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<4・ナイトメア>

 身体の大きな中学生達の群れに紛れて、一緒にバスを降り施設に潜り込むのはそう難しいことではなかった。中に入る前に改めて外を見た僕は、本当に此処が山の中であることを感じてうすら寒い気持ちになる。

 大量の検査用ポッドを保管しなければならない場所、であるならば辺鄙な環境であるのも仕方ないことかもしれない。それでも、警備員らしき人がこれだけ目を光らせていて、しかも夜になれば真っ暗になりそうなこんな場所。万が一の時逃げ出そうとしても、そう簡単に行かなそうだというのが恐ろしい。

 ふと、バスの運転手が施設側の職員らしき人に言っているのが聞こえた。


「もう勘弁してください、見てくださいよこの顔!あのヤンキー連中に殴られたんですよ。私はただの運転手なんですからああいう団体を相手にする役目を押し付けるのはやめてください……!」

「なるほど、お前はこの仕事に不満があると。クビでいいということか?」

「く、クビ!?」

「別に我々はそれで構わないぞ。それならお前もお前の家族も免除されていたものを受けてもらうだけだ。ポッドにはまだ余裕があるしな」

「か、勘弁してください!それだけは……!」


――あれ、こんなところで生徒に聞こえるように話していい話題なの?


 群れの中をゆっくりと進みながら、僕はそっと兄の手を握りなおす。同じ話に、彼も気づいたのだろう。ややこわばった表情で、そっと僕の頭を撫でた。


「確かに、仕事をクビになるのはまずいよな。誰だって家族を養っていかなくちゃならねーわけだから」

「うん」

「でも、あの物言いって、クビになることそのものを恐れてるっつーより……何がなんでもポッドに入りたくないってように聞こえるんだけど、気のせいなのか?」

「……だよね」


 ぼそぼそと小さな声で喋りながら告げる。ポッドに入れば人格を書き換えられてしまう。その可能性がどんどん濃厚になってきたような気がしてならない。そもそも、法律で既に決まってしまったことなのに、あんな風に反政府団体が法律反対と騒ぐなんて――よっぽどのことではないのだろうか。

 そういえば、バスに乗り込んでしまったせいで、僕はあの人達が最終的にどうなったのかを見ていない。途中から急に声も音もおとなしくなった気がしたが――まさか何かされたわけではないのだろうか。

 この後、トイレ休憩が待っている。少しの間、自由時間が与えられるということだろう。その間に、兄と二人どうにか抜け出すことはできないだろうか。


「……トイレ休憩の間に、こっそり施設の中を見て回るか」


 同じことを、裕介も考えていたらしい。


「本気でやばそうなら、俺らだけでも逃げよう……クラスのみんなには申し訳ないけど。携帯は持ってるし、写真を撮ることができれば証拠にもなる。やばいものを見つける前に、職員に見つかるかもしんねーけど」

「見つかったら困るよね?」

「その時は、トイレに行こうとして道に迷いましたって嘘つくわ。誤魔化しきれるかどーか知らねーけどな」


 いきあたりばったり、計画も何もあったものじゃない。それでも僕は、いつも一生懸命で熱血漢、頭も良ければ喧嘩も強いと知っている兄を盲信していた。裕介と一緒なら、多少怖いことが起きてもなんとかなるはずだと信じていたのである。

 休憩室を抜け出すことは、思いのほか難しくなかった。僕達は二人でトイレへ行くと、こっそり窓を開けて施設の外に飛び出したのである。幸い、職員達は一学年分の生徒達に囲まれててんやわんやであったようだし、僕達がトイレに入るのも抜け出すのも見ている者は誰もいなかった。

 まさかこれが本当に、運命の分かれ道だとは露知らず。




 ***





 灰色の建物は、草木に覆われて外から見るとよりいっそうどんよりとしたものに見えた。中には、蔦が茂っている壁もある。日陰が当たらないのであろう場所はじめじめしていて、なんだか土も壁も湿っぽく見えた。ゴキブリとか出ませんように、なんてことをついついお祈りしてしまったほどだ。

 建物の中を覗ける場所がないかどうか。開いている窓がないかどうか。それを探しながら、僕はこっそり兄に自分が見たブログの内容を伝えた。異星人、なんて笑われるかもしれないと思ったが、兄は存外真剣に耳を傾けてくれたのである。


「そういう話は、ちょいちょい俺も見たことがある。ネットニュースになってたこともあったな。多分その記者は真面目に書いたんじゃなくて、彗星が増えたことによる都市伝説を語るようなつもりだったんだろうけど。コメント欄も是否で議論になっててかなり盛り上がってたんだよな」

「そうなの?知らなかった」

「ああ。まあそれだけなら、よくある変な都市伝説の一個だったんだよ。……その記事が、俺が見た三日後に突然削除されるまでは。しかも、記事を投稿したはずの会社も、一切削除した人気記事に触れないんだよ」

「え」


 それは流石に笑えない。そして兄も、今はこわばった表情を崩さなかった。

 ネットニュースなどの記事の仕組みは、以前にも裕介から聞いたことがある。ああいう記事は、とにかくアクセスして読んでもらわなければ収益にならない。よって、タイトルにキャッチーなものをつけたり、衝撃的な写真などを載せてとにかく“クリックしてもらう”ような工夫をするのだという。

 裏を返せば、アクセス数が多い記事は稼ぎ頭ということ。滅多なことでもなければ、自発的に削除しようなんて思わないだろう。どこどこから訴えられたケースもあるのだとしたら、今度は“一体どこから?”という話になってくる。面白おかしく書いたとしても、権利侵害だと感じる場所があるとしたら――法律を制定した側、政府以外には有り得ない。

 だが、日本はどこぞの国のような検閲はないし、特に法律や政治に関する議論は規制されにくい傾向にあるはずである。それでも削除され、何もなかったように振舞われているのだとしたら。そういう記事が、本当に知られたくない確信を突いていた、なんてことになってしまわないだろうか。


「百年くらい前、最初に隕石が落ちたのはアメリカだった。すぐにNASAで解析が進められたはずだ」


 ぺたぺたと建物の外壁を探りながら、兄が言う。


「そこに地球外生命体が乗っていて、アメリカがその存在を認知していても。その生命体がアメリカの国益に繋がるような存在だったりしたら……すぐには世界中に公表したりはしない、かもな」

「国益?」

「貴重な資源を持っているとか、地球にはないオーバーテクノロジーを保有しているとか。そういうものを仮に独占しようと国が思ったら、世界中に発表して奪い合いになるのは避けたいだろ?……まあ、これはあくまで予測の範囲だけどさ。ただ、そのあとから不自然に流れ星が増えたのは事実だ。流れ星に扮した仲間を、その異星人がアメリカ公認で呼び寄せてるんじゃ?みたいな噂はちょくちょく耳にするんだよな」

「へえ……」


 状況が状況でなければ、ロマンがあるとは思う。異星人というものがいるのなら、一度会って見たいという気持ちはある。ただし、それが自分達に害を齎さない存在ならば、という前提での話だ。

 もし、そうやって呼び寄せられた異星人が本当にいて、日本を拠点に政府を乗っ取ってしまっているとしたら。そしてポッド研修なんてものを使って、人々を洗脳しているとしたら。正直、ぞっとするどころの話ではない。


「お、ここの窓緩いぞ。鍵が壊れてんのかな」


 やがて、窓の一つがガタついていることに兄は気づいた。暫くガタガタやっていると、雨戸のようなものが音を立てて外れてしまった。どうやら、この施設そのものがかなり老朽化しているらしい。外れた雨戸を見て暫く青ざめていた兄だが、やがて割り切ったように“仕方ない!”と宣言した。


「俺ちょっと揺らしただけ!俺が壊したんじゃないよな、うん結論出た!」

「兄ちゃんのその鋼メンタルマジで尊敬するう……」

「防犯カメラとかついてて後で追求されたら是非ともかばってくれ弟よ、兄ちゃんは無実だ。……と、窓そのものは鍵壊れてっけど、立て付け悪くてちょっとしか開かないな」


 雨戸をそのへん放置すると、裕介はそっと窓の隙間を覗き込んだ。サビはひどくて、あまり触りたくはない窓枠だ。僕は顔をくっつけないように気をつけながら隙間から中を覗き込んだ。目に入ったのは、ずらずらと広い空間に隙間なく並ぶ銀色のポッドだ。生徒達が一人ずつ、案内されて中に入っていくのが見える。

 瑚乃木中学三年生のポッド研修は、クラス順に実施されているらしい。既に、一組から順番に研修が始まっているようだった。洗脳教育を行うというのなら、どこかに怪しげな操作パネルとか、コンピューターのようなものがあってもおかしくない。どこかに見えないかな、と僕は兄と共に室内をきょろきょろと見回す。


「兄ちゃん、ここからじゃポッドしか見えないよ……操作している人たちとか何処にいるんだろ」

「別室かもな。別の窓から入れないか探すか」

「やっぱり此処開かないの」

「無理だって。ていうか、これ以上ガタガタやってたら絶対室内の職員に気づかれるよ」


 紺色の服を着た職員たちが、生徒たちが全員が全員入ったのを確認してポッドが開かないかチェックしている。まるで、遊園地のアトラクションのようだと僕は思った。ジェットコースターなどでも、安全バーが外れてしまったら大惨事になる。絶対にそれが外れないように、係員の丁寧なチェックが必要だ。職員が窓の近くに来た時はひっそり身をかがめてやり過ごした。

 幸い、彼らはまだ誰も、自分達が覗いていることには気づいていないらしい。天井で大きな換気扇らしきファンがぶおんぶおんと音を立てていくつも回っている。僕達が小声で喋っても、雨戸を壊しても気づかれなかった原因はその音が大きかったからであるらしい。何をそんな換気に気を使う必要があるんだろう?と首を傾げた、次の瞬間だった。




 ドン!




 突然、大きな物音がした。一つのポッドの中からだ。どうやら、中に入った生徒が思い切りドアを叩いたらしい。

 いや、一つではない。



 ドン。


 ドン。



 ドン、ドンドンドンドンドン!ドン!ドンドン、ドン!


 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!


 全てのポッドが、一斉に内側から打ち付けられ始めた。銀色のタマゴ状のポッドは、裏側が銀色で、前面の方は半透明になっている。一体何が、と思った僕は見た。見てしまった。ポッドのうちの一つ――一組の女子らしき生徒が、阿修羅のような凄まじい形相でポッドを内側から殴りつけているのを。

 その手は強く殴りつけすぎて、どんどん真っ赤に染まっていく。彼女は何かを喚いているようだったが、声らしき声はほとんど聞こえなかった。微かに呻くような、枯れるような奇妙な音が漏れ聞こえるだけだ。血走り、不自然なまでに飛び出した少女の目玉から真っ赤な雫が溢れ始め、やがてその鮮血は鼻からも耳からも口からも溢れて制服を汚し始める。

 何が起こっているのか、理解できなかった。

 あれは、バーチャル空間で人を教育する装置ではなかったのか。何故、中の人間はあんな血まみれになっているのか。苦しそうに、まるで開けてくれと言わんばかりに内側からポッドを殴りつけているのか。


「おいお前、睡眠ガスの濃度間違えただろ!」


 職員の一人が、怒りながら早足で駆け抜けていく。


「きちんと眠らせてからにしろって言ってるのに!防音仕様になってるとはいえ、待機してる生徒に聞こえたらどうするんだ、面倒だろうが!」

「す、すみません!俺まだ、入ったばっかりで……」

「ああもう、次から気をつけろ!それと、こっちのガスはもっと一気に流し込め。あんまり長く苦しませちゃ可哀想だろう?」


 僕は――声を出すことも、出来なくなった。カタカタと全身が震え始める。自分がたった今見たものが信じられない。

 何が起きている。

 あれは、あれではまるで、洗脳するどころではなく。


「毒ガス……」


 兄が、愕然としたように呟いた。僕はその言葉に、何一つ返事を返すことができなかったのである。

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