もう逃げるしかない
雪崩にもみくちゃにされて、一瞬気か遠くなった。
右も左も上も下も。いやいや斜めも全て隙間なくアリだ。
・・なんで?なんで穴に入らないの?なんでー?
穴に入る前に逃げ出す予定だったのに。予定が狂った。もちろん、予定は未定で決定ではないんだけど、予想外の場合はどうしたらいいんだろう。アリの塊が巣だなんて想像の範囲を超えている。
周りからはシャワシャワ音の他に、アリアリアリアリいう声が聞こえる。みんな一斉にしゃべるから、何を言っているのかわからない。「アリ」だけが唯一聞き取れる、というか「アリ」しか聞こえない。
「もうすぐ仲間が帰ってくるから、みんな待ってて。とりあえず、持てるだけ持ってきたわ。アリアリ」
アリ姐さんが言っている。
あれ?やっぱアリ姐さんは働きアリなの?
ぼんやりしながら、頭の中は「?」でいっぱいになる。
アリ達の波が引いて1匹のアリがアリ姐さんに近寄ると、アリ姐さんは素嚢から蜜を出して口移しであげている。
ええぇぇ!?
ぼんやりしていた意識が一気にハッキリした。
お土産ってこういうこと!?
ボクにこれをさせるつもりだったの??
そりゃあ、アリからしたら素嚢から出してるだけなんだろうけど、人間にはそんな機能ないから、どうしてもゲロをあげてるみたいに見えちゃうよ。
あ、危なかった。素嚢の意味がわからなくて、本当に良かった。グッジョブ、ボク!!
ココロの中でガッツポーズをした。
「この子も私の子なの。」
アリ姐さんはそう言うと、1匹のアリが運んできた大きな白い物体を触覚でトントンした。物体がムニムニ動く。
こ、これはもしや幼虫なのでは?
顔を固まっているボクに向けた。
うぉぉっ!
幼虫に間違いない。ほらほら、とアリ姐さんば手渡そう(脚渡そう?)としてくる。
無理無理無理無理!断固拒否だ!
と思ってたのにエイッと否応なく渡された。
ヒェェェ・・・あれ?ふわふわで気持ちいいかも。しかもちょっと可愛い。
でもこの幼虫が子どもってことは、卵を産んだ時アリ姐さんはすでに成虫だったはずだ。ということは、アリ姐さんが夢を見てるわけじゃなく、本当に卵を産んだのか?なんだかまた混乱してきた。
「働きアリだと思ってたけどやっぱり女王アリなの?」
ボクが尋ねると、アリ姐さんは驚いた様子で
「何言ってるの?私たちに女王はいないでしょう。」
と驚いた様子で言った。
あれ?完全にボクの中のアリの常識と違う。
ワタシタチニ ジョウオウハ イナイ ・・?
「私たちはアミメアリよ。ほとんど全てのアリには女王がいて、女王しか卵を産まないけど、私たちアミメアリは特殊で、みんなで卵を産んで、みんなで育てるのよ。女王を守る必要もないし、わざわざ巣穴を作ったりしないから、いつでも引っ越せるの。」
何をいまさら、と呆れ果てた様子だ。
不意に幼虫を取りあげられる。
「・・あなた同じ匂いだけど・・本当に家族よね?」
アリ姐さんが顔を近づけてくる。今まで「アリアリ」言ってたのが「ギチギチ」に変わった。
まずいまずいまずいまずい
危険を察知して、言葉がリフレインしている。
アリに囲まれたこの状態で、家族じゃないとバレたら大変だ!ケガだけじゃすまないのは間違いない。
とにかく、ここから逃げなくちゃ!
「いや〜ね。忘れてただけよ〜。さっき頭を打ったみたいだわ〜。ホホホ」
とりあえずメスのふり、メスのふり。
ニコニコ(してるつもり)愛想を振り撒きつつ、脳みそをフル回転させる。どうやって巣から離れよう。どうすれば違和感なく巣から出られるだろうか。考えている間も、アリ姐さんはギチギチ言っている。
「ト、トイレに行こうかな〜。」
少しでもアリの少ない方に脚を向ける。
「そっちじゃないわよ。」
ますます目つきが変わった気がする。なんというか、雰囲気?オーラ?よくわかんないけど、以前より敵意がチラチラ見え隠れする。だってギチギチ言ってるし。
あわわ・・
こんなの望んでないよ!!これって悪夢じゃん!
早く目を覚ませ、ボク!
「戻ったわよ〜。アリアリ」
ちょうどそこへ、餌を探しに行っていたアリ達が帰ってきた。みんなが一斉にそちらを向く。ボクなんかのことよりも、生きる上で必要なもの、食べ物のほうが重要だからだ。もの凄い数の目が動いて、ボクにとっては気持ち悪いことこのうえない。それでも、一瞬でも自分から関心が離れたことで、ココロに少しの余裕が生まれた。
そうか。食べ物を探しに行くと言えば、一人で外に出ても怪しまれないかもしれない。
アリ姐さんに会った時、他に仲間はいなかった。それに、ボクにお土産を持たせてまた餌探しに行こうとした、って言ってた。ということは、餌探しは一人で行くこともあるってことだ。
しれっと歩き始めようとすると、
「いったいどこへ行くの?」
アリ姐さんがギチギチ言いながら近づいてくる。目の前まで顔を近づけられて、おしっこをちびりそうになりながら、
「よ、よ、幼虫の餌を探しに行こうと思って。」
と言った。
アリ姐さんはジーッとこっちを見ると(・・に、睨んでるのか?)、あの子の好物は肉だからよろしくね、と言った。
はぁぁ・・よかったぁ。これで逃げられる。
まだギチギチ言ってるのが少し気になるけど、なんとかなりそうだ。
「みんなで行くといいわ。」
へ?
アリ姐さんはアリをゾロゾロ連れてきた。
ええーー!?これじゃ逃げられないじゃん!!超ショックなんだけど。
・・・しょうがない。とりあえずここから出ることが先決だ。うまくいけば、振り切ることができる・・かも。
焦っているのを隠して平気なふりをした。バレたら一巻の終わりだから、初めてアリでよかったと思った。表情を読まれる心配がないもんね。
「みんなで行くから、大物も持って帰れるわね。アリアリ」
とアリ姐さんが言った。アリアリ言うのを聞くのが、こんなに嬉しいなんて!
ところで、大物?はて?
なんだろうと思ったものの、ここで声に出したら、またギチギチ言われちゃうかもしれない。黙って様子をうかがう。沈黙は金だ。
「あっちの陰の方に、蛾の死骸までの道標があったから行ってみるね。久しぶりの大物だわ!アリアリ」
え?大物って死骸なの?ウソでしょー!?
ボクはまたしても気が遠くなった。