たたききゅうり
「なぁなぁ、本番当日は「知る人ぞ知る音楽家」がくるらしいよ。」
「えー。それって「知らない人は知らない」ってコトじゃん。」
帰り道、ハルキとそんな話しをしていた。ボクは自転車通学なので、駐輪場経由で帰る。自転車を引きながら歩くのは邪魔だけど、明日のことを考えたら、絶対置いて帰れない。
「でもその人は、歌う声が大きいかどうかも採点するんだって。」
「ほんとに?」
「だって鎌ちゃん言ってたもん。」
鎌ちゃんこと鎌田先生は、先生たちで組織されてる合唱祭実行委員会の委員長で、ボクらの音楽の先生だ。
「えー、マジで?あんな低い音、大きい声でなんてムリだよ。」
「オレも〜。いまだって、やっと歌ってんのに。」
あーあ、と上を向いたハルキが、やば!と言った。
「なにあの雲。絶対雨降りそーじゃね?」
「うーわ、真っ暗じゃん。あの色は雨雲だね。またゲリラ豪雨かなぁ。」
そう言った途端、胸ポケットからオロンが顔を出した。
「あめー?あめなのー?嬉しいのー!オロロン」
「わわわっ!」
「・・・なにやってんの?」
ハルキには見えてないのに、突然のオロンのお出ましに焦ってしまった。
「いや、うん、ううん、なんでもない。」
明らかに挙動不審になっちゃった。ハルキが怪訝そうな顔してるけど、そんなことは気にしない。
「さっ!雨が降る前に帰ろうぜぃ。」
誤魔化すために少しおどけてみた。そのとき
ポツッ・・・ポツッ・・・
「ヤバイヤバイ降ってきた!早く帰ろ。」
そう言ってハルキが走り出し、ボクは自転車にまたがった。
「じゃあな!」
10分後、ボクは土砂降りの中にいた。
家までの間で雨宿りするところなんてないし、そもそも濡れた体でお店になんて入れない。
あとちょっと、あとちょっとで家だというのに、目の前は雨で霞んで見えないし、目も開けていられない。
おかしい。実におかしい。パート2。
ここは日本のはずなのに、なぜこんなに豪雨なのか。
これはスコールなんじゃないだろーか?
いや、スコールより酷いのでは?豪雨ではなく獄雨だ。
肩の上ではオロンがずっと
「オロオローン オロンロンローン(以下続く)」
・・・喜びの歌を歌っている。
「ふわぁ、やっと着いたぁ。」
玄関のドアを入ると、思わず声が出た。
ウチの玄関には、濡れた時用の古タオルが置いてある。
とりあえず玄関にタオルを敷いてから、靴下を脱いで裸足で降り立つと、その場でびしょ濡れの制服を脱いだ。
「これ、どーしよう。」
この制服は、乾燥機にかけると縮むって聞いたことがある。怖くて試してないけど。ちょっと迷ってから、とりあえずお風呂場に持って行って水を絞った。
オロンは肩の上で
「あめ終わりー?オロー。」
と悲しそうに身体ごとうなだれている。幽霊だから濡れないくせに。
キュッピは家に着いて安心したようで、ぴょんぴょん跳ねて遊んでいる。
サイズ変更にもだいぶ慣れて、家にいる時の2匹は親指くらいのサイズにしてある。見失っちゃうからね。
「だいぶ濡れたようだのぅ。」
アリンコが肩の上にに現れた。
「ほんとだよ〜。ポツ、ポツ、ザーッって感じで、一気に降り出したんだ。」
「夕立は昔からあったが、いまは昼間から降るからのぅ。しかも雨足の強さが桁違い。人は温暖化と言うが、酷く暑いし、まったくこれでは蝉も夏バテしよるわ。」
「え!?セミって夏バテするの?夏の虫なのに?」
「・・・オマエは蝉が鳴くのは、いつだと思うか?」
「7月と8月かな。やっぱ夏だよね。」
「ふむ。今日はセミの鳴き声をどれほど聞いたか?」
うーん・・?
朝からのことを思い返してみた。
うん?
んんん?
「鳴いてなかった!あれー?なんでだ?夏なのに。」
「夏だから。正確には「今の夏」だから、だのぅ。生き物には、それぞれ生きるのに適切な気温がある。それは蝉も同じだ。暑すぎると死ぬこともあるのだぞ。昔は梅雨の後、徐々に気温が上がり、この辺りの盛夏は、オマエの言う8月頃だったのだろう。しかし今はどうだ。気温の上がり方も急激で、酷暑と呼ばれる暑さが続く。違いは歴然であろう?」
確かに。
おばあちゃんがよく
「あたしが子どもの頃はクーラーなんてなかったし、今日は暑いね〜っていっても31℃くらいだったのよ。」
と言っていた。当時と今では、びっくりするくらい気温も環境も変わってる。
「人間は1年を12に分けて、それぞれ「月」としているが、生き物にはそんな縛りがない。環境が変われば生き方も変える。住処を移動することもあるしな。むろん、急激に変わり過ぎるとついていけないが、存外生き物は強いものなのだ。今は蝉には暑すぎるが、まもなく五月蝿いくらいに鳴き始めることであろうよ。」
「ふーん。いろいろあるんだね。」
ところで、と続けた。
「オロンの動きが遅くてさぁ。もうちょっと早く動けるようにしてくれない?大きくしても遅いんだよね。」
「倍速モードにすれば良いではないか。」
は?なにその便利機能?
お風呂から出ると、「たたききゅうり」を作ることにした。今日は回鍋肉の日だから、サラダで千切りキャベツを食べると、キャベツのおかずが被っちゃうからね。
朝、パパに「きゅうりのヤツ食べたい」ってLINEしておいたら、お昼休みに返事をくれた。
きゅうりを洗って、ちょこんと飛び出た端っこの部分をちょっとだけ切る。飛び出た部分だけでいい。幅2cmくらいの輪切りにしたら、ポリ袋に入れて手のひらで皮の部分を押して、円がひしゃげるように軽く潰す。潰さなくてもいいけど、潰したほうが味が染みやすいんだ。ボクはこれが大好きだから、多めに作ろう!
冷蔵庫で1週間は持つけど、色も悪くなるし味もボヤけてきて、ボク好みの味じゃなくなるから、3日で食べ切れるくらいにする。
きゅうりの入ったポリ袋に、すし酢と麺つゆを入れて軽く混ぜたら、適当にごま油を入れて、ポリ袋の空気を抜いて縛ったら、冷蔵庫で30分以上置くとできあがり!ごま油を先に入れちゃうと、味がしみにくくなるから、気をつけるようにと書いてあった。
パパは、包丁の腹(大きくて平な面を「腹」っていうんだって!)で潰したら保存容器に入れて、同じ順番で調味料を入れてそのまま作るんだって。パパが作ってくれる場合は、仕上げにゴマが振ってある。お酒のおツマミにする時は、糸唐辛子も乗ってるんだ。
ポリ袋を冷蔵庫に入れると、リビングにバスタオル、制服、バスタオルの順でサンドイッチみたいにしてドライヤーをかけてみる。ほんとはアイロンがいいんだろうけど、前に火傷してから使うのがちょっとだけコワイ。
小学校のとき、家庭科の宿題で自作したエプロンに、アイロンワッペンをつけようとして、うっかり縁に触っちゃったんだ。
「ただいま〜。はぁ〜疲れた。」
「おかえりー。おかず1品作っといたから、キャベツは明日にしようよ。」
「えぇ〜〜!嬉しすぎるっ。」
そう言ってママがハグしてきた。相変わらずブチューッと口を突き出して寄ってくるママを、キショいから早くお風呂入って!という一連の件が、なんかお約束みたいになってるなぁ。
「雨に降られたの?」
「うん、こっちはすごかったんだよ。」
「大変だったね。あとでママがやっとくから、宿題やっちゃえば?」
「はーい。」
ママに促されて先に宿題をすませることにした。




