5 暗中模索
(あんちゅうもさく=手掛かりを求めて探し続ける)
「なるほど。それはお困りですね」
弁護士は眉を八の字にしてジェラルドを見た。
「ええ、本当にどうしたらいいのか」
ジェラルドは侯爵としての仕事は妻のリリアと家令に任せ、学園時代の同級生であり親しい友人でもあった皇太子に頼まれ、外務大臣の補佐として王宮に勤務していた。
領地には両親が仲良く暮らしており、何の問題も無く順風満帆な人生だった。
それがたった一度の出来事で、音を立てて崩れそうな危機に瀕している。
「まず、法的な事実だけをお伝えしましょう。非嫡出子は認知しても非嫡出子です。あなたの戸籍に入るわけでは無いので、貴族の身分を取得することはできません。その子供が貴族籍を得るための方法は二つあります」
「方法はあるんですね?」
「ええ、ひとつは母親を貴族にすることです。実家からは除籍されて、今は平民ということですよね?そうなると元に戻すことはできませんから、新たに貴族籍を取得する必要があります。しかしこの場合、あなたが認知をしたとしても非嫡出子という事実は残ります」
「なるほど」
「二つ目は、その母親と婚姻を結ぶという方法です。これなら母親も子供もあなたの籍に入りますから貴族籍を得ますし、非嫡出子ではなく嫡出子として相続権を有します」
「第二夫人という形ではダメですか」
「ダメですね。正妻の子で無い限り、母親の身分に準じてしまいます。そもそも我が国では第二夫人という立場は認められていませんからね? それは愛人というのです。法的には何の権利も有しません」
「それはそうですよね……ははは」
「そのお子さんに貴族籍を持たせるだけなら最初の方法でクリアできるのですが、父親を明らかにするとなると認知は絶対です」
「認知が必要ですか……」
「正直に申し上げて、母親と子に貴族籍を与えたとしても、父親がはっきりできないとなると、就職には不利ですね。そういう母子を見る世間は厳しいです。事実はどうであれ、母親が放蕩して父親もわからない子供を生んだという目で見ますからね」
「そうなりますよね」
「貴族でいるということは、それだけで様々な社会的道義が発生します」
「仰る通りです」
「それでも貴族籍を与えたいのですよね……難しいですね。いや、方法は簡単なんだが、あなたの立場を考えると……」
「そうなんです。私は絶対に妻と娘を失いたくないんです」
「お気持ちは理解します」
皇太子に紹介してもらった弁護士が言うのだから、他の誰に当たるより正確な答えなのだろうとジェラルドは思った。
「ありがとうございました。また相談に乗ってください」
「いつでもどうぞ。健闘を祈ります」
ジェラルドはよろよろと席を立ち、扉に向かった。
その背中に弁護士が言った。
「例えば、奥様に協力していただいて一旦離縁してもらうという方法もありますよ。娘さんは籍に残しておけば問題ありません。そして認知してからその母親と再婚するのです。これなら非嫡出子では無く嫡出子となり、貴族としてあなたの子供という身分も守れます。離縁する際に貴族籍を新たに渡してすぐに離縁します。そして一旦離婚した奥様と再再婚する」
「認知して離縁して、再婚して離縁して、結局復縁して元サヤに戻るということですか……なんとも壮大なスケールだ」
ジェラルドは生きる希望さえ失ったような顔をして、弁護士に別れを告げた。
その日は奇しくもマーガレットの誕生日だった。
約束の髪飾りを買いに行かなくてはと思ったジェラルドは、足を引きずるように繫華街へ向かった。
「あら? パーシモン卿ではございませんこと?」
振り返ると何度かあったことがある夫人がにこやかに立っていた。
「ああ、アネックス侯爵夫人ではないですか。今日はお買い物ですか?」
「はい。今度の旅行の準備ですわ」
「そう言えば毎年恒例の旅行の時期でしたね」
「ええ、今年も奥様を一週間ほどお借りしますわ」
「どうぞどうぞ。リリアもとても楽しみにしているのですよ」
「年に一度のことですもの。皇太子妃殿下もとても楽しみにしておられますの」
「そうでしょうね。今年も皇太子殿下の離宮へ行かれるのですか?」
「その予定ですわ。遠慮なくおしゃべりをするのが目的ですから、本当はどこでも良いのですが、馬車に揺られながらいろいろな街に立ち寄ってはお買い物をするのも楽しみですの」
「なるほど。それは楽しいでしょうね。旅行かぁ、もう随分行ってない気がしますよ」
「そうですの?たまには温泉地など良いのではありませんか? まあパーシモン卿はお忙しいでしょうから難しいのかもしれませんわね。私の嫁ぎ先であるアネックス領は、殿下の離宮とは違って近いですから。王都から半日で行けますし、素敵な温泉もございますのよ?」
「半日で行けるなら一泊旅行で楽しめそうですね」
「ええ、もしいらっしゃることがございましたら、素敵なホテルをご紹介しますわ。ルモントンという素晴らしいホテルがございますの。それほど堅苦しい雰囲気ではありませんので、お子様連れにも人気がありますわ」
「それは良さそうですね。妻と相談してみましょう」
二人は笑顔で別れた。
マーガレットの美しい髪に似合うサファイアの髪飾りを購入して、家路を急ぐ。
すでに誕生日パーティーの準備は整い、ジェラルドの帰宅を待つばかりとなっていた。
「ただいま! 僕の可愛いお姫様はどこかな?」
「お父様! お帰りなさい。ずっと待っていたのよ」
(約束は守れてる?)
(もちろんよ、お父様)
誰にも聞かせられない二人だけの内緒話をしてから、マーガレットの頬にキスをする。
迎えに来た最愛の妻リリアを抱き寄せ、マーガレットを抱き上げた。
ジェラルドとリリアは家同士の繋がりを強化するための、世に言う政略結婚だった。
ジェラルドは顔合わせの時に初めてリリアを見たが、リリアはそうではなかった。
彼女の兄がジェラルドと同級だったため、兄にせがんで貴族学園のパーティーに参加したとき、リリアはジェラルドを見ている。
「なんて素敵な方かしら」
リリアの一目惚れだったが、その時にはすでにジェラルドの横にはバネッサがいた。
バネッサを気遣い、優しく微笑むジェラルドの紳士然とした態度も、リリアの目には好ましく映った。
「私もあの方達のような素敵な恋がしたいわ」
貴族女子学園に通っていたリリアにとって、ジェラルドとバネッサのカップルは王子様とお姫様のように見えたのだった。
卒業と同時に、宰相である父親の元で働き始めた兄から、二人は別れてバネッサはすぐに嫁いだと聞かされた時、なぜかリリアは自分が失恋したような気持ちになった。
それから2年、貴族女子学園を卒業したリリアに降って湧いたジェラルドとの結婚話。
リリアは戸惑いながらも、運命だと感じた。
政略結婚とはいえ、相性は大切だ。
ジェラルドは恥じらうように微笑むリリアに好意を持ち、リリアに婚姻を申し込んだ。
ジェラルドとバネッサのカップルに憧れていたリリアは、甘酸っぱい当時の思いを忘れておらず、ジェラルドのプロポーズに胸がいっぱいになった。
結婚してすぐに子供を授かり、いつも優しい夫と夫にそっくりな娘に囲まれ、リリアは何の不安も無く、次期侯爵夫人としての人生を送っていた。