第6話 風の大精霊
「いきますよ」
大きな風がアルの右手に集まる。
それはやがて一つの暴風となり、一気に解き放たれた。
アルが掲げた右手によって。
「【暴風龍拳】」
次の瞬間、エイルを襲ったのは龍の形を成した暴風だ。
(こ、これは……!?)
見たこともない魔法だが、一つ確信はある。
受けるまでもなく、やばい。
ならばと、同じ風魔法使いとしてエイルも対抗する。
「くっ──【風の太刀】! なにっ!?」
だが、アルの魔法に比べれば、エイルのそれはあまりにも微風。
迫り来る黄緑色の龍に、エイルの魔法は弾き飛ばされた。
そのまま成す術もなく、暴風龍はエイルを呑み込む。
「ぐわああああああっ!」
螺旋を描く暴風龍は、エイルを簡単に宙へと舞い上がらせる。
これは“風の大精霊”シルフの力も大きいが、それだけではない。
四大精霊の力をコントロールするには、身体・集中力・技量、その全てで高度さを求められるからだ。
それをアルは、“おいしい水”や山奥の生活の恩恵によって、自然に習得していた。
四大精霊の力を遺憾なく発揮したアルの魔法は、強い。
「うおおお!」
エイルはすでに身動きが取れる状態ではない。
アルの魔法に為されるがままだ。
「きゃああああああっ!」
気が動転したのか、いつもの厳しい声色ではない。
素で怖がっている少し可愛げのある高い声だ。
しかし、アルもそこまで鬼ではない。
「これで良かったでしょうか……」
「お、おわっ!?」
アルは暴風龍をコントロールし、そのままエイルを優しく地面に着地させた。
これ以上の力を見せる必要はない。
そう考えたのだろう。
「「「……っ」」」
その光景には、周囲も言葉を失っている。
まさか名も無き少年が圧倒するとは思っていなかったのだ。
すると、エイルの口から出る言葉は決まっている。
「……私の、負けだな」
「ありがとうございます──って、わっ!?」
だが、アルが下げた頭を戻すと、突然声を上げた。
そのまま顔を覆ったアルに、エイルは顔をしかめる。
「一体どうしたと言うのだ──ん?」
その瞬間、エイルは違和感を感じる。
前がすーっと涼しかったのだろう。
恐る恐る下に視線を向けると、途端に取り乱し始める。
「う、うわあっ!?」
エイルはとっさに上半身を覆い、体を縮こまらせる。
強固な装備のはずが、上半身だけ破れていたのだ。
原因は、間違いなくアルの魔法である。
「き、貴様ぁ……」
「ひっ」
エイルはりんごのように顔を赤くしながら、アルを睨みつける。
多少アルを認めていたが、一気に評価を裏返した。
「この外道があああああ!」
「すみませんでしたーー!」
この後、めちゃくちゃ謝った。
エイルとの模擬戦から、しばらく。
「大変申し訳ありませんでした」
アルは90度──否、180度以上に頭を下げている。
対面にいるのは、もちろんエイルだ。
「まったく。とんだ破廉恥な魔法だったな」
「言い訳もございません」
エイルが着替えをする間、アルはティアの屋敷に案内されていた。
ここは屋敷内の“客間”である。
そうして、エイルが声をかける。
「もういい。顔を上げろ」
「うっ……って、あれ?」
引っ叩かれる覚悟のアルだったが、エイルの顔は晴れやかだった。
時間も経ち、本来の落ち着きを取り戻したようだ。
すっかり騎士の顔に戻ったエイルは、アルの肩に手を乗せる。
「先程の力、見事だった」
「え」
「貴様を、いやアル殿を姫様の近衛騎士として認めよう」
「……! ありがとうございます!」
その上、手まで差し伸ばしてきたのだ。
あまりの変わり様に驚くが、アルも勢いよく応えた。
すると、エイルも自らの気持ちを吐露する。
「私は皇都騎士団だ。姫様の近衛騎士にはなれん」
「……あ」
「もし候補が現れれば、しっかりと見極めようと考えていたのだ」
エイルもただ厳しかったわけではない。
かわいいティアのことを心配するあまり、下手に人を近づけないだけだ。
むしろ愛情表現とも言える。
だが、エイルはアルの力を認めた。
ならば、後は協力するのみである。
「私が感心するほどの者は初めてだ。姫様を頼んだぞ」
「はい……!」
エイルは騎士道に準じているのだ。
二人の握手には、隣のティアも微笑んでいる。
「ふふっ、エイルは人一倍世話焼きですからね」
「ひ、姫様ぁ……」
「あははっ」
そうして、ティアは丁寧にお辞儀をした。
「ではアル様、改めて近衛騎士についてお話します」
移動時に近衛騎士については説明しているが、ティアはこの機会にもう一度言葉にした。
「皇族には一人まで、近衛騎士を選ぶことができます。許可証無しに、どこへでもその者に付いていける騎士のことです」
その言葉通り、近衛騎士とは“一番信頼される者”だ。
「今年、わたしは成人である十五歳を迎えました。約一か月後には、成人の式典がございます。そこで正式に近衛騎士の発表がございます」
「はい」
「その時、アル様をお呼びしてもよろしいでしょうか」
少し形式ばった誘い方だ。
近衛騎士はそれほど重要な役割ということである。
それでも、アルは強く返事をした。
「僕でよければ、務めさせていただきます!」
「ありがとうございます……!」
アルの答えに、ティアはぱあっと顔を晴らす。
よほど嬉しかったのだろう。
その様子には、隣のエイルもうなずいていた。
しかし、良い話ばかりではない。
「では、アル様にも知っておいてもらわなければなりません」
「え?」
「この国の“惨状”を」
「……!」
そうしてアルは、このアステリア皇国の闇、そしてティアが戦っているものを詳しく知ることになる──。