表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/21

愛してる

零れた雫。頬を伝って、床へと落ちた。一筋しか流れなかった想い。

 それでも瞳は溜まっている水のせいで、彼の顔はよく見えない。

 静寂は影を持って現れた。

 双方暗い顔のまま。何を言うわけでも、何を流すわけでもない。見合って、互いの瞳の奥に何が映っているのか確かめるだけ。

 私には彼のどんな感情も思いも何一つ見えず。

 瞬きの際にまた零れた涙を彼が舐め取った事だけが分かった。

 よく、彼の顔が見える。

 つくられた表情ではない。一を描く口。下へ向かっている目線。

 悪いと感じているのだろうか。

 教えて、貴方が今、何を考えているのか。どう、感じているのか。声に出す事は出来なくて。ただ、赤く染まる瞳を見つめていた。

 外から僅かに入って来る呼び込みの声。甘ったるい売女の啼き声。

 彼が右肩に顔埋めると、香る沈丁花の匂い。懐かしい……香り。

 掻き消えそうな、細々とした声が耳に届いた。

「いっつもお前んとこに戻って来とる。俺のこと好きなお前は、俺がこんなんでも許してくれるんやろ?」

 泣いて、いるのだろうか。冷たい感覚がする。こんな彼は初めてだ。今にも消えてしまいそうな、見えなくなってしまいそうな。

「これからはずっとお前だけ、愛したる」

 拘束されていたはずの両腕はいつの間にか解かれていて、彼は背中へと手をまわしてきた。まるで母に抱きつく幼い子供の様に。

重みをもたせて放つ。

やっと、言ってくれた。

幸せが躰の隅々へ染みわたって行く。これが、愛されるという事なのだろうか。高揚していて、煮えたぎる湯のように温度が上がる。

顔を上げた黎は子犬のような瞳で、見つめてきた。

「燐は、俺のこと愛してへんのか」

 愚かだと、分かっているのに、愛おしくてしょうがなかった。

「私も愛してる」

 なんと容易く落ちる女だろうか。どこまで彼に甘いのだろうか。嘘かもしれないと分かっているのに、受け入れてしまう。

 これだから去って行かれてしまうのではないのか。

 思うよりも先に口に出てしまうのだからしょうがない。

 互いの愛を確認した私達は店の灯りを落とし、部屋へと向かった。

 殺風景な私の部屋。彼は昔から変わらないと口にして、布団に寝転んだ。そうそう部屋など変わらないと私が言えば、それもそうだと言って、腕を引いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ