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夫婦喧嘩

わいふ?ワイフ?

・・・!

「奥さんなの!?」

「なんで逃げるのさ!」

ボクと妻バッタが話しかけるのは、ほぼ同時だった。

夫バッタは無言のまま、どちらの問いかけにも答えず固まっている。

ねぇねぇ、と何度も呼びかけて、ようやく我に返ったようだ。無表情だから、そんな気がしただけだけど。

妻バッタが黙っている隙に、鼓膜の方へ行って

「声が大きくて、何を話しているのかわからないので、うんと小さな声で話してもらえませんか。」 

とお願いをしたら、わかったと言ってくれた。

「アンタ達は、何でウチのダンナといるのさ。」

「え!?いま「アンタ達」って言った?言ったよね?キュッピとオロンが見えるの?」

「ああ、クモとナメクジでしょ。でもなんか変な感じね。いるような、いないような。」

嬉しくて思わず脚をバタバタした。

「ちょっと!そんなことより、アタシの質問に答えてくんない?」

「あ、ごめんなさい。ボクたちが向こうの原っぱで迷子みたいになってて・・」

ことの顛末を話すと、バッタ妻は「なぁんだ」と言った。

「アンタ達がウチのダンナを、アタシから逃げるようにそそのかしたのかと思ったわよ。」

「と、とんでもない!」

ボク達はブンブンと頭部を振って力一杯否定した。

「どうしてダンナさんを追いかけてたんですか?」

夫バッタは無言で動かない。サラブレッドの銅像みたいだ。

「・・・アタシから逃げるからよ。」

ん?

「何で逃げてるの?」

銅像に話しかけたけど無言だ。

前脚に鉤爪を引っ掛けながら、ねぇねぇ、と訊くと

「むにょむにょ」

と答える?

「え?なに?」

「むにょむにょ」

「え?もう少し大きい声で言ってくれない?」

「だから、怖いんですよ!あの身体は大きすぎでしょう!」

と言って、妻バッタに聞こえるか聞こえないかくらいの声でヒソヒソと続けた。

「少し反論したら怒ってしまいましてね。あの身体で威嚇してくるから、私はもう、怖くて怖くて。」

「なにをコソコソ話してんのよ!」

そう言って妻バッタは脚を踏み鳴らした。

鼓膜がビリビリして目が回る。

一瞬倒れそうになったけど、キュッピに

「しっかりするっピ!」(バチコーン)

と殴られて気を取り戻した。

夫バッタは、また固まってしまっている。

あちゃ〜〜。こりゃ確かに怖いわ。

「あ、あの、怒らせてしまったのが申し訳なくて、と言ってます。ヒソヒソ話してるのは、ボクが小さい声で話してくださいってお願いしてるからなんです。」

夫バッタが固まっているので、ボクが内容をちょっとだけ変えて話した。言われたまんまを伝えたら、逆鱗に触れることは間違いない。ボクなりに、精一杯、妻バッタに気を遣ったつもり。

「ふぅ〜。」

妻バッタは少し落ち着いた様子だ。全部ボクのおかげなんだから、夫バッタに感謝してほしいよ。

「なんでケンカになったんですか?」

妻バッタは、じっと押し黙っている。

訊いちゃダメだったのかなぁ。

「あの・・・」

変なこと訊いてすみませんと謝ろうと思ったら、妻バッタが話し始めた。

「ウチのダンナは育ちが良くてね。この原っぱの向こうに建物があるんだけど、その向こうにあるエノコログサがたくさん生えてるトコロの生まれなんだよ。」

「エノコログサ?」

「あぁ、ネコジャラシって言えばわかるかい?」

ネコジャラシって、エノコログサっていうのか!

こっくりと頷くと、妻バッタは続けた。

「あそこは時々人間が来るから、あんまり虫がいないのさ。だから、餌の取り合いをする競争相手もいなくて、そんなトコロで育ったウチのダンナは穏やかなんだよ。反対に、さっきアンタ達がいた向こうの原っぱには、人間が来なくてね。だから、生きるために、いろんな虫と餌の取り合いさ。子どもの頃は、よくダイミョウに横取りされたよ。アイツらは見た目も本当に怖くてね。成虫になってからは、餌を横取りされることはなくなったけどさ。」

大名?はて?

妻バッタは、無表情だけど遠い目をしている気がした。

「エノコログサがたくさん生えてる場所があるって噂で聞いて、あっちこっち探して、ようやく見つけたトコロがダンナの住んでたトコロだったのよ。」

「そこで出会ったんですね。」

ケンカの理由を知りたかったんだけどな。とりあえず、怒らせたらまずいから、話の腰を折らないように慎重に、慎重に。

「そうさ。すれっからしのアタシなんて、お坊ちゃんには不釣り合いだから、さっさとコッチの原っぱに戻ろうと思ったんだけど、ダンナが「育ちなんて関係ない、こっちが暮らしにくいなら、自分がそっちの原っぱに行くから」って言ってくれてさ。本当に嬉しかったんだ。」

「なるほど。優しいんですねー。」

慎重に、慎重に。

「そうそう。こんなんだけど、優しいのよ。」

夫バッタが一瞬ぴくりと反応した。・・気がする。

「だけど、卵をどこに産むか話してたら、ダンナがコッチの原っぱにしようって言うのよ。アタシはね、エノコログサの原っぱで産みたかったのさ。2人の大事な子どもだから、餌を取られる心配のないトコロで産みたかったのさ。」

最後の方で声が震えている。全くわかんないけど、泣いてるのかもしれない。

「そうですよ。2人の大事な子どもだからこそ、私はこちらの原っぱが良かったのです。」

いつのまにか夫バッタの目に生気がもどっていた。

「アタシなんかがエノコログサの原っぱに行くなんて、おこがましいってことなんだよ。ワタシと一緒にあの原っぱに行くのは恥ずかしいんだ。」

あー。こりゃ完全に泣いてるわ。でも表情がないから、全っっ然、わかんない。

「全く違います。君は私の話しを聞いてもくれず、一方的に怒り出してしまいましたが、少しは私の話しも聞いてください。」

意外なことに、夫バッタは毅然と話し始めた。

「君はエノコログサの原っぱが素晴らしいと思っているのかもしれませんが、思い違いです。君は、他の虫がいない理由は人間が来るからと言っていましたね。人間が来るからこそ、危険なんです。私の兄妹達もたくさん捕まり、誰も戻ってきませんでした。踏まれた虫もいます。以前、連れ去られた蝶が、隙を見て逃げ帰ってきたことがありましたが、それだけです。ほとんどの虫がいなくなってしまうほど危険な場所なんです。」

妻バッタは黙って話しを聞いている。無表情だから、ボクには何を考えてるのかわからないけど、もう怒ってはいないということが、雰囲気でわかる。

「君の生まれた原っぱは、確かにたくさんの虫がいて、餌の取り合いにもなるでしょう。それでも、ほとんどの虫がいなくなるほど、人間に入り込まれてはいません。そして、君という逞しく素晴らしい女性を生み出した原っぱでもあるんです。」

おおっ!

さっきまで銅像みたいだった夫バッタが、自分の思いを滔々と話している。

そうか。2匹とも卵が孵った時のことまで考えてて、ケンカになったのか。

バッタが冬を越せないってことは、ボクも知ってる。昔、公園にたくさんいたバッタが寒くなるといなくなってて、パパに訊いたら、冬には死んじゃうんだよ、って教えてくれた。

卵が孵るころには2匹ともいないから、幼虫を見ることはないんだけど、それでも子どもを大切に思う気持ちは同じなんだな。なんだか胸がジーンとした。

コレを聞いたら妻バッタも・・・あれ?

妻バッタはフイっと向こうをむくと、そのまま飛び跳ねて行ってしまった。

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