3.召喚
「最初は、犯罪事件とか戦争の表に出ない写真とか、イスラム過激派のサイトなんかを見てたんです。
でも、さすがに人の不幸を悦ぶのは気が引けるようになって…
いくつか創作作品を載せてる掲示板を漁るようになりました。
ダークウェブは、規制がないから、エログロが凄くて選別が辛いんですが…」
彩希は上気した顔で、ほほ笑みを浮かべた。
調子づかせて喋らせるために、綺道も両手をあごの下で組み、熱心に身を乗り出す。
「そしたら、あの絵に出くわしちゃったんです」彩希は目を見開いた。
その絵は、明らかにドラクロワが描いた「民衆を導く自由の女神」をモチーフにしていた。
元の作品は、一八三〇年のフランス七月革命を描き、武器を掲げた民衆の先頭に立ち、屍を乗り越え前進しようとする半裸の“女神”が凛々しく美しい。
「でも、その絵はですね…
あんまりリアルで、写真とかAIの合成かもしれないんですが…
素敵な筋肉の裸の英雄を、後ろからグッサグサに刺してるんです。民衆が刀で…
お腹のあたりなんか刃が突き出して、色々噴き出して凄いことになってて…」
彩希は、その情景を思い返し、陶然となった。
「その後です。いやーな声が頭の中に聞こえて来たんです。あの絵の中からでした」
「なんて?」
彩希はスマホを取り出した。
「ここにメモってます」
“死の陰の谷を歩む者よ。獣の数字を解くがよい。数字は赤き獣を指している。その数字は六四八である。”
「なるほど、何かの暗号みたいだね?」と綺道は言った。「頭の中で聞こえた、ってどういう感じなの?」と綺道は尋ねた。
「分かりません」
彩希は頭を振った。「最初は何かを読んだのかも…昔読んだ何かを思い出したのかも…と思いましたが、でもそれにしては鮮明で…」
彩希は両手で顔を覆った。
「酒を飲んでた?」と綺道が聞くと、
「ええ、まあ」と彩希は答えた。
まさか、何か薬物をキメていたのではないか?
あるいは統合失調症か?
綺道は不安になり、美鈴と目を合わせた。
「“暗号”がどうとか分かんないけど、彩希ちゃんを誰かが狙ってるの。あたしも見たよ」と美鈴は訴えた。