6 漫言放語
(まんげんほうご=思いついたまま口にするでまかせ)
マーガレットは父親との秘密を守り続け、ジェラルドは少し気を緩めていた。
それからも数度バネッサと会ったが、具体的な解決策を見いだせないまま、時間だけが過ぎていく。
お兄様に会いたいという愛娘の願いに屈したジェラルドは、毎回マーガレットを同行している。
その方がバレたときに浮気ではないと言えるという下衆な思いもあった。
「まあ、今日も二人だけでお出かけなの?」
リリアの言葉に曖昧な微笑みを浮かべながら、ジェラルドは答える。
「うん、父親なんてそのうち見向きもされなくなるからね、今のうちに独占だ」
「ほほほ。そう言うことなら邪魔はしないわ。私も今日は買い物に出るつもりなの」
「えっ! 買い物? 買い物ってどのあたりに行くの?」
「どこって、いつもの商会に行って、手芸店に行って……」
「ああ、それなら中心部だね」
「そうよ? どうしたの?」
「いや、何でもないよ。もし近いならランチでもって思っただけだ。今日僕たちは植物園に行く予定だから、まったく反対方向だし諦めるよ」
「そう言うことなら時間を合わせましょうか?それとも植物園の近くの街へ……」
「いや、無理しなくていいよ。ゆっくり買い物を楽しんでおいで。好きなものを好きなだけ買いなさい」
「まあ! 優しいのね。でも今日は旅行の買い物だけだから。ドレスは準備できているけど、小物が少し足りなかったのよ」
「皇太子の離宮へ行くんだったよね?」
「ええ、ロマレア湖をぐるっと一周するのよ。もう毎年恒例のルートだわ」
「離宮までは二日かかるのだったっけ?」
「そうよ。湖を挟んで王都から反対側まで行くんだもの、二日はかかるわ。お買い物とかしながら行くし、ゆっくり走るしね。離宮には三日滞在して、また二日掛けて帰るっていういつものパターンよ」
「素敵な景色なんだろうね」
「おしゃべりばかりしているから、あまり景色は見ないかも。でも離宮の庭園は本当に素晴らしいわよ」
「良いじゃないか。ゆっくり疲れを癒しておいで。僕は寂しいけれどマーガレットと仲よく待っているよ」
用意ができたと走ってきたマーガレットと一緒に馬車に乗り込み、見送るリリアに手を振った。
「はぁぁ~焦った。咄嗟に植物園なんてデマカセ言っちゃった」
ジェラルドはポケットからハンカチを出して、額の汗を拭きながら呟いた。
「どうしたの? お父様」
「何でもないよ。今日はお兄様と何をして遊ぶんだい?」
「この前の続きよ。ご本を読んでくださるの」
「そうか。ではいつものようにお部屋の中でいい子にしているんだよ?」
「ええ、お父様とおば様のご相談のお邪魔はしないわ。でもね、お願いがあるの」
「何かな? 僕の可愛いお姫様?」
「私チョコレートケーキが食べたいの。お兄様と一緒に」
「なるほど。今日行くお店にあれば頼んであげようね」
「うん、楽しみだわ。生クリームもたっぷり乗せてね」
ジェラルドは頬を紅潮させ微笑むマーガレットの頭を優しく撫でた。
やがて馬車は中心街とは反対側に位置する田舎町に到着した。
馬車を降りるマーガレットに駆け寄るロベルト。
「お兄様!」
「マーガレット! 会いたかったよ。元気だったかい?」
「ええ、お兄様に会うのは二週間ぶりね」
「そうだよ。良く覚えていたね。さすがマーガレットだ」
「お兄様に褒められちゃった!ふふふ」
幸せそうな二人を見たジェラルドは、胸の前でギュッと拳を握った。
(ダメだ! 今日こそ絶対に言うんだ!)
認知しない代わりに、ロベルトとバネッサに屋敷を与えて保護するという結論を出したジェラルドだったが、まだ心の中は揺れていた。
(根本的な解決にはなっていない)
それはジェラルドが一番分かっていた。
(リリアにバレたら、結婚前から愛人を囲って子を産ませたと思われてしまう)
それでも、この危険な策を選んだのは、一重にマーガレットとロベルト兄妹の仲を裂きたくないという思いだ。
そのためなら一生秘密を抱え、妻を騙し続けるという危ない橋を渡る切ない結論を出したジェラルド。
(ああ……リリア。愛してるんだ! 愛しているからこそ僕は君を騙し続けるんだ)