いぃやぁぁぁーっ!
ハンミョウは、すごいスピードでかっ飛んで行った。
えー・・スピードのコツは、脚を速く動かすだけなの?
だって、あんなに速いんだよ?爆速のコツが「脚を速く動かす」だけ?なんか腑に落ちないなぁ。
走るのが遅いボクとしては、ハンミョウには絶対特別な力があるって思ってたんだ。例えば、脚がめちゃくちゃ細くて長いから、この脚のこの部分をバネのように使うんだとか、昆虫には羽があるから、羽を少しだけ動かすんだとか。そもそも昆虫だから人間とは違うけどね。
でももし・・もし、真似できそうなコツ(コーナーはこう攻めるとか。ムシの世界にコーナーがあるかは、わかんないけどね)だったら参考にしようと思って訊いてみたんだ。
そしたら、まさかの!脚を速く動かすだけ?
漫画みたいに脚をぐるぐるぐるぐるーっとすれば速くなるってこと?
うむむ。本当に「脚を速く動かす」だけで速く走れるんだったら、同じようにすればボクも50m走のタイムを縮めることができるのかなぁ。
うん?待てよ。ボクも今、ハンミョウだった!
そうだよ。自分で試してみればいいんだ!
さっきまでは「走るコト」についていくのに必死で、自分の身体がどんな動きをしてるのか全く意識してなかったけど、ここで感覚を捉えておけば、短距離走で使えるかもしれないじゃん!
よし。試してみるぞ!
ちょっと走ってみることにした。
チョロローッ
うぉぉぉー!?
コ、コワッ!周りも見えなくなるし、スピード出しすぎちゃった。
もういっぺん、レッツ・チャレンジ!
チョロローッ
うぉぉぉー!?
ダ、ダメだ。ちょっとだけ走るってことができない。
本当に脚を速く動かしているだけなのか検証したかったのに・・。
「ナニしてる!早く来いだゾ。」
と立ち止まったハンミョウ声をかけられた。
声をかけたくせに、ボクの返事も待たず
「腹減ったゾ!先に食すゾ!」
とナニかに突進していった。
ふん?何を目指して突っ込んで行ってるんだ?
ハンミョウの走る先を眺めてみる。
ああアリか。・・蟻?アリ?あり!?
ええぇぇー!?ハンミョウってアリ食べるの!?
呆然と見ていると、突進していったハンミョウがアリを通過してしまった。
・・あり?捕まえるんじゃなかったの?
頭の中は疑問符だらけだ。
アリは逃げる。そりゃそうだよね。だけど当然ながらハンミョウより遅い。
立ち止まったハンミョウは、キョロキョロと辺りを見回すと狙ったアリを再発見して再突進。
うわぁぁーーっっ!危ない!!
「ね、ねえ!ねえ!!」
思わず呼び止めてしまった。
「何ゾ?」
ハンミョウは立ち止まると、グリンッとこっちを向いた。あわわ、ヤバい。なんか言わなきゃ。
「あ、あのさぁ。さ、さっきから、獲物を通り越しちゃってるよ。」
「そんなコト当たり前だゾ。オマエだってそうだゾ。」
そう言うと、ハンミョウはチョロロローッとこっちに引き返し・・引き返・・
「のわぁぁ!?」
突っ込んできた。
まったく危ない。吹っ飛ばされるところだった。
「危ないじゃん!ちゃんと前見てよ!」
ハンミョウは怖い顔を傾げた。全然可愛くない。
「見られるわけがないゾ。オマエだってそうだゾ。」
ん?そう言われて見ると、確かにスピードが増すごとに視界がきかなくなったな。
そうか!スピードのために、走る以外全ての機能を閉じてるんだ。「脚を動かしているだけ」なんじゃなくて、スピードを出すために「脚しか動かせない」んだ。そうに違いない。たぶんね。
ハンミョウは、
「腹減ったゾ。」
と言ってくるりと踵を返すと、またアリに向かって行った。
通過、停止、キョロキョロ、突進、通過、停止、
繰り返してるうちに、アリとの距離は、どんどん縮まっていき、あとわずかになった。
・・もうすぐ捕まっちゃうよ。
アリを捕まえないでほしい。かといって、エサを食べなければハンミョウが死んでしまう。どちらのことも考えてしまい、心が痛む。すっかりムシに感情移入するようになってしまった。
ねぇ、アリンコ。ボクがココにいるってことは、アリンコも見てるんだろ?
アリンコにとっては同じアリ科の仲間が襲われているんだ。見るのも辛いだろうな。
・・問題ない・・
「キミはヘーキなの?」
・・一つの種が増え過ぎれば生態系が崩れてしまう。生態系が崩れれば、全ての生物に影響を及ぼしてしまう。やむを得ないのだ。・・
「そっか。」
・・気に病むな。我らは弱きモノ。だからこそ、多くが地下に巣を作り、女王の下に数を増やし、結束して生きているのだ・・
生きるコトってこんなにも大変なコトなんだな。だから、鬼のようなハンミョウも、集団で越冬するんだろう。
そんなコトを考えながら感傷に浸っていると
「オマエまだ食さないのか?」
とハンミョウに呼びかけられた。
メランコリックな(つもりの)表情で声の方を見ると
「うっぎゃあぁぁぁー!口、口、クチィィー!」
可哀想なアリが口からはみ出している!
バキバキッ ベキッ グチャッ
ギョエー!?さらに、さらに食いちぎってる!
顔が、顔が鬼過ぎる!うわっ!こっちにくる!?
「少しなら分けてもいいゾ。ホラッ。」
ベチャッ
ダメダメダメダメ!絶っっ対ムリィィ!!
「いぃやぁぁぁーっ!!」
・・・・・・・
・・・・・・・
バッチーンッ!
はっ!?
意識が遠のいたところで、ぶっ叩かれて目が覚めた。目の前にママの顔がある。お約束だね。
これまたお約束のカフェオレ入れてもらって、ママに夢の内容を訊かれたボクは、
「ハンミョウがエサのアリを分けてくれようとして拒否ってた」と言ってドン引かれた。
今日のボクには秘策がある。
前回50m走った時のタイムは11.4秒だったけど、今日は11秒を切れる自信しかない。なんなら一気に8秒台くらいまでいっちゃうかも!
「りーくー!いつもは短距離めちゃ嫌がるくせに、今日はご機嫌だな。」
6.8秒だった恵太が寄ってきた。
「コツを掴んだんだ!」
ボクはニンマリしながらそう答えた。
「え!フォーム研究したの?」
「そうそう。めちゃ速くなるはずなんだ。」
「スゲーじゃん!なになに、動画でも見たの?」
「ううん。夢!」
恵太が「は?」と言ってキョトンとした顔をする。
へへん!聞いて驚け!見て騒げ!今日のボクは、ひと味違うぞ。
「ハンミョウは、1秒間に10回以上地面を蹴ってるから速いんだ!ボクも同じように走るから大丈夫!」
ウキウキしながら測定しに行くボクには、アリンコの盛大なため息と、恵太の「そもそも足の数からして違うじゃん。」という呟きは聞こえなかった。




