6.真相
「一応CT検査も異常なしだったそうだ。彩希ちゃんの親父さんが石頭で良かったよ」
綺道は病院からの電話を切って、美鈴に知らせた。
ようやく警察も引き上げ、落ち着いたところだが、窓の外では空が白み始めている。
「でも、彩希ちゃんのお父さん、あのときの記憶がない、って彩希ちゃん泣いてた」
「脳震とうで一時的に記憶喪失になるのはよくあるよ。
記憶がなくなる、って言ってもせいぜい一日分だし、そのうち戻って来る。もちろん、しっかり静養して経過観察する必要はあるんだが…」
「冷静なのね?」と美鈴は恨めしそうな顔で言った。「あたしは怖かった。正直、伯父さんも…あんなに暴れて…暴力振るうなんて…
てゆうか…伯父さん、本当に六十歳なの?」
「六十一だ。怖がらせて悪かった」
綺道は素直に謝った。
実際は体のあちこちが痛くなり、老いを実感していた。
「相手は三人で、向こうが先に手を出してきた。しかも、金属バットで彩希ちゃんの親父さんの頭を狙ったんだ。
さっきドライブレコーダーの録画を再生しながら担当刑事にも確認したが、正当防衛さ。
誤想でも過剰防衛でもない」
「さっきのあれも怖かったー。
刑事さんと怒鳴り合いしてたよね?どっちが警察か分かんなかったよ?」
「そんなことはない。あちらは警視庁の組対特で、俺はしがない神奈川県警OBさ。誤解がないように丁寧に説明しただけさ」
綺道は笑った。
「あの刑事さんたちは、準暴力団とか匿名・流動型犯罪グループと呼ばれる“半グレ”担当なんだ。
ヤクザよりたちの悪い犯罪集団を捜査対象にしているからね。
言いたいことは言わせてもらったが、おっかないよ。俺だって」
美鈴は説明を聞きたがった。
綺道は温かいミルクティーを入れると、ハムとキュウリを挟んだサンドイッチを小皿に添えて、テーブルに運んだ。
「なんてことはない。蓋を開けてみたら、くだらない話さ。
あの“暗号”を埋め込んだ“グロ絵”は、半グレが主催してる地下格闘技の伝言板だった。
“死の陰の谷”はリング、
“赤き獣”は赤コーナーの選手、
数字は、選手のコードネームとか、賭博のオッズの類なんだろう。
時間と場所とか事務的な内容かもしれないし、逆に八百長絡みのメッセージという可能性もなくはない」
「なんで彩希ちゃんが狙われたの?」
「あの絵が伝言板であることは、地下格闘技の関係者しか知らない秘密だった。
それを彩希ちゃんはメッセージの中身までバラしちゃった。
彩希ちゃんのスマホを見ただろ?
最近の若い人はメモ代わりにSNSに呟いちゃうみたいだから、気をつけた方がいいね。
あの子の場合、写真も載せすぎで、個人情報がだだ漏れだった」
「でもおかしいよ?」と美鈴は唇をとがらせた。
「“グロ絵”は彩希ちゃんじゃなくても見えたんでしょ?ダークウェブにアクセスさえすれば。
彩希ちゃんだけ狙うのはおかしくない?」
「そこだよ」
綺道は身を乗り出した。
「あの“グロ絵”からメッセージを読み取るには、特殊な画像処理をする必要があった。
肉眼では読めないはずだった。
なのに彩希ちゃんには文字が見えていた」
「普通の人には見えない?」
「そう。
それが見えてた。
多分、鮮明にじゃない。
サブリミナル的な見え方なんだろう。
だが、記憶に残る程度には、文字が読めていた。
不思議じゃないか?」
「まさか?」
「そう。
あの子は、スーパービジョンの持ち主なんだと思う」
「…ん?
なにそれ?」