」
汗だくで訴える83号。
あまりのショボさに、戦闘員の姿すら“ただの庶民”と思われたらしい。
「よし、民を守るのも我らの務め! 全員、陣形を整えろ!」
団長の号令とともに、騎士たちは素早く動いた。
盾役が前に立ち、後衛は魔導器を起動。空中に陣形が展開される。
その間にも、魔獣は息を吸い込む――と思いきや、次の瞬間、口から爆風のような衝撃波を吐き出した!
ドゴォォォォン!!!!
盾役が吹き飛ばされ、森の木々がまとめてなぎ倒されていく。
「な、何これ!? 口から出した!? 爆風!? バケモンすぎるでしょ!!」
「よし、君は安全な位置に退いていろ! 後は我らが――」
ドンッ!!
突如、魔獣が大地を蹴り、騎士団に向かって突撃する!
「展開しろ! 防陣フォーメーション“トリオンの輪”!!」
魔導の陣が発動し、光の楯が前衛を覆う。
だが魔獣の突進は、そのまま壁を貫くかの勢いだ。
(や、やばいってコレ……)
83号は、ただ立ちすくんでいた。
ほんの一瞬、手の中のリナウスが微かに呻く。
「……リナウス様?」
その時、彼の心にふと浮かんだのは――
「後は頼む」という、気絶前のリナウスの言葉だった。
「無理だって言ってんじゃん、バカぁ!!」
叫びながらも、83号は身を挺して、地面に倒れていた前衛の騎士一人を引きずって後方に避難させた。
それが、結果として命を救う行動になった。
だが――
「グォオオアァッ!!!」
魔獣の視線が、完全に83号を捉える。
「……なんで!? 俺、何もしてないのに!?!?」
83号の心の叫びが、森に虚しく響いた。
「ドクン――」
何かが、体の奥底でうごめいた。
血が、細胞が、心が――何かに共鳴する。
83号の意識がふっと遠のき、内側に引きずり込まれていく。
そこは闇。
自分の深層意識の中。
そして、その中央に立っていたのは――
「キバ……さん?」
重たい気配を纏った幹部、“ワイルドノクス・キバ”。
83号の細胞に混ざった、あの幹部の残滓が、意識の底で目を光らせていた。
言葉はない。
だが、彼の瞳が雄弁に語る。
「選べ」
「戦うか、死ぬか」
「……やってやるよ。やってみる!」
瞬間――意識が現実に戻り、83号の体に熱と力が満ちてくる。
「ワイルドノクスッ!!!」
雄叫びとともに、体の一部が変化する。
右腕が黒銀に変わり、鋭く伸びたキバのような装甲が走る。
左足にも漆黒のブーツのようなパーツが出現。
体の一部には、牙を模した模様が浮かび上がっていた。
しかし――
「おお……あれ? なんか中途半端?」
上半身の一部はまだボロいスーツのまま、顔も不完全で片目しか覆われていない。
「変身できた……けど! ぜ、全然ダサい! でも今は見た目とかどうでもいい!」
魔獣が再び咆哮し、爪を振り上げる。
「こっちだ、クマァァァァ!!」
83号は地を蹴り、加速する。
不完全ながらも、感覚は鋭く、動きは速い。
巨大な爪をすれすれで回避し、キバの力が集中する右腕で、思いきり腹に拳を叩き込んだ。
「どりゃあああ!!」
ズガン――!!
「グオオオッ!」
魔獣が一歩よろめく。
「い、イケる……これ、なんとかなるかも……!」
「今だ!陣を組め!!」
騎士団長が叫ぶ。
騎士たちが魔法陣を展開し始める。
青白く光る筋が地を走り、魔力が一斉に集中する。
「“竜神の炎”を展開、目標、魔獣の背中!」
「了解、チャージ開始!」
竜のような形をした魔力の槍が空に現れ、渦を巻きながら回転する。
「83号、今のうちにもう一撃!」リナウスが目を覚ましたのか、83号に命令した。
「お、おうっ!!」
クマが咆哮とともに立ち上がる――
その心臓のあたりをめがけて、83号が跳び上がった!
「ワイルドノクス……ブレイクッ!!」
右腕に収束した力が、爆ぜるように放たれる。
同時に、空から降り注ぐ巨大な魔力の槍が、魔獣の背中に突き刺さった。
ズドォオオン!!!
地響きとともに、魔獣が膝をつく。
83号は体勢を崩しつつも、どうにか地に着地する。
「つ、疲れた……」
そして――
魔獣は、呻きながら、ついに崩れ落ちた。
静寂が訪れる。
「……倒したか?」
「倒したぞ!」
騎士たちが歓声を上げる。
83号はその場にぺたんと座り込んだ。
「はあ、はあ……見た目しょぼいままでなんとかなった……」
そして後ろでうっすら目を覚ましたリナウスが、ボソリと呟いた。
「……やるじゃないか……雑魚のクセに……」
「リナウス様、褒め言葉、雑すぎ!!」
リナウスは再び白目を剥いて、完全に気を失っていた。
83号の体も、先ほどまでの変身状態がすっかり解けて、いつものショボくれた姿に戻っていた。
ともかく、なんとかあの巨大な熊のような魔物は撃退できた。
しかし、気づけば二人は、十数人の騎士にぐるりと囲まれていた。
「君たちは、どこから来たのだ?」
鎧の男――騎士団長らしき人物が、鋭い眼光で俺に問いかけてくる。
「え、えっと……この人は、俺のボスでして。ええと、森の向こうから……来たんです。たぶん……」
口から出任せを言いながら、自分でもヤバいなと思った。
どう考えても怪しい。すぐに取り押さえられてもおかしくないレベルだ。
しかし、そのとき団長がふと、リナウスの方に目をやった。
「む……その翅……」
青く透き通るような翅が、陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
傷つき、泥にまみれた姿であっても、その存在感はまるで神秘そのものだった。
「……もしや、彼女は妖精族の方か? しかも、相当に高貴な血筋と見える……!」
えっ、まじで?
そっちが勝手に勘違いしてくれるなら、もう、こっちは乗るしかない。
「そ、そうなんです! 彼女は高貴な妖精族の姫君でして。俺はその……召使い、というか付き人で……」
話してるうちに、自分でも何言ってんだか分からなくなってきたけど、とりあえずウソには聞こえないようだ。
よし、いける。
「姫君がこのような魔獣に襲われるとは……なんと痛ましい。よろしければ、我がセリオ王国で休まれたし」
やった。まさに渡りに船。神の采配か何かか?
内心でガッツポーズしながら、俺は丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます。そのご厚意、ありがたくお受けいたします」
長いものには巻かれるのが、雑魚戦闘員の処世術だ。
そして今、その“長いもの”は――どうやら“王国”らしい。
「では、竜にお乗りください。我が国、セリオ王国へとご案内いたしましょう」
騎士団長の合図で、一頭の小ぶりな竜が83号たちの前に連れてこられた。
瞳がまるで猫のように細く、しかしどこか賢そうだ。
「こ、こいつに乗るんですか……? あの……飛んだりしないですよね……?」
「飛びます」
「マジか……」
ため息をつきながらも、83号は意識のないリナウスを背負い、そっと竜にまたがった。
こうして83号は、異世界らしき地で、“妖精の高貴な主”と共に、セリオ王国へと向かうことになった。