歌うたいのラヴ・ソング
ヒュ・・ン バサバサッ
みんなで辺りを伺って、安全だろうと思っていた。目指す木は、もうすぐそばだ。師匠も問題ないと判断して飛び出した。その刹那、カラスが師匠を襲った。
「うわぁぁぁー!」
羽の音は、ほとんど聞こえない。
聞こえるのは師匠の叫び声だけだ。
一瞬のことに、ボクらは呆然としてしまった。
「師匠!!」
師匠は右に左に曲がって飛んでいるが、カラスのスピードは圧倒的だった。
カラスはわざと知らんぷりをして、ボク達を油断させていたんだ。
「うわぁぁー!来るなぁー!」
ジジッ ・・ ジ ・・ ジジ ・・
ついにカラスに捕まってしまった。
「オマエら!オレにかまわず逃げろ!次はオマエらが狙われる・・グッ」
「師匠!師匠!!」
ボクらの師匠を呼ぶ叫び声だけが響いている。
師匠が!師匠が食べられちゃった、とミニンジャが泣き崩れたとき、カラスがフイに師匠を離した。
やった!逃げ出せた!と歓喜の声があがったけど、カラスはまた、逃げる師匠を追いかける。
不思議なことに、逃しては捕まえることを繰り返している。オナカがすいているカラスなら、すぐに師匠を食べていたはずだ。
ああ、もしかしたら師匠は、暇つぶしの遊び道具にされているのかもしれない。身体中の血が逆流した。
「ボク達はオモチャじゃない!!!」
ボクは、怒りのあまり怖さも忘れ、思わず飛び出していた。
カラスの目を狙って、真っ直ぐに飛んでいく。
きっと、鳥の弱点は目と翼だ。セミの身体では翼にはたき落とされるのが関の山だから、狙っても無駄だ。狙うなら目しかない。
ジジジジジ・・ジジジジジ・・ジジジジジ
思いっきりオナカを震わせて、ありったけの音を出した。師匠を狙っているカラスは、こっちを向いた。音くらいでカラスは怯まなかったものの、突然飛んできたアブラゼミには驚いたようだ。大きく広がったクチバシを既のところで避ける。
「師匠!早く逃げよう!!」
「・・お、おう。」
羽を痛めたのか、師匠はヨロヨロと飛んでいる。
「早く!早くっっ」
大声で怒鳴った。
カラスはオモチャを諦めない。ボクらは絶体絶命だ。
怒鳴ったからって、どうなるものでもないってことは、頭ではわかってる。それでも、悪あがきだとしても、もがいて、もがいて、なんとか現状を打破したかった。
「もう・・ダメ・・だ・・」
「師匠!?」
師匠はバランスを崩して落ちていく。ヒラヒラではなくスーッと。セミであるボクには、どうすることもできない。
地面は土だっただろうか。アスファルトだっただろうか。どうか柔らかい土でありますように。
ボクにできることは、祈ることだけだった。
その時、執拗に襲ってきたカラスが、突然方向転換をした。
なんで?あんなにしつこかったのに?
奥から生徒が出てきたのが、複眼の隅に映った。
そうか、カラスは人間を見つけて逃げたんだ。
「やった!師匠、助かったよ!師匠!?」
師匠は、オナカを上にして地面に落ちていた。
「師匠!師匠!しっかりして!」
うまく地面にとまれない。やっととまったのは、師匠から少し離れた場所だった。
「お、おう・・」
「カラスは行っちゃったよ!もう大丈夫だよ!」
遠くから師匠を呼ぶ仲間の声が聞こえた気がする。
「オレは、もう・・ダメ・・だ。オマエ・・は、アイツらを連れて・・行け・・。」
「何言ってるんだよ!師匠、しっかりしてよ!」
師匠の羽は少し曲がっている。左の中脚は途中からちぎれていた。
「もう・・ムリなんだ・・よ。アイツらを・・頼む。」
「師匠!師匠ー!!」
パタパタと人間が近づいてくる音がする。
「早く・・行け・・オマエまで・・何かあったら・・アイツら・・は、どうや・・って生き・る?」
「わかった、わかったよ・・師匠。アイツらは、絶対にボクが守るから。安心して。」
ボクは泣きながら飛んだ。振り返らず、ただ師匠との約束を守るために。
仲間のところに戻ると、2匹とも泣いていた。見た目にはわからないけど、ミニンジャなんて、泣きじゃくっていて話すらできる状態じゃないほどだ。
「さあ、からすが戻ってこないうちに、あの木まで行こう。」
「やだー。シショーをこのまま置いていくなんてできないー。うわぁん。」
「・・・師匠の願いなんだよ。みんなが無事に着くことが、師匠の願いなんだ。」
初めて虫で良かったと思った。ボクが泣いていてもわかんないから。今は泣いてる場合じゃないんだ。
兄弟もミニンジャも行くのを嫌がった。特にミニンジャは、怖くて行きたくないと言った。
「でもほら、カラスは行っちゃったじゃん。やっぱり人がいるところの近くて正解なんだよ。ここはまだカラスの射程圏内だし、あっちの木だったら、もしカラスが飛んできても壁に逃げることができるよ。」
なんとか説得して、兄弟のあとに続かせた。
最後のボクが無事に辿り着くと、3匹でわぁわぁ泣いた。安堵とともに、師匠を失った悲しみが押し寄せてきたんだ。ここに師匠がいてくれたら。
誰からともなく、歌をうたおうということになった。メスを呼ぶためじゃない。師匠へのお別れの歌だ。精一杯の愛を込めて。
「師匠を忘れないように、みんなで歌おう。天国の師匠にも聴こえるように。」
ボク達は精一杯大きな声で歌った。
師匠への愛の歌は、学校の中庭全体に響き渡った。
アブラゼミとニイニイゼミの大合唱だ。
師匠、聴いてくれてますか?
師匠のおかげで、みんなこんなに大きい声で上手に歌うことができるようになりました。
「天国の師匠ー!」
「シショー!ありがとー!」
「忘れないジョー!」
「勝手に殺すな。」
「へ!?」
みんなで一斉に振り向くと、そこには天国にいるはずの師匠がいた。
「ええぇぇー!?」
呆然としているボク達に向かって師匠は笑いかけた(気がした)。
ああ、そうか。師匠は幽霊になったんだ。
今回は飛ぶ虫だから登場してないけど、キュッピもオロンも幽霊だもん。虫は幽霊になれるんだね。
「幽霊になって会いにきてくれたんだね。ありがとう、師匠。」
「バカやろ!」
バチコンと前脚で叩かれた。
「ほんとに師匠だぁ・・。生きてたぁ・・」
4匹で抱き合うようにして泣いた。
「痛ててっ。まだ体液止まってないんだから、気をつけてくれよ。」
かなり痛そうにしている。セミの体液(人間でいう血のことね)は透明だから気がつきにくいけど、師匠の身体は傷だらけだ。
「グスッ・・どうやって?どうやって助かったの?」
そーだよ、そーだよ!と騒ぐボク達に、師匠は事のあらましを話してくれた。
「カブトムシのメスに似た人間のオスが近づいてきたんだよ。「もう終わりだな、最後にオマエらにあえて良いセミ生だったなぁ」なんて思ってたら、そいつがひっくり返ってるオレを起こして曲がった羽を伸ばしてくれたんだ。おまけに樹液の滲んでる木まで連れてってくれてさ。樹液を飲んだら結構元気になったぜ。腹減ってたのかもな。」
師匠は、痛みに耐えながら笑ってみせた。
「羽も曲がって、脚も5本になっちまった。情けねぇ。」
「情けなくなんかない!どんな姿だったとしても、ダレも気にしない。生きて・・生きててくれただけでいいんだ。」
そう言ってまたみんなでひとしきり泣いてから、歌をうたった。
素晴らしい命への讃歌だ。




