2.嗜好
「あたしの好奇心というか趣味がいけなかったんです」
彩希は、美鈴の手を握って気を落ち着け、経緯を話し始めた。
彩希は、子どもの頃から視覚的な刺激に貪欲だった。それが高じて絵描きの道を志すようになった。
思春期を超えたあたりで、特殊な嗜好が加わった。
「たくましい男の人が、痛めつけられる姿にインスパイアされるようになりました」
さすがに恥ずかしいのだろう。彩希は透き通るような白い肌に血色をあらわにして言った。
「聖セバスチャンの殉教か」
綺道が呟くと、彩希は頷いた。その瞳に小さな光りが灯った。的確に理解されたことが嬉しかったようだ。
美鈴が“なに?”という顔をしたので、綺道は軽く説明した。
「三島由紀夫の“仮面の告白”は読んだかな?芸術を志す人はみんな読んでる。多分ね…。
その中に出てくる。
キリスト教の聖人なんだが、ローマ帝国だったかに迫害されて、縛られて弓矢を撃ちまくられて串刺しになる。
…でも生きてた」
美鈴が顔をしかめた。
「まあ、でも三島というか主人公は、その聖セバスチャンが縛り付けられた絵を見て、性に目覚めて興奮しちゃうわけだ」
美鈴の手にこわばりを感じたのか、彩希は繋いだ手を離そうとした。
「いいよ、彩希ちゃんなら。変態でも。
“腐女子”なのは前から知ってたし」と美鈴は友人の手を握り直し、「さあ、続けて」と促す。
大学に入ると、医学部の友人に専門書の解剖写真を見せてもらうようになった。だが、満足できない。
「医学書には、苦悶の息づかいというか、痛みがないんです」と彩希はため息を付いた。
「だから、TorブラウザとVPNをダウンロードしました。ダークウェブにアクセスすることにしました」
ダークウェブについては、“犯罪の温床”、“マルウェアの巣窟”、“薬物や銃器の闇マーケット”、色々な言い方があるだろう。
素人が興味本位でアクセスするべきではない。
だが既に手遅れのようだ。
綺道は、続きを聞くことにした。