第7話 都の現状
<アル視点>
「到着いたしました」
大きな門の前で、ティアが振り返る。
「この先がスラムと呼ばれる場所です」
「スラム……」
僕たちがやって来たのは、皇都の外れにある貧民街。
皇都とは大きな門で区切られていて、簡単に出入りできないようだ。
隣では、エイルが衛兵に通行許可証を出していた。
「行きましょう」
「は、はい!」
衛兵がゆっくりと門を開くと、僕はティアに続いて足を踏み入れる。
そして、門の先の光景で足を止めてしまった。
「これは……」
一言で言えば、“別世界”だ。
薄汚れた家々。
整備されていない道。
倒れかけている人々。
皇都の景色とはまるで違う惨状があった。
ティアも手を震わせている。
「またこんなに……」
「ティア……あ!」
すると、ティアは唐突に走り出す。
それに遅れて近くの子どもが転んだ。
「いててて……」
「大丈夫ですか。今治療しますからね」
「ティ、ティア様! そんな、お洋服が!」
ティアは迷いすらせず、スカートの裾を破って応急手当をする。
血を止めてから、傷薬を塗っていた。
「もう大丈夫ですからね」
「あ、ありがとうございます!」
ティアの治療で大事には至らなかったみたいだ。
僕たちも再度追いつくが、気になることはある。
「どうして、あの子が転ぶ前に?」
「あの子は足が悪いんです」
「え?」
少し戸惑っていると、後方のエイルが言葉を加えた。
「姫様は毎日ここに足を運ばれている。ここに住む者は全員覚えておられるのだ」
「……!」
「それも、食料や物資を持ってな」
ハッとした僕は、持っていた大きな鞄を確認する。
エイルの言う通り、そこには食料などが入っていた。
それを知ってか、スラムの人々が段々と集まり始めている。
「アル様、お運びいただきありがとうございます」
「ううん。あっちまでも運ぶよ」
「いえ、それには及びません」
「……あ」
ティアが後方に視線を移すと、スラムの人達は僕をじっと見ていた。
知らない人だから怯えているのかもしれない。
ここはティアに従うべきみたいだ。
「わかった。重たいよ」
「大丈夫です、これぐらい……!」
ティアはよろよろとしながらも、大きな鞄を人々に前に持って行く。
すると、そのまま食料を手渡し始めた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます……!」
子ども達は笑顔になり、嬉しそうに食料を持ち帰る。
ティアはスラムの子にも愛されているみたいだ。
その光景を、僕はエイルと並んで見守る。
「ティアは人気みたいですね」
「ああ。だが本来、皇族がスラムに入ることは禁止されている」
「え?」
「皇族、上位貴族は高潔さを保持する法律があるんだ」
「だから許可証を……」
エイルはこくりとうなずく。
「そうだ。しかしそれでも、毎日の直談判の後に、ようやく一日一時間だけ入ることを許されただけなのだがな」
「そんな……」
それほど、皇族にとってはスラムはタブーみたいだ。
もしかしたら、ティアも最初の時は警戒されたのかもしれない。
だけど、今の子ども達にそんな様子はない。
「この街の者も徐々に心を開き始めたんだ。あの笑顔は姫様の努力の賜物だ」
「そうですね」
エイルは優しい目でティアを眺める。
立派な姿が誇らしいのだろう。
かくいう僕も、自然と嬉しくなっていた。
そうして、食料配給を終えたティアが帰ってくる。
「お待たせいたしました」
「お疲れ様、ティア」
すると、ティアは僕をうかがう様にたずねてきた。
「アル様はこの現状をどう思われますか」
「……ちょっと想像以上だったよ」
対して、ティアは強い眼差しで口を開く。
「言葉は選びません。この国は腐っています」
「……」
「こんな場所を放置して、国民に高い税を払わせて、貴族たちは富を貪っています」
小さな手をぎゅっと握りながら、ティアは訴えかける。
「わたしは、この街も平等になれるような国を目指したいのです」
「……!」
小さな背中だ。
でも、ティアはその背中に大きな想いを背負っている。
僕は素直に感心させられる。
同年代でこんなに立派な人がいるなんて。
その気持ちに従うよう、僕は自然と膝をついた。
「ティア、僕もできることがあれば何でも手伝うよ」
「アル様! ありがとうございます……!」
とにかく力になりたい。
ティアを見ているとそう思えた。
「では次の場所に──」
だけど、ティアが振り返った瞬間、入口方面から声が聞こえてきた。
「どうかおやめください!」
「「「……!」」」
僕たちは顔を見合わせる。
意思は同じみたいだ。
互いにうなずき合うと、すぐに声の方へ向かった──。
★
<三人称視点>
「どうかおやめください!」
スラムの門近くで、一人の女性が声を上げていた。
「お願いします! ここは私たちの家なんです!」
女性は土下座の態勢で、必死に懇願する。
その前に立つのは、豪華な服装の男だ。
「黙れ。“皇族”の俺に口答えする気か?」
「そんなことはありません! ですが、どうかお考え直していただきたく!」
「それを口答えって言うんだよ!」
「きゃっ!」
男は土下座の女性を蹴り飛ばす。
すると、ここに来た目的を口にした。
「貴様たちのせいで、門近くの貴族が臭いと言っている。だったら──」
「……!」
ニヤリとした男は、手に大きな炎を灯す。
「燃やすしかねえだろ」
「そ、そんな……!」
拙いとはいえ、ここは女性たちの家だ。
ここが無くなれば、途方に暮れるしかない。
それでも、男は容赦なく魔法を放った。
「燃え尽きろ──【豪炎の破壊】」
「ああっ!」
「──【風の運び】」
「……ッ!」
だが、男の火魔法は横から阻害される。
大きな破壊力を持った炎は、上空へと流されていったのだ。
男はギロリと横に視線を移す。
「……なんだ?」
「それ以上はさせません」
風魔法を放ったのは──アルだ。
男の非人道的な行為に怒りを向けている。
すると、エイル達もアルに追いついた。
「あ、あの男は!」
「知ってる人ですか」
「ああ、知ってるも何も……」
そうして、エイルが男について口にする。
「あの男は姫様の最大の敵」
「……!」
「皇位継承権“第一位”──レグナス皇子だ」