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16 奸知術数

 (かんちじゅっすう=悪知恵や策略をめぐらせる)


「なぜ僕が会えないんだ!」

 

 ジェラルドは相変わらず羽交い絞めにされている。

 どろどろになった皇太子のハンカチが床に落ちていたが、誰も触りたがらない。

 メイドが仕方なく、火ばさみで挟んで部屋を出る。

 疲れた皇太子は、ダニエルに代わってくれという視線を投げているが無視されていた。


「静かにせんか! 今から説明してもらう」


 公爵の一言で部屋が静まり返った。

 さすがの皇太子も百戦錬磨の宰相には敵わないらしい。


「ジェラルド、君も座りなさい」


 義父の言葉にジェラルドは項垂れた。


「先生、お願いします」


 一つ小さな咳払いをして医者が口を開いた。


「記憶喪失ですな。リリア夫人は今、17才の女学生です」


 全員が息を吞んだ。

 落下の原因は不明だが、植え込みに落ちた夫人は頭を強打し、顔に深い傷を負った。

 記憶喪失はそれが原因だが、記憶が全て失われたわけではないため、覚えている人と覚えていない人が生じている。


「恐らく、夫人が学園を卒業する辺りで、記憶の境目ができたのでしょう。もちろん理由はわかりませんし、いつ治るとかも一切わからない。記憶喪失とはそういう厄介な症状なのです」


「どうすれば良いのでしょう」


 公爵が聞く。


「記憶が戻るまでは話を合わせるしかないですな。ある日唐突に戻ることもありますから。というのも、過去の事例を紐解くと、記憶が後退している期間のことは覚えていることが多いのです。言動には注意した方が良いでしょうな」


「傷の方は消えるのでしょうか」


「残念ですが、あれほど深いのです。傷痕として残るでしょう。まあ女性はお化粧で隠せるでしょうが、多少の引き攣りはどうしようも無いですな」


 ジェラルドが力なく言った。


「では……リリアは僕を覚えてない? マーガレットのことも?」


「ええ、そういうことです」

 

 全員が悲痛な表情を浮かべた。

 医者は数日分の薬を置いて部屋を出た。

 誰も何も喋らない。

 部屋にはジェラルドの嗚咽と、マーガレットの泣き声だけが響いていた。


「これをチャンスと捉えよう。幸いリリアは一命をとりとめたんだ。それだけでも喜ぼうではないか。そして今から私はジェラルドと同じバカになり下がる。軽蔑していただいて結構だ。宰相をクビになるならそれも良し。私はリリアの幸せのためなら何でもする覚悟だ!」


 全員が公爵の顔を見た。


「リリアは今、女学生に戻っている。要するに結婚前だ。それを利用するしかない!」


 皇太子は不思議な顔をした。


「宰相?」


「良いですか?これには全員の協力はもちろん、使用人や一部の官吏にも協力させなくてはならない。役所の方は私が動くが、王室の方は皇太子殿下に動いていただきたい」


「ええ、必ず実行させるわ」


 皇太子が返事をする前に、皇太子妃が快諾した。


「良いですかな?」


 公爵の作戦はこうだ。

 まず、リリアは侯爵邸に戻り療養するが、一定期間は睡眠薬で眠らせる。

 そしてジェラルドはロベルトを認知して、リリアと一旦離婚する。

 そのあとすぐにバネッサと再婚して、戸籍を確保したらすぐに離婚する。


「ここまでは良いかな? ああ、ジェラルド、君に発言権は無い」


 ジェラルドがぴくっと体を揺らした。


「これで、ロベルトはパーシモン公爵家嫡男の嫡出子となり、貴族籍を取得できる。そしてマーガレットの兄として戸籍に記載される。都合が良いと言っては語弊があるが、リリアのサインが入った離婚承諾書もある」


 ジェラルドが両手で顔を覆った。


「バネッサと離婚した後、ジェラルドはリリアに求婚するんだ。リリアが承諾すれば夫婦として暮らせるが、リリアが拒否した場合は……諦めろ」


「そんな!」


「惚れさせればいいだけだ。リリアには偽の過去を植えつける。これは私たち家族が担う。リリアは事故にあい、長い間眠ったままだったことにする。眠りから覚めたリリアは29才になっているが、意識が無かったために、18才のまま記憶が止まっているのだと言おう。そして記憶をなくすほどの事故で、顔に傷を負ったリリアに、離婚して二人の子供を抱えているジェラルド・パーシモン侯爵が求婚してきたというストーリーだ」


「なんだか安い芝居でも取り上げないほどの話だな」


 皇太子殿下の言葉は全員に無視された。


「幸いにもジェラルドは息子と同窓だ。息子が嫁ぎ遅れた妹を心配して話を持ってきたことにすれば自然だろう?顔に傷があるんだ。後妻というのも納得できるはずだ」


「ええ、それが良いですね」


 ダニエルが口角を上げた。


「そしてジェラルドとバネッサは円満に離婚したので、子供のために交流は続けているということにすれば、君たちが共にいても不思議ではない。ロベルトはパーシモン家の嫡男だが、寂しがる母親のために一緒に暮らしているんだ。そして父親と妹に会うために、頻繁に屋敷に出入りしているということにすればいい」


「上手くいくでしょうか」


 アネックス侯爵夫人が困惑の表情を浮かべた。


「みんなで話を合わせるしかないよ。もし行き違いがあっても、記憶の相違だとか怪我のせいだとかの言い訳も使える」


 全員が、なぜか上手くいくような気分になっていった。

 さすが多少無理な案件でも議員達を納得させてきた宰相の実力というところか。


「皇太子殿下は今日の事故を知っている使用人に、完全緘口令を敷いてください」


「分かった」


「皇太子妃殿下とアネックス侯爵夫人は、リリアが眠り続けている間に結婚したことにします。ですから卒業から今日までの間、リリアが関わっていたことは話題にしないように」


「「わかりましたわ」」


「そしてジェラルド。君が一番大変な役回りだ。マーガレットに状況を説明して納得させなさい。9才の子供に演技ができるかと言う懸念はあるが、しなければリリアとは会えない。必ず納得させてほしい」


「わ……わかりました……」


「そして君の家の使用人にも協力をさせるんだ。リリアの状態を見て、こちらから連絡するから求婚状を送ってきなさい」


「求婚状ですか……」


「もう一度リリアを惚れさせてみせろ! みんな! よろしく頼む! もしもその前にリリアの記憶が戻ったら……全員で渾身の土下座だ!」


 全員が敬礼をしそうな勢いで立ち上がった。


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