アリは辛いよ
なんでこんなことになっちゃったんだろう。
変なツブを運びながら考えた。
ボクは大勢の自称家族と一緒に蛾の死骸を探しに出た。
死骸なんて考えるだけでも憂鬱極まりない。おまけに蛾でしょ?見るのも嫌なんだけど。でも、もしかしたらアブラムシの時みたいに、死骸を見たら嬉しくて我を忘れちゃうのかな?・・・すごく嫌だ。
ため息をつきながら進む。それにしても、確かに道標がある、ように感じる。なんだかすごく不思議だ。でも先頭のアリだけが分かればいいんじゃないの?これ。
ゾロゾロ一列に並んで歩いている。ボクはその真ん中くらいだ。
とりあえず、なんとか巣から脱出することはできた。
この後、どうやってまこう。
トボトボ歩きながら考える。死骸にたどり着くまでに何とかしたい。いくら夢だとしても、死骸にかぶりつくなんて・・・想像しただけで身震いする。
でもこの位置じゃなあ。
突然行列の動きが止まった。嫌々歩いていてアリ間距離を広く取っていたお陰で、前のアリとぶつからずに済んだ。後ろのアリとはぶつかったけどね。
前の方でアリ達が集まって、何やらザワザワしている。
何だ何だ?
「どうしよう。これじゃあムリだわ。」
「困ったわ。アリアリ」
「諦めて他を探すしかないわ。」
アリ達が見ているのは、ずっと下のほうで動く黒い物だった。目を凝らしてよく見ると、大きな黒いアリが何匹か集まって、何かを取り囲んでいた。
この距離であの大きさだと、黒いアリは長さだけでもボク達の3倍以上ありそうだ。ボクと象?いやいやマンモスくらいの差があるかもしれない。こっちの方が数は多いけど、どう考えても勝ち目はない。
せっかく見つけた餌なのに、ひと足先に取られてしまった。いや違う。先に見つけていたけど、身体の大きさが違いすぎて、取り返すこともできないんだ。
もし、もっとこっちの数が多かったら追い払えるだろうか?ムリだな。大きさが違いすぎる。巣全体で戦っても、2〜3匹を倒せるかどうかってとこかなぁ。こちらのダメージの方が比較にならないくらい大きい。人間だったら体格差があっても、道具を使って何とかできるんだけど。
自然界の生き物にとって、身体の大きさや強さは、生きる上で切実な問題なんだな。だって、身体が大きかったり強いものに、簡単に餌を横取りされちゃうから。食べ物が手に入らなければ生きていけないし、今日食べ物があっても、明日あるとは限らない。ボクはなんだか悲しくなった。
「みんなで手分けして探しましょう!アリアリ」
「そうね。ぐずぐずしてたら、何も見つけられないまま帰るしかなくなっちゃうわ。」
あれ?みんか切り替えが早い。悔しがっているのはボクだけだ。
確かに、どうにもならないんだったら、さっさと見切りをつけて次を見つけた方がいい。自然は厳しくて理不尽だ。それでも生きていかなくちゃいけないから、どうすればいいか、ちゃんとわかってるんだな。
「よし!探しに行こう。」
逃げ出すことだけ考えていたはずなのに、いつのまにか餌探しする気満々になっていた。
でも餌を見つけたら、絶対みんなをまいてやる!
散り散りになって,しばらく餌探しをした。なかなかボリュームのある餌は見当たらない。みんなで集合してみたけど、少しの種が見つかっただけだった。
「おーい。」
ん?なんか聞こえるぞ?
キョロキョロしたけど、声の主は見つからない。
「おーーい。」
また聞こえる。
「いま声が聞こえたよね?」
周りのアリもウンウンと頷いている。耳を澄ます。
「おーい。こっちに餌がたくさんあったわよー!」
おおっ!山の向こうからアリ達が戻ってきた。
「たくさんあるの!アリアリアリアリ」
「入口が狭いから,大きいアリは入れないはずよ!アリアリアリアリ」
戻ってきたアリ達は、すごくたくさんの餌をみつけたらしい。アリアリアリアリ止まらないところを見ると、かなり興奮している。
みんなで行くことになり、また行列が始まった。
嫌で嫌でたまらなかった行列にも、なんだか慣れてきてしまった。アリに近づいていくみたいで、非常に不本意である。夢のはずなのにすごくリアルだ。ここまでリアルだと、目が覚めても覚えてるのかもしれない。
少し陰になったところに、それはあった。
透明で、四隅を切り落とした四角い箱のようだ。屋根の部分には黒と緑と赤の模様があることが、光が透けていることからわかる。中には変なツブがたくさん入っているのが見えていて、入り口からは良い匂いがする。
なんだろう?どっかで見たことある気がする。
あのツブは虫の卵?てことは、虫の巣?
いや、それにしては、この透明な箱は人工的だ。
うーん、見たことある気がするんだよなぁ。どこでだったかなぁ?
ウンウン悩んでいると、後ろから早く行けと急かされた。みんなこの匂いに興奮している。
「ちょっと待ってよ、いま思い出すからぁぁー。」
グイグイと入り口から中に押し込まれてしまった。次々にアリ達が入ってくる。いつの間にか、箱の中はアリで一杯になった。むせるような甘い匂いにクラクラする。アリ達が口々に早く持って帰ろう、仲間を呼ぼうと言っている。
この匂いを嗅いでいるうちに気持ちが悪くなってきた。
オエーッ!・・・だめだ、早くここから出よう。
頭の奥の方では、非常ベルが鳴っていた。
気がつくと変なツブを持たされて、またしても行列になって歩いている。
なんでこんなことになっちゃったんだろう。
変なツブを運びながら考えた。
本当は、箱に入る前に理由をつけて逃げるはずだった。だけど、あの箱をどっかで見た気がして、しかも、すごく大切なことだった気がして、思い出そうとしてるうちに、結局、逃げる間もなくあの中に入っちゃったんだ。
みんなで並んで餌を運んでるこんな状況じゃあ、逃げられないよ・・どうしよう。
それにしても、あの箱。なんなんだろう。
また考えを巡らせる。
透明な四角い箱。黒と緑と赤の模様。
そうだ!
頭の中で、ドローンを飛ばしてみる。
斜め上から進む。透明なあの箱はプラスチック製だろう。自然界にはない。四隅が切れていて、ツブツブが透けて見えている。
ブーン・・今度は真上から見てみる。半透明で、黒と緑と赤。黒が多かったから、黒地にしてみる。ボクが入った入口からだと、まずは緑があった。その先に赤い線が入っている・・・ん?文字?・・なのか?
・・・・・
・・・!?
ああーっっ!!
突然思い出した。
突然思い出して、思い出した瞬間カミナリに撃たれたようだった。
そうだ!あれは『アリさんグッバイ』だ!!
なんで、なんで気づかなかったんだっっ!?
ツブを投げ捨てて地団駄を踏み出したボクを、みんなが唖然としてみている。・・気がする。こんな時でも、表情が全然わからないのが、なぜか悔しくてたまらない。
「これは毒だ!みんな捨てろ!早く!早くーっ!!」
ああそうだ。これはアリ用の殺虫剤だ。アリを駆除するために、ママが庭に置いたことがある。しばらくしたら、アリがいなくなって喜んでいた。
あの時ボクは
「へえ〜。これってアリに効くんだ。」
と言ってカシャカシャ音を鳴らしたっけ。
「なに言ってるの?やっと手に入ったのよ。」
「そうよ!捨てるなんてできないわ。アリアリ」
ダメだ。何を言っても信じてくれない。
このままだと、みんな死んじゃうんだ。
アリ姐さんも、アリ姐さんの子ども達も、すれ違った行列も、ここにいるみんなも。
ダメだダメだダメだダメだダメだー!!
「りく。ほら起きて!起きなさい!」
はっ!として目が覚めた。目の前にママの顔がある。
「やっと起きたわね。どうしたの?うなされてたけど。」
はあ〜。やっと夢から覚めらことができた。
「嫌な夢を見たんだ。アリになっちゃったんだよ。」
「へ〜、面白いわね。」
ママは、まだ少し早いから寝てる?と言ったけど、このまま起きることにした。嫌な気分が残ってて、とても眠れそうにない。そんなボクに、ママは甘いカフェオレを作ってくれた。
「それで、どんな夢だった?怖かったの?」
自分用のブラックコーヒーを飲みながら、ママが訊いてくる。
「あのね・・・」
と言いかけて、テーブルの隅に目が釘付けになった。
ア、アリさんグッバイー!?
「マ・・マ、これ・・って・・・」
「ああ。窓際でアリがウロウロしてたのよ。あなた昨日トボケテたけど、やっぱり何か食べたんじゃないの?まあ、昨夜の今朝だから、いくらなんでもそんなに早くアリなんて来ないとは思うんだけど、念の為ね。」
「・・・。」
どうしてだろう。夢を鮮明に思い出した。
「・・ママ。もう食べカス落としたりしないように気をつけるから、これを使うのはやめよう。」
ボクは『アリさんグッバイ』をそっと握りしめた。