大きくなれよー
うぅ〜〜ん・・・
腕を伸ばすとイテッという声がした。
ああ、アリンコだ。今朝は自分で起きられた。
手はヘッドボードに遮られたから、とりあえず足だけグィーッと伸びをする。
「ちゃんと起きられたではないか。アメンボの世界はどうだったかな?」
枕の脇をちょこちょこ歩き回りながら、アリンコが偉そうなことを言っている。一言文句を言わなければ。
「もぉ〜。なんで池とか水たまりのアメンボじゃなくて、ウチの洗面器のアメンボだったんだよ。水面をスイスイ泳ぐっていうか歩いてみたかったのに、狭くて歩くどころじゃなかったじゃん。」
「さてさて。池や水たまりのアメンボでは、到底会うことなどできなかったであろうよ。」
「え〜?なんでよ?」
「彼奴らは夜になると、灯りへ向かって飛ぶのだよ。」
「そーなの!?へえ、そんなに飛ぶんだ。アメンボってよく見かけるのに、知らないことばっかりなんだな。肉食ってことも知らなかったよ。」
「セミの仲間だから、口がストローのようだっただろう。」
ん?セミ?
「カメムシの仲間じゃないの?」
アリンコはフハハと笑った。
「カメムシの仲間の口はストローのようになっていてな、植物の汁を吸うものと、他の生き物の汁を吸うもの
がいるのだ。例えば、植物の汁を吸うのはセミ、生き物の汁を吸うのはアメンボやタガメだな。だから、広い意味ではセミも仲間なのだ。」
「さすがアリンコは物知りだな〜。じゃあさ、チビンボが卵産む時は水に入るって言ってたけど、どうやって入るの?」
「まったく。すぐに我を頼りおって。自分で調べんか。」
もったいぶりながらも、満更ではない様子だ。
「アメンボの種類によって、尻だけ水につけたり、水に潜って産むのだが、毛や油が水を弾くから、水草や木につかまって苦労しながら潜るのだ。」
なるほどねー。苦労してでも水の中に産むのは、卵の安全を第一に考えた結果なんだろーな。
ベッドから勢いよく立ち上がる。
「チビンボにエサあげてくる!」
「ちゃんと水面を揺らすようにするのだぞ。」
「わかってる!水に沈めちゃいけないんだよね。」
金魚のエサを少し湿らせてから、ポトンと洗面器に落とす。試しにチビンボの後ろにがくるように落としてみたけど、ちゃんと気づいてスイーッと寄ってきた。
昨夜の話しを思い出して、ほっこりした。
「チビンボ。土曜に連れてってやるからな。」
「おはよう。ちゃんと自分でエサあげてるのね。エライエライ。」
そりゃあ、一度話しをしたからね。ママには言ってないけど、コイツ可愛いんだよ。
「おはよう。土曜に逃してくるから、それまでこのまま飼ってもいい?」
「あら、逃しちゃうの?」
「うん、そう。」
だって自然の世界で美味しいハエとか(オエ〜)、ゴキブリとか(オエオエ〜)食べて大きくなって欲しいからね。
「ママー、カフェオレ飲みたい。」
「我もじゃ。」
「まさかカフェオレ飲むとは思わなかったよ。」
肩に乗っているアリンコに言った。
「幽霊なんだから飲めないでしょ!」
とコソコソ言うボクに、
「飲める気がするのだ!それに幽霊ではなく精神体だと常々言っておろう。」
と言い返してくる。絶対飲めると言い張るもんだから、ママがむこうを向いた隙に、指に1滴つけてあげてみた。驚いたことにコクリと飲んで
「うまいが、もっと甘くて良いぞ。」
と言いやがった。
土曜は薄曇りだった。
あ〜あ〜。チビンボを放しに行くのに、曇ってるとすぐ見失っちゃう気がする。
まだ飛べないから敵が来ても逃げられないな、どこか隠れるところ見つけられるかな、餌はちゃんと取れるかな、なんてことをグルグルと考えてる。でも冷静に考えたら、水曜まではプールにいたんだもんな。プールの方が、よっぽど隠れるとこなかったはずだよね。
「もうお別れだよ〜。天敵になんか捕まるなよ〜。」
そう言いながら、洗面器からペットボトルにチビンボを移した。きっと怖がってるだろうな。ごめんね。
ハルキと一緒に自転車でガス川に向かう。
川には1人で行っちゃいけないことになっている。ハルキにアメンボ放しにガス川行きたいって声をかけたら、二つ返事でOKだった。
「アメンボ放しちゃうんだな。」
「うん。まだ羽化してないから、自然の餌の方がちゃんと育つかな、って思ってさ。」
「そっか。オレも水槽で飼ってたから、スイスイ進めないのが可哀想になっちゃって、結局は放しちゃったもんな。」
ガス川につくと、コポコポコポ・・と水ごとチビンボを流した。元気でな。
「メダカとかって、川に放流しちゃダメじゃん。」
「そうそう。品種改良したのは論外だけど、例え日本の原種だとしても、原種にも種類があるし、種類が同じでも、地域によって遺伝子が違うからダメなんだよ。生態系が変わったり、交雑して地域の固有種が絶滅したりするからな。」
「アメンボはいいのかな。」
「外来種じゃないし、ヘーキじゃね?どーせ飛んでっちゃうし。」
「だよねー。」
そんなことを言いながら、チビンボを見失うまで2人で眺めていた。




