第11話 厄介な少年
「あれが皇女ティアか」
遠くの木陰から、身を潜めてティアを眺める人物がいる。
暗躍者のシャドウだ。
皇位継承権“第四位”のバラム皇子の権利を放棄させてから、数日。
シャドウは次の標的であるティアに狙いを定め、機を窺っていた。
ならば当然、隣の少年も目に留まる。
(あれが“スラムの英雄”──アルだな)
ティアの護衛をするアルだ。
アルの事は、当然シャドウの耳にも入ってきていた。
それほどアルの功績は大きかったのだ。
(皇女ティアといい、少年アルといい、まだそんな奴がいたか)
現在のシャドウは普通の街に身を置くが、出身はスラムだ。
スラムにも尽力する二人の行動に、思うところがあるのだろう。
(もう少し早く関われていれば……)
もし自分がこの仕事を始める前に出会えていたら。
そんな事を考えなくもない。
だが、シャドウは弱気になっている自分を振り払った。
(ワタシとしては複雑だけど……仕方ないか)
妄想をしても意味がない。
再び決意を固めると、シャドウの目がすっと変わる。
今の目付きは、冷たく任務を遂行する暗躍者の目だ。
(今日で皇女ティアの権利を放棄させる。それがレグナス皇子からの依頼だ)
目的を思い出すと、ティアは再び身を潜める。
暗躍者としては、仕事は正面から戦うことじゃない。
いかに冷静に、いかに絶妙なタイミングを見計らうかだ。
(今日はじっくりチャンスを待つとしよう)
そうして、シャドウはティア達の追跡を開始した。
それからしばらく。
「全っ然離れなくない!?」(小声)
木の幹に隠れるシャドウは、頭を抱えた。
朝からずっとティアを追跡しているが、隣のアルが全く隙を見せないのだ。
追跡を開始してから、かれこれ数時間は経過している。
(なんかワタシと皇女ティアの間に入ってくるし!)
さらに、アルは悉く邪魔なポジションにいる。
そのせいで毒針を投げる等もできない。
疑われれば面倒な事になるので、最初の行動にすら移せないでいた。
それもそのはず、実はアルはすでに気づいていた。
(まだいるなあ……)
一度も振り返っていないが、アルは最初からシャドウの存在を認識している。
彼女が怪しい者であるということも。
これも、一瞬の隙が命取りとなる“魔境山脈”で培った野生の感性だろう。
しかし、アルはティアには話していない。
(僕が意識しておけば良いか)
ティアの活動を邪魔したくないからだ。
今日は色々な街を巡り、国民の意見を聞きに来ている。
まだ予定が残っているため、暗躍者がいると伝えて撤退させるのは得策ではないと考えたようだ。
あとは単純に、シャドウを“それほど脅威に感じていない”。
(きっと本命の暗躍者じゃないんだろうなあ)
シャドウを下っ端だと思い込んでいるようだ。
ならば余計に、それだけでティアを帰還させたくない。
「アル様、どうかされましたか?」
「いや、なんでも。今日はゆっくり街を巡ろう」
「はい! アル様がいれば安心です!」
対して、ティアもアルを全面的に信頼している。
時々確認を取りながら、また次の目的地へ向かった。
場所は移り、人気の少ない広場。
「ぐぬぬぬ……」
シャドウはフラストレーションが溜まっていた。
まさかアルに気づかれているとは考えられず、アルが運だけでティアを守っていると思っていたのだ。
(ああもう、じれったい!)
ならばと次のプランを実行する。
一流たるもの、二手三手を用意してこそだ。
(これで完璧!)
シャドウはフードを取り、平民の流行りスタイルに着替えた。
一般人のフリをして近づき、ティアに仕掛けるようだ。
そこらの人と何ら変わらないシャドウは、堂々と二人に近づく。
「すみません、ティア皇女~!」
「……はい、僕が対応いたします」
しかし、やはり邪魔が入る。
アルがティアの前に立ったのだ。
むっとするシャドウだが、目を細めたアルは内心思っていた。
(いや、こいつじゃん)
足音が同じことから、シャドウだと気づいたのだ。
だが、確たる証拠がない以上はすぐに危害を加えられない。
対して、シャドウは顔をしかめた。
「あの、ワタシはティア皇女に用があるのですが」
「だから僕が対応します」
「ティア皇女と握手をさせていただきたく!」
「じゃあ僕が代わりにします」
「いらねえ!」
アルの冷たい対応に、シャドウは声を上げる。
ここまでうまくいかないのは初めてなのだろう。
イライラしたシャドウは、柄にもなく強硬手段に出始める。
「ちょっと触らせていただくだけでいいので!」
「アウトです! もう捕まえます!」
ここまで来れば、証拠は十分だ。
アルはすぐさま取り押さえようとする。
だが、シャドウは自慢の身のこなしを見せる。
(だったらとことんやってやるよ!)
両肩の関節を外し、アルの腕を抜けようとしたのだ。
「なんだ……!?」
予想外の体の捻りに、アルの反応が遅れる。
しかし、それで逃がすほどアルもヤワではない。
もはや脊髄反射によって、手が勝手に掴める部位を探す。
結果──もにんっ!
「「……ッ!?」」
アルの右手が、シャドウの大きな胸をがっちりと掴んだ。
もちろん意識下ではない。
アルの右手も、瞬間的に膨らんでいるところに反応しただけだ。
「「……」」
そこを掴まれてシャドウが逃げられるはずもなく。
だが、怒らないはずもなく。
「どこ触ってんだ痴れ者!」
「うわあ、ごめんなさい!」
アルは正当防衛だが、なんとなく謝る。
日本人的な感性が残っているようだ。
バッと離れたシャドウは、顔を真っ赤にして武器を取り出す。
「もう怒った!」
「え!?」
「最初からこうしておけばよかったんだ!」
シャドウの心臓はバクバク言っており、すでに冷静ではない。
その動揺がいつもとは違う行動を取らせる。
「お前からぶっ倒してやる!」
「えええーっ!?」
最強の暗躍者シャドウの刃が、突然アルに迫る──。




