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26 情意投合

 (じょういとうごう=お互いの気持ちがぴったりと合う)


 珍しく休暇が取れた夫を誘い、サザーランド公爵夫人はバラ園の中のガゼボで紅茶を楽しんでいた。

 息子よりも早く娘のリリアが結婚し、この屋敷を去ったのは10年も前のことだ。

 政略結婚とはいえ、当家にとって何の利益もないその結婚に反対しなかったのは、その求婚者が過去に大きな痂疲も無く、温和な性格で名門侯爵家の嫡男だったから。

 公爵夫人は結婚に対して大きな夢は抱かない性格だった。

 そしてその気性は娘にも受け継がれていた。

 息子と同級であり、付き合いもあったその男は、あの日公爵夫妻を前にして言った。


「必ず温かい家庭を築き、リリアさんを幸せにします」


 その言葉を全て信じていたわけでは無いが、まさかあそこまでバカだとは思わなかった。それがサザーランド公爵夫人の娘婿に対する率直な感想だ。


「ねえ、あなた。あの子から連絡はあるの?」


「ジェラルドか? 定期連絡は来ているよ。なかなか頑張っているようだが難航しているみたいだね」


「そう、生きてはいるのね」


「うん、生きてはいるね」


「帰ってくるの?」


「そりゃ帰ってくるだろうね」


「来るかしら」


「もちろん来るだろうね」


「来なくていいのに」


「来ても良いじゃないか。今は他人なんだ。後のことはリリアに任せよう」


「そうね、でもリリアは結婚に同意するつもりよ? だって子供たちに手紙を送っていたもの。ししゅうしたハンカチも同封していたわ。せっかくあなたが最短で離婚させたのにねぇ」


「ああ、あれはなかなかトリッキーな手段だったが、皇太子妃もアネックス侯爵夫人も協力してくれたからね。ああでもしないとジェラルドは絶対に離婚に応じなかっただろう? 揉めたりしたらリリアの経歴に大きな傷を残してしまう。まあ記憶がないから思いついたのだけれど、ああでもしないとね。先に進まないだろう?」


「そうね。でもあの二人って再婚については肯定的よね」


「同じ年頃の子供を持つ親としてはいろいろ思うところもあるのだろうね。少し動きも怪しいし? ふふふ……まあしかし、結局はリリアが決めることだ。私は振り出しに戻しただけだからね」


「マーガレットはどうしているの?」


「私も会わないようにしているんだ。皇太子妃はもちろんだが、皇后陛下が協力してくれているからね。きっと大丈夫だよ。皇子教育を受けているらしい。皇后陛下がいたくお気に入りだそうだ」


「ロベルトは?」


「あの子のことはダニエルに任せているよ」


「なるほど。それもいい手かもしれないわ。それにしてもリリアはどうなのかしら。記憶が戻っても惨い記憶が蘇るだけでしょう? でもこのままこの家にいることには難色を示しているし」


「そりゃ居づらいと思うのは仕方がないさ。リリアがどうしてもこの家を出るというなら、私としてはどこぞの年寄りのところに後妻に行くよりジェラルドのところに戻った方が良いようにも思うんだ。もちろん記憶が戻らなかったらの前提だけどね」


「ジェラルドがどのくらい反省するかにもよるけれど、私たちとあまり年が変わらないような人のところに行かせるのは……嫌ね」


 公爵夫人が顔を顰めた。


「うん、それは私だって嫌だよ。でもリリアの年齢に見合うような青年で独身となると、縁続きにはなりたくないほどの問題を抱えている人間ばかりだ。年寄りか問題児かジェラルドか。君はどれがいいと思う?」


「なんなのよ、その究極の選択は……そうなるとジェラルドの成長を祈るばかりだわ。そう言えばバネッサはどうしているの? 監視するために息のかかった商会で働かせていたというのに、急に消えたらしいの」


「彼女は北の修道院にいるよ。終末期医療の現場で下働きをしてる。元伯爵夫人がするような仕事ではないが、頑張っているそうだよ」


「贖罪かしら」


「どうかなぁ。贖罪になるかどうかはわからんが、己の心を見詰めるには良い環境だろう。なんせ毎日が看取りの連続だ。さすがに何かは掴むだろうさ。それに、そこを勧めたのはロベルトだからね。そのことには大きな意味があるよ」


「ロベルトは母親を罰したのかしら」


「いやいや、あの子はなかなか強かだよ。おそらく全員が黙るしかない場所へ母親を逃がしたのだろう。僕はね、リリアがどういう決断をしても全面的に支持するつもりだよ。個人的にはロベルトがパーシモン家を継いだほうが良いとさえ思っているんだ」


「そうね、そのことは私も賛成よ。マーガレットは大化けしない限り無理でしょう?」


「ああ、無理だろうね。でも大化けしているかもしれないよ?」


「それはそれで楽しみね。ジェラルドは大化けするかしら」


「どうかなぁ、まあ化けるかどうかは分からないけれど、大化けしてもおかしくないような地獄は見ているだろうね。まああれも時間稼ぎの一環だから。どちらでもいいさ」


 公爵夫人は何かを思い出したのか、フッと笑ってフルーツケーキを切り分けた。

 金色のフォークで一口大にしたケーキを刺し、夫の口元に差し出す。

 数秒戸惑ったあと、観念して口を開く夫。

 そっと視線を逸らし、見なかったことにするメイド達。

 和やかな時間が流れていく。


「このまま時間が止まればいいのにね」


「ああ、そうだね。そうしたらリリアとずっと一緒に暮らせるのにね」


「無理かしら」


「無理だろうね。リリアは今も昔も、ダニエルを慕っているし、ダニエルの妻にも懐いているだろ? 絶対にお荷物にはならないって考えるよ」


「そうね……厄介な性格よね。甘えればいいのに」


「君にそっくりだ」


「ねえ、不老不死の薬ってどこかに売ってないかしら」


「どうするの? まさか自分がリリアを看取ろうってか?」


「無理よねぇ」


「無理だね」


 二人は同時にふっと笑って、新しい紅茶に手を伸ばした。

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