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関係

「追い出し終わったんか」

 追い出し終わった、か。旧知の中とは言え、客に対してそんな言い方をするのはよろしくない。だが、伝えても貴方はきっと変わらないだろう。あの時ほどの大きな、関係が変わるような問題に直面しないと、良くも悪くも頑固な人だものね。

 口元は弧を描いているのに、目は鋭いまま。何かが気に入らないのだろう。いつもそうだ、彼は息をするように人を欺く。

 言葉一つで変化するわけない。それでも、ね。商売の姿勢だけは、譲りたくない。

「追い出したのではなく、御帰り頂いただけです」

 反論されるだろうな。それとも興味が無いと言われるだろうか。少し痛む胸の奥、強がる必要なんてないと言われたけれど、やはり相手が黎では、手放せない仮面がある。

 唇を強く結んだ。

 彼は溜息を吐いて、目を逸らした。

「行った事に変わりは無いんやから、どっちやってええやろ」

 まるで不貞腐れている子供だ。私はどうして、この人を好きだったのだろう。今までずっと抱えていた恋情が萎んだ気がした。

「それよりもその他人行儀な喋り方、止めれ。あと畏まった感じもすかん」

 座り込んでいた黎は立ち上がり、頬に触れてきた。恐ろしく優しい手つきに心臓が大きく鳴った。

「別にいいでしょう。もう貴方と一緒に居た時の私じゃないのだから」

 愚かな自分を、目の奥に映る変わる前の貴方を思い出したくない。二年という月日は拾われてからの事を考えれば、とても短いものだ。だが、その短いはずの日々が私にとっては地獄で。過ぎろ過ぎろと願っても、あまりにも長かった。きっと黎にとっては短い時間で、ずっと見てきた私が急に知らない人間になった様で、嫌なのだろう。

「もう『ウチ』とは言わんのか」

 真っすぐな瞳。

そんなに気になるの? 今まで便りも寄越さず、一度も顔を見に来なかったくせに。どれだけ悲しかったか、求めていたかも分かっていないだろうに。

 頬に添えられている手を払い、顔を作る。

「店の店主ですから、しっかりしていないといけませんし」

 嘘ではない。齢十六の娘一人しか居ない店となれば、態度や言葉遣い、服装がしっかりしていなければ利用しようとも思わない者も居れば、手籠めにしようとする者も居るだろう。身を守るという意味でも、あのままではやっていけなかったのだ。

 彼は私の言葉を聞いて、眉を僅かに顰めた。顎に手をやり、考える様なそぶりを見せる。

「店主かぁ、正式に燐に店を譲ったつもりはないねんけどなぁ。お前は俺の代わりでしかないんやし」

 言い終わり、鋭い視線が降り注がれた。

 勝手に消えたのはそちらなのに、譲ったつもりはないなどとほざかれるとは。あの時に放棄したのと変わりないように思うが、違うのだろうか。

 それに代わりとは何だ。私は黎とは全く違う店主として店に立っているし、そもそも接客の質が違う。代わり……その言葉がどうにも卑下されているとしか思えない。

「……」

 なんと言えばいいのか、分からなかった。

表情を見るに、どうやら私が感情を露にするところを目にしたいようだ。

だが、もうこれくらいで泣くほど私も弱くはない。黙っているのも、傷ついているからではない。彼の中で成長していない私がどれ程脆弱なのか、教えられているのだ。

胸の奥に、針が一本突き刺さった感覚がした。

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