第9話 スラムの英雄
「この子ならきっと役に立つと思います」
『それって私のことでしょ!』
一行が走っている中、アルの中からふわりと何かが浮かび上がる。
水色で彩られた半透明の人魚少女だ。
そして、少女はピースで自己紹介をした。
『私はウンディーネよ!』
「「「……っ!!」」」
目に見えるサイズを持つ、水色の精霊。
四大精霊が一体──“水の大精霊”ウンディーネである。
すると、アルの上に浮かぶのは、二体の四大精霊だ。
『今回はディーネの力がいるかもね~』
『なによ、その言い方ー! アンタなんかより優れてるんだから!』
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
その光景には、ティアとエイルは苦笑いをする。
「四大精霊を二体とは、やはり規格外だな……」
「え、ええ……」
一体でも従えれば、大国を一つ落とせると言われる大精霊。
即ち、一体顕現させるだけでも相当な労力である。
気力はごっそりと持っていかれ、途端に疲れが出るはず。
だが、アルは余裕の表情で二体を顕現させていた。
これも魔境山脈で培った、人間離れした器量の証拠だ。
「シルフは案内、ディーネは清浄の準備を!」
『わかったよ!』
『任せなさい!』
そうして、一行が向かった先に魔物が見えてくる。
「グオオオオオオオ!」
「デカい!」
出現したのは、体長が五メートル以上もある巨大熊だ。
スラムの脆い柵よりも優に大きい。
一般人が相手をするには荷が重すぎるだろう。
ならばと、アルが一歩前に出た。
「ここは僕がやります! ティアとエイルは、付近の人々の指示を!」
「わ、わかりました!」
「ああ!」
だが、ティアは最後に声をかける。
「どうかご無事で……!」
「はい!」
すると、アルは巨大熊と対峙する。
向こうもアルを敵だと認識したようだ。
「グオオオオオオオ!」
「こい……!」
アルはシルフと共に戦闘態勢を取った。
その間に、ディーネは川の上流へと移動する。
同時進行で問題を解決するつもりだ。
「いくよ、シルフ!」
『おっけー!』
視線を交わすことなく、アルとシルフは呼吸を合わせる。
アルの背後からシルフが手を貸す形である。
魔法は人間のコントロールがなければ、行使できないからだ。
「うおおおお! ──【暴風】!」
『グオアッ!?』
アルが風魔法を発動させると、熊の巨体は簡単に持ち上がる。
通常の風魔法では決してできない、圧倒的な威力だ。
すると、アルはそのまま巨大熊を吹き飛ばす。
「飛んでけー!」
「グオアアアアアアアッ!」
だが、これで終わりではない。
「シルフ、僕たちも!」
『りょーかい!』
合図を出すと、アルは足元に魔法を発動させる。
自らも風に乗って飛んで行くつもりだ。
すると、風魔法によりアルは宙を舞う。
「うおおおっ!」
『やっふー!』
向かうのは、巨大熊と同じ“川の上流”。
「すたっ!」
『ほいっ!』
風魔法で運ばれ、巨大熊はバシャンと川に飛び込んだ。
これもアルの計算通りである。
するとそのまま、ディーネに振り返った。
「ディーネ、準備はできてる?」
『もっちろんよ!』
ふふんっと得意げに指を回すディーネ。
溜めた力をアルへと預け、魔法として力を放出した。
『そーれっ!』
「うおおお!」
その瞬間、アルから煌びやかな水流が飛び出す。
「【激流】……!」
「グオアアアアアアア!」
すると、巨大熊もろとも、上流から激しい水が流れていく。
川底にある汚染の原因は取れ、【激流】が通った場所は綺麗になっていくのだ。
さらに、シルフが加えて手を貸した。
『ちょっと激しすぎるかもね』
「そうだね」
水魔法の威力が強すぎるあまり、川が氾濫を起こす可能性がある。
ならばと、風を添えて水の方向をコントロールするようだ。
「【風の導き】」
アルの風により、【激流】の流れが定まる。
これなら下流まで威力が死ぬことなく、うまく流れていくだろう。
一体で千人力と言われる四大精霊が二体いれば、環境すらも変えてしまうのだ。
尤も、この二体の力を同時に扱える人間など、アル以外には存在しないだろうが。
そうして、危機が去ったところに、スラムの者達が見に来る。
「「「わああああああっ!」」」
その瞬間、彼らは大いに沸いた。
水は陽の光に照らされ、キラキラと輝く。
魔物を倒しただけでなく、一番の問題である水質まで解決してしまったのだ。
スラムの者達は一斉に水を飲み始める。
「この水おいしい!」
「なんて綺麗な水なんじゃ!」
「アル様、ありがとうございます!」
皆、飲んだことがない清水に感動しているようだ。
その光景は、今までの水質の悲惨さを象徴すると共に、アルの功績がいかに大きいかを示している様だった。
すると、隣に立ったティアも頭を下げる。
「アル様、本当にありがとうございました」
「ははは、たまたま山での経験が生きたよ」
アルはこうやって生き延びてきたのだろう。
シルフやディーネと友達になって。
脅威から身を守りながら、山奥を開拓して。
山奥で育った転生野性児は、伊達ではない。
「今の僕があるのも、君たちのおかげだよ」
『えへへ!』
『ふふん、感謝するのね!』
シルフとディーネをなでなでするアル。
だが、ティアはそれを不思議な目で見ていた。
(四大精霊は仲が悪いと伝えらえております……)
四大精霊の内、二体が邂逅すれば戦争が起きる。
そんな言い伝えが残っている。
ティアとエイルが過剰に驚いたのも、この伝承を知るからだ。
だが、アルを介した二体は仲良しに見える。
こうなるまでには苦労があっただろう。
それでも、アルの力量か、人の良さか、とにかく二体を従えるというのは規格外である。
(やはりアル様を選んだ良かった)
今回の件で、ティアは改めてアルの凄さを知った。
その間に、アルは盛大に称えられている。
「「「“スラムの英雄”だー!」」」
「あ、あはは……」
この日より、アルは“スラムの英雄”と呼ばれるようになるのであった。
★
一方その頃、とある屋敷。
「例の件は進んでいるか」
帰宅したレグナスは部下と話していた。
「はっ。準備は整っております」
「すぐに実行に移せ」
ニヤリとした顔は、何かを企んでいるようだ。
「ねずみが入り込んでいるようだからな」
ふと頭に浮かんだのは、スラムの英雄となった男だろう。
皇位継承権“第一位”レグナスが、動き始める──。