第13話 国を変える存在
「僕もティアの近衛騎士だ」
シャドウが抵抗を続ける意思を示すと、アルも構えを取る。
真剣な目と共に浮かばせたのは、火を纏ったトカゲの精霊だ。
「全力でいこう、サラマンダー」
『ああ、俺様の出番だなあ!』
荒い口調で現れたのは、“火の大精霊”サラマンダー。
シルフ・ディーネに続き、三体目の大精霊である。
その姿には、シャドウも目を見開く。
「だ、大精霊だと!?」
「──いくよ」
「……!?」
すると、瞬時に懐に入ったアルは、炎を纏ったパンチを繰り出す。
「【業火拳】」
「がっ……!」
ティアはギリギリ武器で防御するが、アルはそれごとぶっ飛ばす。
そのままティアは壁に打ち付けられた。
「チッ、武器が……」
炎で焼かれたクナイは灰になったようだ。
だが幸い、直接体への攻撃はもらっていない。
むしろアルは、防御が間に合うよう速さを調整したのかもしれない。
それでも、シャドウはまだ立ち上がる。
「ワタシはやらなきゃいけないんだ!」
「無駄だよ」
「かはっ!」
しかし、アルはまたも武器を介してシャドウをぶっ飛ばす。
シャドウも相当な実力者だが、まるで相手にならない。
それもそのはず、サラマンダーは“火力特化”の精霊。
『手応えねえなあ!』
シルフが万能役、ディーネが生活役とすれば、サラマンダーは“戦闘役”なのだ。
四体の中でも特に好戦的で、力においては一番である。
その力を借りたアルには、敵うはずがない。
「ティアは僕が守る」
「……ハァ、ハァ」
シャドウは地面に手をつき、肩で息をする。
目は死んでいないが、心の中では思ってしまっていた。
(アルには、勝てねえ……)
対峙してみて確信した。
アルは今までのどんな敵よりも強い。
それも圧倒的に。
ならば、自然と思い至ってしまう。
(ワタシが、任務失敗だと……?)
任務を失敗する暗躍者に価値はない。
加えて、今回の依頼主はあのレグナス皇子だ。
失敗の報告をすれば、どんな処罰を受けるかは目に見えていた。
すると、シャドウの口は勝手に動く。
「……くっ、殺せ」
どうせ死ぬのなら早い方が良い。
そう考えたのだろう。
しかし──
「そんなことはしないよ」
「なっ!?」
アルは首を横に振った。
対して、シャドウは声を上げる。
「ワタシは皇族であるお前の主を襲ったのだぞ!? 死罪は免れないだろ!」
「いや、うちの主様はそう思ってないみたいだから」
「は?」
すると、シャドウの前にティアが立つ。
「あなたがこの仕事をしているのは、お金のためですか」
「……! ああ」
「これ以外に生きる手段はなかったのですね」
「……そうだよ!」
シャドウは強めに肯定する。
どうせ死ぬと思っているからか、口調は正さない。
対して、ティアは正面から向き合ったまま続けた。
「わかりました。では──」
「!?」
「申し訳ございませんでした」
すると、ティアは深く頭を下げたのだ。
まさかの行動には、シャドウも動揺する。
「な、何してんだ!? あんたは皇女様だろ!? 何でワタシなんかに!」
「あなたがこの仕事しか選べなかったのは、我々皇族の責任です」
「……!」
ティアは真っ直ぐな目をシャドウに向ける。
とても言葉を偽っているようには見えない。
この言葉には、隣のアルもうなずいていた。
(ティアは変わらないね)
皇都へ初めて来た時を思い出したのだろう。
ティアは腐った皇族を嫌っている。
だが、自らもその一員だということを自覚し、謝ることができる。
こんな皇族は他には存在しない。
「あなたが好きでもないこの仕事をやっているのは、皇族の怠慢の結果です。あなたに責任はありません」
「バカ、な……」
シャドウは耳を疑う。
“甘すぎる”と思ってしまったのだろう。
しかし、ティアからはさらに信じられない提案を受ける。
「わたしは、これ以上あなたのような者を生まないため、国を変えてみせます」
「……!」
「そのために、わたしに力をお貸しくださいませんか」
「……は?」
自分を襲ったシャドウを無罪にするどころか、仲間にしようと言うのだ。
これにはさすがのシャドウも声を上げる。
「本気で言っているのか!?」
「はい。あなたのその力は、人を傷つけるためのものではありません。人を守るために使うべきです」
「……!」
アルに負けはしたが、シャドウの強さは本物。
その確かな実力と、シャドウの根の真っ直ぐさを信頼したのだ。
ティアはすっと手を差し伸ばす。
「協力してくださいますか?」
「……今ここで毒を盛ったらどうするんだよ」
「アル様は、あなたに殺気がないとおっしゃいました。わたしはそれを信じていますから」
「……ははっ。イカれてるよ、あんた達」
ここまでくればシャドウも笑うしかない。
こんなに純粋な皇族がいて良いのかと思ったのだ。
それと同時に、自らも力になりたいとも。
(本当にこんな方がいるなんてな)
レグナス皇子を裏切れば、何が起きるか分からない。
それでも、ティアとアルという、二人の“国を変える存在”の手伝いをしたいと思ってしまった。
ならば、答えは一つだ。
「この命、ティア様に預けました」
「ありがとうございます」
シャドウはティアの手を取り、忠誠を誓った。
すると、ティアはもう一つだけたずねる。
「それでは、あなたの名前は?」
「え? ですからシャドウと──」
「いいえ、本当の名前です」
「……! ワタシの名は……」
長らく口にすることはなかった。
だが、シャドウには確かに母からもらった大切な名があるのだ。
それを思い出すと、シャドウは涙を流しながら答える。
「ワタシはシャロルでございます」
「あら」
対して、ティアはほほえみながら返した。
「コードネームと似ているのね」
「い、いえ! そもそもシャドウは名乗ったわけではありませんから!」
「ふふっ、そうでしたね」
すでに冗談交じりの会話は、彼女が仲間であることを示している様だ。
「それでは、これからよろしくお願いします。シャロル」
「よろしくね、シャロル」
「はい!」
こうして、皇位継承権の放棄問題は解決。
暗躍者のシャロルも仲間に加え、ティアはさらに力を強めた。
そしてついに、これからのティアの立場を決定づける“成人の式典”が訪れるのであった──。




