アリンコやるじゃん!
ぶくぶくぶく・・ぶくぶく・・
きたきた!水の中だ。
今日は何のムシだろう。今回は、今回に限っては、ちょっとワクワクする。信じてるからな、アリンコ!
周りはよく見えない。視力があまりよくないのかなぁ。じっとして神経を研ぎ澄ます(?)と、色々な臭いを感じる。近づいてくる臭いは生き物だろう。水の動きも激しいもん。
「危険がないムシ」をリクエストしたから大丈夫だとは思うけど、とりあえず敵が味方かわかるまで少し離れておこう。
不思議なことに、水面の振動が伝わってくるから、水面と水底の方向は簡単にわかる。
臭いは水面の方から近づいてくるので、水底に向かって泳ぎ出す。
「うおぉー!すっげー!!」
後ろ足(脚だね)をひとかきしただけで、スイッと進む。
もう一度。スイーッ
うおぉぉぉー!
もう一度。スイッスイーーッ
うおぉぉぉぉぉー!
なんだこれ!めちゃくちゃおもしろいし、気持ちいい。
スイスイクルクルと泳いだ。
・・さん。
ん?なんだ?
あ!?さっきの臭いだ!泳ぐのに夢中になってて気づかなかった。
・・ゲン・・さん。
ん?ひょっとして、ボクを呼んでるのかな?
立ち止まった。もとい、泳ぎ止まった。
わちゃわちゃと丸い物体が近づいてくる。
「相変わらず速いですねぇ。止まってもらえなかったら追いつけませんでしたよ。」
「キミはダレ?」
「え!?オイラのこと忘れっちまいましたでやんすか?」
コイツは仲間じゃないな。ボクみたいにスイスイ進んでないし、後ろ脚が全然違う。ボクの脚の方が毛がたくさん生えてるもん。だけど、ボクのことを知ってて、いろいろ教えてくれるヤツだ。
・・毎回教えてくれるヤツがいるんだよな。もしかしたら、アリンコが案内役をつけてくれてたりして。そんなに親切なわけないか。
「えーっと、ちょっと頭ぶつけちゃって。いろいろ忘れちゃったから、教えてもらえる?」
こんなこと信じる人(ムシ?)なんているかなぁ。
「あぁ、あそこの石でやんすね。ナマズに追いかけられて例の裂け目に入ろうとすると、ちゃうどあそこの石にぶつかりそうになるでやんす。でも、頭ぶつけててもナマズに食われないんだから、やっぱゲンゴロウさんはスゴイでやんす。」
お!信じてくれたみたいだぞ。単純なヤツでよかった〜。
さて、今の話しの内容からすると、ボクはゲンゴロウになってるんだな。
といっても、ボクはゲンゴロウを見たことがない。
いや、正確に言うと画像だけは見たことがある。
昆虫についての授業で、みんなで知ってる昆虫を挙げていくことになったとき、箕輪が「ゲンゴロウ」って言ったんだ。だけど、そんな人間みたいな名前の虫いないだろうと思ったボクは、ネットで調べてみたんだよね。
検索画像で出てきたゲンゴロウは、まるっこくてツヤツヤツルンとしてて、すごく可愛いかった。
「なんかカナブンみたいだ。」
そう言ったボクに、箕輪は
「同じ甲虫目だから、詳しくない人には似てるように見えるのかもね。私からしたら全然違うけど。」
と上から目線で言ってきて、なんかムカついた。
ハルキは見たことがあるって言ってたな。ソエジンもお祖母ちゃんチで見たことがあるって言ってたけど、そっちはあてにならない。他の虫じゃね?って言ってみんなで笑った。こーいうのも青春ってことなのかなぁ?よくわかんないや。
でも、確かにこの余裕で泳げる感じはゲンゴロウに違いない。
「ボクはゲンゴロウだけど、キミは?」
「ガムシでやんす。」
ガムシ?ガムシって何?ムシなんだよね?
「なんでガムシっていうの?」
「牙虫って書いてガムシ。人間が勝手につけたんでやんす。なんでも、子どもの頃にあったアゴを牙にみたてたとか、コレを牙にみたてたとか、いろいろ言われてるでやんす。」
そう言って、ガムシはオナカ側にあるトゲを見せてくれた。
うわぁ、刺さったら痛そう。
「ボクにもそのトゲあるの?」
「ゲンゴロウさんには、ないでやんす。」
それだけ言うと、ちょっと息をしてくると言って消えていった。
泳いで行く姿を見ていると、全部の脚をバラバラに動かして、泳いでいるというよりも
わちゃわちゃわちゃわちゃ〜 わちゃわちゃわちゃ〜
と、水の中を早歩きしてるみたいだ。
ふぅん。別に泳ぐの下手じゃないじゃん。というか、泳いでないみたいに見えるし。
ボクの場合はどうなんだろう?
少しだけ泳いでみる。あんまり泳いでここから離れちゃうと、ガムシとはぐれちゃうからね。
スイーッ スイスイーッ
さっきは楽しんだだけだったけど、今回は泳ぎ方を客観的に分析してみる。
6本の脚のうち、動かしているのはほぼ後ろの2本だけだ。うーん、他の脚はたまに動かすだけかぁ。やっぱり平泳ぎとは行かないよね。でも脚の動きは参考になりそう。
・・・あれ?なんだか息が苦しくなってきた。
え。どうすればいいんだ?ええ。どこで、どうやって息を吸えばいいんだ!?
うわうわ、ガムシと一緒に息を吸いに行けばよかった。
ぐ、ぐるじい・・・
目を白黒させている(つもり)と、
「ゲンゴロウさーーん。」
とガムシの声が遠くに聞こえた気がした。
ハッ!
気づくとガムシに支えられてお尻を水面に出していた。
ハァ〜、苦しかった。
「息の仕方も忘れちまったでやんすか?」
「いやあ、た、助かったよ。一瞬、気が遠くなっちゃって。頭をぶつけた後遺症かな。」
てへへ、と笑ったが、ガムシは心配そうにしている。
いいですか、と言ってガムシが続けた。
「オイラたちガムシは、ココ、」
と言って触角を指差し?脚指し?た。
「ココが筒みたいになってて、ココを外に突き出して空気を吸い込んで、腹にある毛に溜めるんでやんす。ゲンゴロウさんたちは、ケツッペタから吸うんでやんす。」
「ケツッペタ?」
「ケツ。ケツのことでやんす。」
「お、おお。」
どうやらお尻のことらしい。
「ゲンゴロウさんたちはケツッペタから空気を吸い込んで、羽の下に溜めるんでやんす。しかも、ゲンゴロウさんたちのスゲエところは、水ん中にいる時にケツに泡をつけてるんでやんす。この泡を通して、ある程度は息ができるから、オイラたちよりずーっと長く潜ってられるんでやんす。」
んー?つまり、お尻に気泡をつけといて、そこで二酸化炭素と酸素の出し入れができるってことか。
スゲ〜!ゲンゴロウってスゴイじゃん!!
感心しているボクに
「落ち着いたでやんすか?オイラは腹が減ったので、ちょっくら飯を探してくるでやんす。ゲンゴロウさんもアイツにはくれぐれも気をつけておくんなさい。」
と言った。
すると、水面近くにいてクルクル泳いでる小さなムシが
「アイツそろそろオナカが減るころ。」
と言いながら寄ってきた。
「キミはダレ?何かの幼虫?」
「し!失礼な!ミズスマシだよー!大人だよー!」
と言ってバシャバシャ水面を叩いている。
そこへガムシが割って入って
「すまねえな。ゲンゴロウさんは、いろいろ忘れちゃったでやんす。」
と宥めてくれた。
ミズスマシというムシをよく見ると、複眼が4つに分かれている。
え?水で反射してるの?え?え?
不思議そうに水面の上下を見ているボクに、
「いつでも鳥と魚から逃げられるよーに、目が4コあるの。」
と言った。
「餌を見つけるためには使わないの?」
「エサ?エサが落ちてきたらビビビッて水面が揺れるから、そこに行くだけ。」
なるほど。アメンボ方式だ。
「アイツそろそろオナカ減るころ。」
ミズスマシは繰り返した。
「アイツって?」
ガムシに訊くと
「ナマズでやんす。」
と言った。




