第2話 都から来た少女
<三人称視点>
「きゃあっ!」
一人の少女が声を上げた。
すると、少女の周りをすぐに護衛が囲う。
「ティア様、大丈夫ですか!」
「え、ええ……!」
少女の名はティア。
綺麗なピンク色の長い髪。
見目麗しい様相。
装備ごしにも感じられる高貴な雰囲気は、高い位を持つ者の証だ。
「ここはお任せください、ティア様!」
「は、はい……!」
護衛たちも重装備で固めているが、ティアを含めて一行は疲弊していた。
目の前に、大きな狼の魔物がいるからだ。
「ギャオオオオオオォォォ!」
「「「ぐううっ……!」」」
その大きな咆哮に一行は怯える。
歯をかみしめながら、ティアは声を上げた。
「これが、“魔境山脈”の魔物……!」
人間からは、この山は“魔境山脈”と呼ばれている。
名前からすでに物騒である。
それもそのはず、ここは立ち入りが禁止されている魔境。
危険度SSSランクの超危険地帯だ。
「まだ序盤だと言うのに……!」
だが、ここはまだ山の麓。
山は奥に行くほど魔物が強くなると言われている。
ならば、護衛達も自然と考えてしまう。
「じゃあワイバーンはどれだけ強いんだ……」
「バジリスクも恐ろしい……」
「サラマンダーなんか考えたくねえ……」
彼らが口にするのは、伝承にある危険な魔物たち。
“会えば死ぬ”と言われるその強さは、想像すらできない。
それでも、ティア達にはやらなければならないことがある。
「あそこにさえ行けば……!」
真っ直ぐ目を向けるのは、山頂にある一際大きな巨樹。
人里では“世界樹”と呼ばれる樹だ。
「世界樹に眠る“四大精霊”様さえいれば……!」
世界樹には、四大精霊と呼ばれる精霊の神がいるという。
四体の内、一体でも使役すれば千人力。
四大精霊から授かる魔法は、規格外の力を持つと言う。
「腐った我が皇国を変えるために!」
強い想いから、ティアにはその力が必要なのだ。
しかし、やはり“魔物山脈”の魔物は強い。
「ギャオオ!」
「ぐわあっ!」
ティアの目の前で、また護衛がやられてしまう。
まだ息はあるが、立ち上がれる状態ではない。
「くっ……」
護衛たちは膝をつき、現状を打破する手段はない。
かなりの確率でこうなるのは分かっていた。
だが、ティアの願いを叶えるにはこうするしかなかったのだ。
両手を握ったまま、最後にティアはその願いを口にする。
「わたしは誰もが平等になれる国を作りたかった……」
「ギャオオオ!」
「……っ!」
恐怖からティアは目を瞑る。
だが、いつまで経っても痛みはやってこない。
「……え?」
ゆっくりと開いた目の先には──人が立っていた。
「う、うそ……!」
現れたのは、黒髪の少年だ。
年はほとんど変わらないように見える。
だが、少年は軽々しく狼の魔物を止めていた。
自身の何倍もの体長を持つ魔物を、片手一本で。
「僕はアルです。大丈夫でしたか?」
「……! は、はい!」
「ではちょっと待っててください」
助けに入ったのは──アルだった。
すると、ティアに笑顔を向けた後、また魔物に振り返る。
何をするかと思えば、すっと手を差し出した。
「お手」
「ギャオオ!」
言う事を聞かない魔物に、二度目は雰囲気を変えて再度指示する。
「──お手」
「……ッ!」
その瞬間、ティアを含めて周囲は感じさせられた。
アルの中に眠る圧倒的な強者感を。
(この方は一体……!?)
その圧には、魔物も素直に従うしかない。
もう一度逆らえば命はないと感じたのだろう。
「ギャ、ギャウ」
「いい子だ。じゃあ向こうに行ってな」
「ギャウゥ……」
そうして、戦わずに場を収めてしまった。
一部始終を見ていたティアは、ぺたんと尻もちをつく。
(なんて力なんでしょうか……)
驚き、安堵、困惑、色々な感情が混ざったのだ。
そのまま畏怖と敬意を込めた目で、ティアはアルを眺める。
だが、やがてハッとすると、すぐさま立ち上がった。
「お、お助けいただき、ありがとうございました!」
「いえ、たまたま騒ぎを聞いただけですから。それとこの方達は?」
「……私の護衛です」
ティアは悔し気に答えた。
まだ息はあるが、傷があまりに深すぎる。
アルが到着するまで、自分も戦闘に参加できていればと後悔しているのだ。
しかし、アルはにっと笑った。
「お仲間さんでしたか。これぐらいなら大丈夫ですよ」
「え?」
「僕のお水を分けますね」
アルは木の筒を取り出す。
そこにはキラキラと光る水が入っていた。
その水を雑にぶっかけると、護衛の傷は癒えていく。
「なんだなんだ!?」
「腕が再生してる!?」
「川の向こうのばあちゃんが消えた!?」
瀕死状態だった護衛たちは、すぐに息を吹き返したのだ。
本人たちもだが、一部始終を見ていたティアは目を疑う。
「い、一体何をかけられたのですか!?」
「あの大きな樹から取れる水です。僕は“おいしい水”って呼んでるんですが」
「あの樹からって、まさか……」
アルが指したのは、人間で言う“世界樹”。
アルの家でもある世界樹について、人間にはとある伝承が残っている。
どんな傷も癒す『世界樹の聖水』が取れると。
「アル様をそれを普段から飲まれているのですか?」
「あ、はい、おいしいので。あとはお風呂とかにも使います」
「……!?」
また、『世界樹の聖水』には、力を増幅させる効果があるという。
身体・魔法など、人のあらゆる力においてだ。
それを生活用水扱いしているアルの力は、もはや計り知れない。
すると、ティアは確信する。
(この方が、山の“頂点”……!)
世界樹は山の頂上に立っている。
それを牛耳る存在ならば、アルが魔境山脈の頂点に君臨するということだ。
加えて、精霊に敏感なティアは、アルの中にぼんやりと四つの存在を感じていた。
(まさか……)
それらを鑑みて、ティアは意を決してたずねる。
「アル様、折り入ってご相談がございます」
「え、はい」
「わたしの近衛騎士になってくださいませんか」
次回は18過ぎに更新です!