なんとかバルトゲット
今朝は少し早く家を出た。
いつもは自転車通学だけど、昨日の帰りにパンクしちゃったから、学校まで歩いて行くしかない。
「ついてないな〜。」
タイヤのゴムが摩耗してパンクしただけだから、ついてないも何もない。なるべくしてなっただけなのに、文句が出る。お年頃なのかもしれない。
ブツクサ言いながら、通学路から少し外れた自転車屋さんまでガラゴロガラゴロ自転車を引いて行った。いつもだったら、こんなふうに引いていても軽く進めるのに、パンクしてるだけで車体が一気に重くなる。タイヤってすごいんだな。
「よし、もう着くぞ。」
角を曲がった瞬間、シャッターが降りているのがわかった。本日定休日。
「えーっ!せっかくここまで来たのにぃ!」
またしてもブツクサ言いながら、家まで引いて帰った。
というわけで、今に至る。
今日は営業している。はずだ。家に帰ったら(また)自転車屋さんに持って行かなければ。ママは仕事だから、ボクが自分で行くしかない。
「あ〜あ。面倒臭いな。」
「りーくー!」
誰かに名前を呼ばれた。ボクは「陸久」と書いて「りくひさ」というんだけど、みんな「りく」と呼ぶ。
振り向くと同じクラスの山本温希がいた。
「おお〜スプリング・ハズ・カム!』
「オレのハルは、そのハル(春)じゃねーっての。」
アハハと笑いながら歩き出す。何を言っても面白いのも、お年頃のせいかもしれない。
「今日はチャリじゃないの?」
「パンクしちゃってさ〜。」
ちょうど小学生の通学時間帯だったようで、2人の小学生(低学年くらいだろうか)が、道端にしゃがみ込んで何か言ってるのが聞こえた。
「あれー?ここに緑のちっちゃい虫がいっぱいいるよ。アリもいる。」
「あ!ほんとだー。お水のツブツブがくっついてるのもいるね。」
「なんだろうねー。」もう行こうか、と言って立ち上がると、じゃれ合いながら行ってしまった。
「水がくっついてる虫って何だろうな。」
ハルキはそう言って覗き込んだ。
「本当だ。水飲んでんのかな?」
「違うよ。蜜だ。」
ボクがそう言うと、ハルキは少し驚いて
「え!そーなの?」
「あれはアブラムシで、お尻から蜜を出してるんだ。」
ああそうだ。先週、ボクはアリになった夢を見た。そこで、アブラムシの蜜を飲んだんだ。味も思い出せる。夢なのに、なんでなんだろう。
「ケツからミツ!なんかダジャレみたいだな。」
ハルキはそう言ってクククと笑った。お年頃だからね。
「でもよく知ってるな。虫好きだったっけ?」
ハルキが意外そうな顔をした。
「甘くて美味しいんだよ。」
ボクはそう言うと、ポカン顔のハルキを置いてスタスタと歩き出した。
教室に入ると、たぶん紫陽花が飾ってあった。たぶん、と言ったのは、見たことない色をしてるからだ。
紫陽花は土の成分で色が変わる。酸性かアルカリ性か。リトマス試験紙みたいだ。それが不思議で、子どもの頃から大好きだった。飾ってある花は、ド派手な色をしていて、なんだのこの色!?と衝撃をうけた。
「あの花、誰か持ってきたの?」
隣の女子は「知らなーい。」と言ったけど、前の女子が「館林君だよ。」と教えてくれた。
紫陽花かどうか確かめたくて、館林に訊きにいった。
「タッチー。あの花って紫陽花?」
「知らん。なんとかバルトって言ってた。ウチにいっぱい咲いてて、オカンに持ってけって言われた。」
これがいっぱい咲いてるのか。
「今日ウチでゲームしない?この花見たいんだろ?」
羨ましいと思ったのが顔に出てたのかもしれない。
「行く行く!」二つ返事で答えた。
館林家の庭には、なんとかバルトがいっぱい咲いていた。確かにキレイだけど、あまりの派手さに驚いた。
写メ撮っていい?と訊いてスマホでパチリ。
ママに見せたらビックリするだろうな!
「こいつ、これ見たそうだったから連れてきた〜。」
タッチーがなんとかバルトを指差しながら言うと、タッチーママは嬉しそうに『シュロスバッカーバルト』というドイツ生まれの紫陽花なんだと教えてくれた。
ドイツ生まれと聞いて納得した。確かに日本人が品種改良する方向性とは違って、ビビるほどの派手さがある。
外国生まれの紫陽花か。インターナショナルだなぁ。
2時間くらいゲームをしてタッチーの家を出た。
帰りに、タッチーママが挿し木で増やしたというなんとかバルト(覚えられなかった)の小さな鉢植えをもらった。小さくてまだ固そうなツボミも付いている。ミニチュアのブロッコリーみたいだ。
タッチーママは勘違いをしている。ボクは、紫陽花を見るのが好きなだけであって、育てるのは面倒臭いから好きじゃない。でも、いらないなんて言えなかった。
よし!ママになんとかバルトの写真を見せるのはやめとこう。咲いてからのお楽しみってことにして、育ててもらおーっと!
他力本願なことを考えながら、自転車屋さんに向かう。
カゴに入れたらひっくり返っちゃうかなぁ?