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変化

「燐……悪かったなぁ、ずっと帰ってこおへんで」

 先とは一転し、黎の表情は翳りを見せた。真一文字に結ばれた口、憂いを帯び下へ向く瞳、漏れ出る吐息。目に入ってきているのは確かに後悔している姿。

絆されては……流されては。

少し前と違う想いに、己が分からなくなってしまいそうだ。

「別に、謝らなくても大丈夫で」

 遮られ、右腕を掴まれた。

 彼の柳眉は下がっていて、瞳には憤りが映っていた。始めは弱く徐々に強くなる声音。

「他人行儀は止めれって言うたやろ」

 振り解こうとしても腕は微動だにせず、手首を絞める力が増していく。指の血管が浮き出している……皮膚に筋だけではない、骨まで届く痛み。どれだけ強く握るというのか。

 折られてはたまらない。自ら手を離させるには……思いついた苦肉の策に死を覚悟した。

「もう他人のようなものでしょう」

 煽り。腕ではなく、首に向くように。掛かるか。

 彼は滅多に感情を出したりしない。これでも爆発するかどうか。激情に駆られて行動に移すと期待できるのは、今だけ。

 刹那、込められていた力が緩んだ。これで解放される。

「そう思っとるんはお前だけや、燐」

 こちらの気が緩んだ時、片腕だけだったはずが増えていた。両腕を拘束され、そのまま黎は前進し始めた。私は後進するほかない。彼の歩く速さに合わせて、動こうとすると足を持っていかれる。その内に壁に背中を打ち付けられた。

 頭上で束ねられるように拘束される。

逃げ場はもうない、最悪だ。

空いた右手で何をされるのか、嫌な鳴り方をする心臓。打たれるか、首を絞められるか……目を瞑った。

顎の下、首の血管、両頬を掴む彼の右手。

自分の血流と荒い息が、尚も恐怖を与えてくる。

ゆっくりと頬を掴む指に力が入り、閉じていた口を無理やり開かれた。涙が零れそうなのを我慢して、瞼を上げると目の前には彼の顔があった。

あの時の、獲物を狙う、捕食者の目だ。

「やめっ……」

 漏らした声を聞いて、意地悪に笑う黎。目を細めて、重なっていた唇を離した。

 一方、奥で熱をもつ瞳はこちらを捉えて離さない。

「寂しかったやろ? 今からその気持ち、埋めたるわ」

 首元に、胸に、喉元に、甘噛みをして、舐る。三か所に綺麗な痣が出来た。ゆっくりと確実に、躰が熱を持ち始める。外は暗くとも中は明るい、硝子越しに覗けば簡単に見えてしまう。煙が漂っているから通り過ぎるくらいではこちらの様子が見えないことが唯一の救いだった。

「黎、止め……」

 私の声など届かないのだろうか。口を開けば塞がれる。どうにか抵抗しようと脚を動かすと、股下に膝を入れられ、制止させられた。

「始まったら果てるまで終わらんって、お前も知っとるやろうが」

 疲れた頃に心も変化を始める。


 また、彼が私だけを見てくれているじゃないか。


 愛しているから、こんな事をするのだ。私が受け入れれば物語のように幸福な終幕を得られるじゃないか。


 やっと、彼が愛してくれる気になったのだ。


 徐々に、徐々に。

雨も一点に降り注げは石をも穿つという、これだけの時をかけて漸く、愛された。変わってくれた。そう、思い始めていた。

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