第5話 女性騎士との対決
<三人称視点>
「どうしてこうなった……」
広い裏庭の中、棒立ちのアルがつぶやいた。
前方には、アルを睨む女性騎士がいる。
「お前が姫様に近づくに値するか、確かめるためだ」
女性騎士エイル。
彼女は、皇都騎士団で副団長を務めている。
ティアが幼い頃から親交があり、ティアのお姉さん的な存在だ。
また、エイルが模擬戦を行うということで、周囲には人も集まっていた。
「あのエイル様が戦うってよ!」
「相手は誰だ?」
「ティア様が連れて来た近衛騎士候補らしい」
「けど、さすがにエイル様には勝てないだろ」
人気の通り、エイルは活躍が高く評価されている。
皇都では“最速の剣”との肩書きが存在する程だ。
対して、アルは見知らぬ田舎臭い少年。
周りからすれば分かり切った勝負だが、ティアだけは両手を合わせて祈っていた。
(アル様ならばきっと……!)
エイルの凄さは知っている。
それでも、アルはやってくれると信じていたのだ。
そんな中、エイルはアルに剣を差し向ける。
「準備はいいのか」
「は、はい……」
「手ぶらでか?」
アルには持ち武器など存在しない。
野生児スタイルのアルは、まともな武器を使ったことがないのだ。
使ったことがあるのは、バスターソード(と呼んでいただけの木の枝)ぐらいだ。
「ナメているわけではないのだな」
「も、もちろんです!」
「ならばよかろう」
確認を取り、両者の準備は整う。
エイルが審判役に合図をすると、勝負はすぐに始まった。
「はじめ!」
その瞬間、エイルはぐっと腰を落とす。
「容赦はせんぞ!」
「……!」
エイルはそのまま強く地面を蹴る。
低姿勢から放たれるのは、“最速の剣”と呼ばれる直線の突きだ。
これを避けられる者は、皇都でも数えるほどしか存在しない。
しかし──
「うわっ!」
「……ッ!」
アルはひらりとかわしていた。
野生の勘とでも言うべきか、直感的にエイルの剣を見切ったのだ。
だが、エイルもこれだけではない。
「少しはやるということか!」
「うわっ!?」
二手目、三手目。
直線の突きから連続した動作で、アルに追撃をする。
流れるような華麗な動きは、鍛錬の賜物だろう。
それでも、アルは回避し続けている。
「あぶねっ!」
「……っ!」
四手目を躱され、エイルは動揺を浮かばせる。
まさかここまでとは思ってなかったのだろう。
ならばと、出すつもりのなかった奥義を見せる。
「これはどうだ」
「……!?」
一瞬距離を取り、再度エイルが向かってくる。
だが、今度は直線ではない。
横に速い動きを見せた。
「──くらうがいい」
上下左右に動くことで、エイルが何人にも霞んで見えるのだ。
その凄まじい速さにより、一度に複数の剣がアルに迫る。
これには周囲も驚いた表情を見せた。
「「「……ッ!」」」
これはエイルを象徴する奥技だ。
一度放たれれば、対象を倒していると言われる。
初見でよけられた者は──いない。
「【朧連撃】!」
「……!」
──ドゴオオオオオオオ!
エイルの奥義が炸裂し、アルの周りに砂ぼこりが舞う。
いくつかの剣筋が地面を抉ったのだろう。
だが、エイルの表情はこわばっていた。
「……冗談でしょう」
すると、砂ぼこりの中から声が聞こえる。
「おー、怖かったあ」
「「「バカな……!」」」
それには周囲も声を上げる。
もちろんティアもだ。
「アル様……!」
(わたしの目に狂いはなかった……)
アルの強さを改めて実感したのだ。
だが、一番驚いているのはエイル本人である。
(なんだこの普通じゃない動きは……!)
まるで型にはまらない、武術の心得が全くない本能のままの動きだ。
野生で培われたアルの感性は、“最速の剣”をいとも簡単に回避する。
(姫様はハッタリではなかったということか……)
アルの実力は身に染みて理解した。
ならば、ここから先は一騎士としての闘争心だ。
「これが私からの最後の攻撃だ」
「……!」
エイルが剣を掲げると、途端に辺りに風が吹き始める。
否、エイルが吹かせているのだ。
「貴様は魔法を知っているか」
黄緑色に彩られた風は、エイルの剣に集まっていく。
エイルは魔法を発動させようとしているのだ。
「魔法は精霊を使役して扱える」
通常の精霊は、大気中に浮いている。
だが、元素と同じサイズのため、本来は見えない存在なのだ。
そんな精霊たちの力を集めて、人々は魔法を扱っている。
「受け止めてみろ──【風の太刀】!」
エイルは、離れた距離から剣を振るう。
同時に、複数の黄緑色の剣閃がアルに迫る。
エイルの風魔法により、飛ぶ斬撃と化したのだ。
──しかし、斬撃はアルの目の前で突然消失した。
「……!?」
アルは一歩も動いていない。
エリルはただ困惑するばかりだ。
(な、なにが起きて……!?)
すると、今度はアルが口を開く。
「魔法なら知ってますよ」
「……!」
「こういうことを言うんですよね」
「……ッ!?」
アルが腰を落とし、ぐっと右手を引く。
その瞬間、エイルより遥かに大きな風がアルに集まる。
(なんだこの、異様な感じは……!)
魔法の質、威力、全てがエイルとは違う。
それもそのはず、アルは通常の精霊ではない、“とある存在”から力を借りている。
すると、アルの背後に黄緑色の影──シルフが現れた。
『ちょっと大人げないかもね』
「そうなの?」
『うん。まあやってみな』
「わかった!」
黄緑色の影はすぐに引っ込んだが、エイルは驚きを隠せない。
(今のはまさか“風の大精霊”……!?)
精霊の神と呼ばれる四大精霊。
一体でも使役すれば千人力、授かる魔法は規格外と言われる。
シルフは、その伝説の四大精霊が一体──“風の大精霊”だったのだ。
「いきますよ」
アルの光る右手から、規格外の風魔法が放たれる。
「【暴風龍拳】」