21 噬指棄薪
(ぜいしきしん=母と子の気持ちが通じ合っていること)
「ええ、一生に一度ですわ。ねえ? リリア」
優雅に口元を扇で隠している我が妻を、どろんとした目で見ている夫。
そんな夫婦を口を半開きにして凝視するジェラルド。
頬を染め、小さく頷くリリア。
そしてダニエルは思った。
(なんの田舎芝居だ?)
しかしここは黙って耐えるしかない。
「結婚式はこちらの庭園にある教会で執り行いませんか? 僕は……その……再婚だし。リリアはどう思う?」
「ええ、とても素敵だと思いますわ。でも、もう結婚式のお話だなんて、少し性急過ぎるような気も致しますが」
「あっ! そうですよね。まだお返事をいただいていないですよね。失礼しました」
ジェラルドはリリアの前に跪いた。
「リリア・サザーランド公爵令嬢、私ジェラルド・パーシモンは心からあなたを恋い慕っております。どうか私の求婚に頷いていただけませんか?」
リリアは戸惑いながら父親の顔を見た。
「リリアの思う通りにしなさい」
「お父様……私は生涯結婚などできないと思っておりました。でもこうして求婚してくださる方がいらっしゃったのです。しかもお兄様のお知り合いで、一時は淡い憧れさえ抱いたお方……このご縁を大切にするべきとは存じますが……」
「そうか。前向きには検討する気持ちはあるのかい? 私としてはずっとこのままでも良いと思っていたのだが」
ジェラルドが目を見開いて公爵を見たが、流された。
「もうすぐお兄様にもお子が誕生します。寂しく思っていただけるのはとてもうれしいのですが、もうすぐおじい様になられますもの。どうぞ私への愛を孫に注いで下さいませ。ただお返事にはもう少しお時間をいただければと思います」
リリアの母親が手をパンパンと打ち鳴らした。
「それでは決まりね。パーシモン侯爵様、次はお子様たちとの対面よ。それが上手くいかなかったらこのお話は流しましょう。問題なければ二人の結婚を許します。お子様たちがどういう行動に出るのか、とっても楽しみですわ」
ジェラルドはグッと口を引き結んだ。
そして、一度天井を見上げてから口を開く。
「私は子供たちを信じます。来週の金曜にもう一度お伺いしてよろしいでしょうか? その時には子供たちを連れてきます」
帰るジェラルドを玄関まで見送ったリリアはとても疲れていた。
自室のベッドに体を投げ出しながら考える。
「いいお話なのに決め切れないのはなぜ? 何が引っかかるのかしらね?」
諦めていた結婚という夢が、目覚めと共に降ってきた。
この幸運を逃すべきではないという思いと、急ぎ過ぎるべきではないという思いがせめぎ合っている。
「こういう時こそ友達に相談すべきかしら」
そう考えたリリアは起き上がり、女学生時代から心を許し合ったローラとアイラに手紙を書いた。
「二人の結婚式に出たかったなぁ。きっと盛大だったのでしょうね」
しっかりと封をしてメイドを呼ぶためにベルを鳴らそうと手を伸ばした時、物凄い既視感に襲われた。
「なに? この感覚」
その正体がわからないまま、二日後には返事の手紙を持参したローラとアイラの訪問を受けた。
「いらっしゃい。久しぶりね」
応接室のソファーから立ち上がり、二人を招き入れるリリアに駆け寄った二人は、すでに少し涙ぐんでいた。
「もういい加減に私を見たら泣くっていう変な癖は止めたら?傷は残ったけど幸せよ」
「傷なんて関係ないわ。あなたはとても美しい。あっ、お返事を持ってきたの。返事は書いたけれど、直接話した方が良いと思って」
「私もよ。返事をもって王都に来たの。先にローラに会いに行ったら一緒に来るって言い出したのよ」
「ええ、お返事をいただけるのもうれしいけれど、やっぱり顔が見られた方がもっとうれしいもの。来てくれてありがとうね」
三人はやっとソファーに座った。
メイドがお茶とお菓子を配り退出するのを待って、ローラが口を開く。
「結論から言うと、リリアの性格を考えると前向きに検討すべきだと思うわ。でもすんなり受けるのではなくて条件をつけるのよ」
アイラも頷く。
「ええ、私も同意見だわ。貴族の結婚って結局のところ家と家との繋がりを目指した契約でしょう?リリアの公爵家にとってはどの家と繋がろうが、あまりメリットは無いでしょうけれど、相手側は違うわ。もっといろいろ誠意を示してもらわないと」
「でも私は顔に傷がある女よ? 貰ってくれるだけでもありがたいって思うのだけれど」
「「それは違う!」」
二人の友人は拳を握りしめた。
その時ドアがノックされ、リリアの母親が入ってきた。
「ごめんなさいね。皇太子妃殿下にご挨拶申し上げます。そしてアネックス侯爵夫人もお元気そうで何よりですわ」
二人は立ち上がった。
「おば様、お邪魔しています」
「少しだけ私の話を聞いていただけないかと思って。良いかしら?」
四人はソファーに座りなおした。
リリアの横に座った公爵夫人は、リリアの手を握りながら言った。
「私はこの結婚について、正直に言うと迷いがあります」
ローラとアイラが目を見開く。
「だって、そうでしょう? もしジェラルドが邪な気持ちでリリアをと考えているなら、私は絶対に許せない。上の子は年相応な常識を持っている様子だけれど、下の子は……マーガレットは少し考えが幼すぎるわ。それが正せない状態のまま行かせるのは不安なのよ」
ローラもアイラもゴクッとつばを飲み込んだ。
二人の頭の中に浮かんだのは、実孫に対する厳しい姿勢を示す公爵夫人への賞賛だ。
「おば様、さすがです。本当にそうですわ。そこを正さない限り水泡に帰す可能性が高いと思います」
ローラが何度も頷きながら言った。
アイラも横で頷いている。
「ご賛同いただけてうれしいわ。そこで考えたのだけれど……」
公爵夫人の考えは『マーガレット育成計画』の実施だ。
甘やかされてお花畑の中で9歳まで育ったマーガレットは、この先貴族令嬢として生きていくには弱すぎる。
そこで、リリアという母親を迎える前に、その甘さを克服させ、人の心が分かるように育成する為の教育プログラムを実施するのだ。
「それに合格できなければ、この結婚は私の持てる全てを使ってでも流すわ」
二人は公爵夫人の中に潜む修羅を見た。
「仰る通りだと思います。パーシモン侯爵は何が何でもリリアを最優先にするとは思うのですが、確かにマーガレットちゃんが危なっかしいですもの」
「それで?具体的にはどうなさるのでしょうか」
「リリアのことは当面『おば様』と呼ばせます」
この言葉には、友人二人だけでなくリリアも驚いた。
「お母様?それはどういう……」
リリアが不安げに母親を見た。
「だってそうでしょう?望めば手に入るなんて甘い考えは払拭しないとね。手に入れたいなら死ぬ気で努力するべきよ。ましてや絶対に傷つけてはいけない存在をズタズタに傷つけた……ゴホンッ……としたら、この先大変な事になるわ。絶対に二度は無いのよ!」
二人は公爵夫人が怒りのあまり失言するのではないかとハラハラした。
公爵夫人は二人の不安を嗅ぎ取ったのか、リリアには見えないようにウィンクした。
「リリアは継母としてあの家で暮らさなくてはいけないでしょう?心配なのよ」
「お母様、ありがとう。私の不安を感じ取って下さっていたのね。やっぱり母親って偉大だわ。私もお母様のように子供の心に寄り添える母親になれるよう努力するわ」
公爵夫人はリリアの手を握りなおした。
「母親というのは本能の部分で子供を守るという性を持っているわ。だからこそ先手を打つべきだと思うの。だからリリアは毅然として見守ってほしいわ」
「はい、お母様」
「そこでお二人に協力をお願いしたいの」
「「何でも仰ってください」」
二人はかなり前のめりで返事をした。
「あなた方は、ジェラルドに今のことを伝えてほしいの。そしてジェラルドがどう言ったかも隠さずに教えて? その上でマーガレットを納得させることができたら、少しは見直しても良いかなって思ってるの。私はマーガレットの頭の中のお花畑を根こそぎ枯らすわ。同じ母親として夫より娘の裏切りが……」
最後まで言わせず、ローラが拳を握って立ち上がった。
「おば様! お任せください! マーガレット嬢への教育は王家が責任を持って施します」
「ありがとう」
アイラは眉間に皺を寄せたが、もう何も言わなかった。
公爵夫人は満足そうに頷き、リリアは訳も分からずローラを見上げている。




