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溺れる

 ……もう何日たっただろうか。これで、三度目だ。捨てられたのは。

夜を何度も越して、日が昇る度に窓の外を見る。

二階からは通りがよく見える。探してしまうのだ、彼の姿を。前よりも病的に、操られているのではないかと己を疑う程に。

彼が居なくなってから、店も長くは開けていられなくなった。二刻半が限度。早く店を閉めて何をしているのかと言えば、禁忌ともいえる行い。

 自身でふかした煙を浴び、夢を見ているのだ。彼と合って、熱を交換する夢。日によって違う事をしている。一緒に料理をしたり、色町からでて、外の人々のように舟遊びをしたり、現実では叶うはずのない望み。

 もう帰ってこないだろう。三度目の正直というからな。

 己の出す黒い煙は今まで吸ったものよりも、濃く、喉にへばり付いていた。客の想いにはこんなに暗く、粘着質で、泣き叫び乞うような味のものは無かった。

 ただでさえ毒の様だというのに、私の代償は劇薬の様。どんなに強い酒でも、ここまで刺されているような感覚も、喉が焼け爛れていくような感覚もしないだろう。

 息が、苦しい。藻掻き、首の皮膚を搔きむしる。どれだけ息を吐いても、飲み込んだ煙は出てこない。躰を切り裂いて、全てを出してしまいたい衝動に駆られた。

 嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。

 この苦しさから解放されるならなんだってやる。そう思っているくせに、夢を見る事は止められない。どれだけ苦しくても、この躰が蝕まれても、夢でいい、寧ろ夢の中だけでは幸せに。彼との日々に浸っていたい。

 続けるうちに、前のように眠れなくなっていた。煙を浴びなければ夜を越す事も出来ない。哀れな。

 だが、眠りに就いている間は安寧が私を包む。心穏やかに、いる事が出来る。

 客に夢を見せている間は、彼の事を考えなくていい。でも、店を開いていると、夢に浸る時間が短くなってしまう。ずっと、ずっと夢の中に居たいのに。だが、生きていくためには必要な事だ。

……金庫にはいくら金子が残っているだろうか。幾月生きていけるだろうか。もし長い間店を閉じていても生活できるほど残っているなら、いっその事やめてしまおうか。

 そうすれば、離れずに長く、永く彼との幸せを味わう事が出来る。

 ある時から、幸せだけではなく、欲すらも夢で叶えるようになっていた。獣と変わらない姿だと思っていると、路から猫の拒絶の声が聞こえてきた。

 求められているだけ、いいじゃないか。

 泣き叫ぶ猫を羨ましく思っていた。

 次第に店を休む日が増え、男娼がよく店に顔を出すようになった。

禿の夢を見に来たのかと聞くが、男娼は首を横に振る。

じゃあどうして来たのかと問うと、一言。心配だからと。

 渇いた笑いが喉から出て、響いた。心配なんて、する必要はないと伝えると頬を叩かれた。痛い。

 目尻には涙。

 いつものように憂いて、目を細めて笑いはしないのか。

 あぁ、叩かれた頬の痛みが増していく。

 叱られ、怒鳴られ、言葉の節々に心配の色が見えた。

 こんなにも私を想ってくれているのか。

 だけれど、やはり、男娼にいくら心割かれようと変わる事は出来なかった。

 店を開ける時間にも関わらず、自室で煙管を握り、重苦しい躰を無理やり起こす。

 今日はどんな彼を見ようか。

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