選択
現実逃避でしか、心を休める事が出来ないから、そうしているだけ。貴方でないと意味が無いと、分からないの? 分かるわけもないか、女を取って変えての生活を何年も続けていた人なのだから。
「黎以外なんていくら似ていても嫌よ。だったら私はこのまま、店を閉じた後に溺れる生活でいいわ」
あなたが見てくれないなら、求めてくれないのなら、嘘でいい。幻でいい。
似ているだけの他人なんて、要らない。
口を堅く結ぶと、彼は溜息をついてから言った、
「ほな、選べや」
嫌々といった感じではあるが、意思は強いようだ。
座り込んでいる私と目線を合わせる為だろう、しゃがんだのだ。
見下ろしている姿から威圧感を感じていたのに、どうしたというのか。
一体何を選べというのか。
「え?」
漏れ出た疑問符。次にどんな言葉が出てくるのか気になって仕方なかった。恐々としているのに、期待している己もいる。
「この店続けるか、俺の妻になるか選べ」
妻……? まず浮かんだのは、どうして夫婦になろうと思ったのか、だった。
次に思ったのは、地獄のような日々から解放されるだった。
だが、彼の妻になってまた捨てられることは無いだろうか。過去が恐ろしくこの身に纏わりつく。
唇を噛み締めた。選びたい。けれどももう辛い思いはしたくない。
店を続けることを選んで、彼が手に入らないことに絶望するだろうか。生きていけないと生を投げ捨てるだろうか。煙にこれ以上溺れたら、屍になる事は分かっている。いや、それ以上に恐ろしいものに変化してしまうのか。
なりたい……彼の嫁に。伴侶として隣に立ち、生活していきたい。どう足掻いても、忘れようとしても結局私には黎が必要なのだ。
彼は枷と同じ。私を縛り付けて、どこへも行けなくする。
拾われなければよかった。
拾われてよかった。
相対する気持ちがぶつかり合って、揺らぐ。
後悔しないだろうか、どちらの選択肢を取れば私は幸せになれるだろうか。
終わらない問が頭の中で回り続ける。
暑さが足元から迫り、纏わりつく。
鈍く思考を奪って行く温度の中、一つの事を決めた。
捨てられそうになったら、こちらが先に捨ててしまえばいい。
「貴方の妻になります」
態勢を整え、頭を垂れた。
すると、彼も膝をつき頭を下げた。




