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「どんな夢でも、煙に包まれれば見る事が出来る。客の望むままの夢を提供しているの」

 呪われた基、呪い(まじない)がかけられている品が掌の上でじんわりと熱を持つ。

 穴と見間違うような煙が渦巻く店。彼が措いて行った店。ここで私は客が一番望むモノを売っている。

「……ではここはやはり、阿」

 言いかけて、男は口を噤んだ。瞳には動揺の色、入って来た時より青白くなった顔、蟀谷(こめかみ)から流れる汗。男の考えに呼応するように窓の外も曇り始めていた。

「あぁ、穴とよく似ていると思いなのね。ここはクスリなんて取り扱ってはいませんよ。呪いの品……これは蠱術(こじゅつ)を扱っていた呪術師が生涯を賭して作った幻術の品でしてね、夢を見せるものなのですよ。勿論、客である貴方には影響など何一つございません」

 男は腕を擦り、こちらとは目も合わせずに零した。

「クスリで見る幻覚を都合よく夢だとか何とか言って金子(きんす)をむしり取っているんじゃないだろうな……」

 入って来た時には手に握られていた巾着を男は懐に仕舞った。

 これだから初めての客は嫌なのだ。黙って夢を見ていけばいいものを。都合のいい望みに金を落としていればいいものを。心から零れた思いは、何故かこの身を苦しめた。

戻ってこない彼への想いからだろうか。男の言葉に私も思う所があるからだろうか。

 だがしかし、これが商売なのもまた、変わりなく。売らねばいつか暮らしていけなくなるのだから虜を一人と増やさねば。情へと向きそうだった己を仮面でも被るかのように奥へ隠す。

「私の話を信じられないというのでしたら、四半刻だけでも体験していきませんか。お代は結構ですから」

 今回は無償だという事を聞いた途端に男は目を見開いた。下がっていた口角がほんの僅かに上げていた。きっとここが高い店だと知っていたのだろう。どんなものを売っているかまでは知らなかったようだが。

何も詰めず、火すら灯していないのに勝手に煙を上げる煙管(きせる)。男に煙を浴びせる前に一吸いする。最初の煙は使えない。口の中に広がるのは、毒ともいえるような酷いもの。代償だ。誰かの望みを叶えるには誰かが支払わなければいけない。幸か不幸か、煙は(からだ)を蝕む様なものではないし、後の人生を悪くするものでもない。ただ、心身に夢を見る者の負の感情を、棄ててしまいたい想いをこちらに押し付けるだけで。

包まれていると心地いいのだ。彼を想っているだけの己の醜さが薄まって行くようで。耐えられそうで。

余計な事を考えていると、男は「本当に大丈夫だろうな」とまだ疑いの目を向けてきた。止めるかと問うと男は構わないと口にして、大人しく床に敷かれている敷物の上に寝転がり、煙管の煙を浴びた。微睡み、落ちていくその姿に、羨望している己がいた。少しすると男の表情は一転、頬は緩み切っていて幸せを感じているように見える。

 いつの間にか、視界は濡れていた。塩気を含んだ水が溢れていた。頬に伝って、雫が床へ落ちる。私を措いて出て行ってしまった彼の姿が浮かぶ。いつも煙草をふかし、紫煙を上げて気怠そうに見つめるあの瞳が。紅などしていなくとも赤く色づき、私を(とろ)けさせる唇が。この黒髪を撫でる骨ばった食指を。戻って来て……貴方のいる幸せに浸らせて。

 涙を拭い、溶けてしまった白粉を直すために桐箪笥(きりたんす)から道具をとり、客が目覚める前に化粧を直す。

 あぁ、目の奥が焼けきれそうな程痛い。喉の奥に何かが詰まっているような息苦しさを感じる。胸が苦しい。貴方をただ想うだけで。

『帰ってきて……』

だが、もう化粧を崩すわけにはいかない。口腔内に溜まる苦いものを飲み込む。次の客がいつ来るか分からない。切り替えなければ。

「幸せに……なりたい」

 零れた言葉に愚かさを感じながら、また煙を吸った。出て行くのは黒い煙。今眠っている男の感情が、口の中を汚す。舌で転がし、しつこく絡みついて来る強い思いを断ち切るために飲み込んだ。

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