3 吃驚仰天
(きっきょうぎょうてん=いきなりの出来事に激しく驚く)
あれから何度もジェラルドとバネッサは話し合った。
それはまさに密会というに相応しい気の使いようだった。
ジェラルドはレストランに行き、商談として予約している個室に入る。
バネッサも別に予約している個室に入る。
廊下で偶然知り合いに会ったからと言って、同室で食事をすることになる。
彼はこの手法を『偶然出会っちゃったんだもん作戦』と呼んでいる。
しかもその店は王都から離れた郊外に限っていたし、その都度店も変えていた。
「ここまでする必要があるの?」
バネッサの疑問にジェラルドは真顔で応えた。
「絶対に知られるわけにはいかないんだ」
「いっそ奥様に相談してみたら?あの頃はまだ婚約者でも無かったでしょう?それなら不貞にもならないんじゃない?」
「それはそうだが……。今更子供がいるんだとは……言えないよ」
「そうよね。ショックで出て行くかもね」
ジェラルドが勢いよく立ち上がる。
「その言葉は二度と口にしないでくれ!」
「でもあの子はあなたの子供よ。あの子の将来はあなたの決断にかかっているの」
「分かっているさ」
バネッサに連れられて初めて会った我が子の顔を思い出し、ジェラルドは盛大な溜息を吐いた。
驚くくらい自分に似たその男の子。
「とにかく、ロベルトの将来を閉ざさないで。私の願いはそれだけよ」
「うん、僕だってそんなことはしたくないし、ロベルトには幸せになってほしいと思うさ。でも……」
「実はね、リンガー家の弁護士から連絡があったの」
「え? 今更なんだって言うんだ?」
「ローランドが……ロベルトを欲しがっているみたい」
「どういうことだ?」
「ロベルトが貴族籍を取得するなら、自分の娘と結婚させて爵位を譲ってもいいって言い出したのよ」
「執着してるんだな?」
「ええ、本当に可愛がっていたし、ロベルトはとても優秀だったから」
「ん? いい話じゃないか?」
「まさか! 私と離婚してすぐに再婚した方との子供よ? ロベルトはリンガー伯爵家の嫡男として認識されているわ。義理の妹との結婚なんてスキャンダルでしかない! それにその子はまだ1才なのよ? 結婚できるまで最低でもあと17年よ? きっとロベルトを使い倒して、いざ結婚という前に追い出す気だわ」
「ロベルトは11才だっけ? 利用されて捨てられるにしても、最低17年間は伯爵家の跡取りとして生活できるってことだろ?」
「あなた、その言葉を自分の娘にも言える?」
「マーガレットに? 考えただけで殺意が湧く」
「でしょ?」
「ぐっ……」
「それに、もし次の子が男の子だったら、もっと早い段階でロベルトの立場が無くなるのは火を見るより明らかでしょう? そんなの絶対にダメよ。貴族籍を得ないと将来は無いし、貴族籍を得てもローランドに狙われるなんて。本当にあの日あなたを誘った私を殺してやりたいわ」
「うん……。ごめん。軽率な発言だった。そう言えば今日はロベルトが来るんだったね?」
「ええ、あなたに会いたがるのよ。やっぱり父親がいないと寂しいのでしょうね」
「そうかもしれないね。父親かぁ……」
二人の間にしんみりとした空気が流れたとき、個室のドアがノックされた。
「こんにちは、えっと……パーシモン次期侯爵様」
ロベルトはドアから顔だけ出して頬を染めて恥ずかしそうに挨拶した。
「やあ、ロベルト。そんな堅苦しい呼び方をしなくても良いんだよ。僕たちだけの時はお父様と呼んでも良いい」
先ほどのバネッサとの会話が頭をよぎったジェラルドは、ついそんなことを口にした。
「えっ! 良いの?」
「ああ、僕とお母様と君だけの時はね」
「ありがとうございます! それと……迷子を連れて来たんです。親とはぐれたみたいで。僕の顔を見て『似てる!』って連呼して離れなくなってしまって」
「ん? 迷子? 似てるって誰に……」
ジェラルドがそう言い終わる前にドアが勢いよく開いた。
「お父様!」
「マ……マーガレット? なぜ……」
ロベルトの手をしっかりと握って、満面の笑みを浮かべる愛娘の姿が飛び込んできた。
「なぜお前がここにいるんだ?」
「だってお父様ったら、私が隠れていた馬車で走り出しちゃうんだもの」
「え? 馬車に乗っていたのか?」
「うん。座るところを持ち上げたら中に入れたの。お父様が乗ってきたら驚かそうと思って待ってたら眠っちゃったの」
「何をバカな! 危ないだろう!」
「だってお父様……ずっと遊んで下さらないんだもの。今日だってお休みだって言ってたのにお出かけしちゃうし」
マーガレットがべそをかきながらジェラルドに抱きついた。
「参ったな……」
ジェラルドにしっかりとしがみつき、マーガレットが顔を上げた。
(うっ……可愛い……やはりうちの子は天使だ)
非常事態にも関わらずそんなことを考えたジェラルドに向って、マーガレットは言った。
「お父様、ありがとう! もっと待つのかと思っていたのにお兄様をプレゼントしてくださったのね!」
「いっ……それは……違うんだ。違うんだよ、マーガレット。この子はお前のお兄様じゃない……こともない……が、違うんだ」
「だってお父様とよく似てるわ。それにさっきはお兄様にお父様って呼んでいいって仰ったじゃない。そうでしょう?」
「それは……そうなんだが……」
「私のお兄様よね? 髪も瞳もマーガレットと同じよ? ララのところもそうよ?」
何も言葉が浮かばないジェラルドは、振り返ってバネッサの顔を見た。
バネッサもあまりの出来事に目を丸くしている。
「バネッサ……どうすればいい?」
「そんなこと……私に聞かれても」
「だよな……ははは」
大人たちは顔色を失い、マーガレットはロベルトに抱きついていた。