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10 叫喚地獄

 (きょうかんじごく=泣き叫ばずにはいられないほどの状況)


「ジェラルド……」


 バネッサが床に膝をつき、妻の名を連呼するジェラルドの肩を揺すった。


「リリア……リリア……」


 ショックから泣き出してしまったマーガレットをロベルトは抱きしめて慰めた。


「ごめんね、マーガレット、僕がいけないんだ。僕のせいだ」


 しゃくりあげながらマーガレットはロベルトを見上げた。


「お兄……様の……せいじゃ……ないわ……私が……行きたいって……言ったから」


「ああ、マーガレットは優しい子だ。マーガレットは僕に楽しい思い出をくれようとしただけだ。絶対にマーガレットのせいじゃない。僕さえ……僕さえ生まれてこなければ……」


 バネッサが二人に駆け寄り抱きしめた。


「違うわ。ロベルトが生まれたとき本当に嬉しかったの。私が悪いのよ。私がジェラルドを頼ろうとしたから……何も言わず街を出ていればこんなことには……」


 三人はお互いを抱きしめて泣いた。

 レストランは異様な空気に包まれ、給仕たちは戸惑ったまま手を拱いている。

 ジェラルドを押さえていた護衛が口を開いた。


「お部屋まで送りましょう。このままでは他の客に迷惑だ」


 動けないでいるジェラルドを無理やり立たせ、引き摺るようにレストランを出た。

 

「おや? 同じお部屋ではないのですか?」


 虚ろな目をして応えないジェラルドに代わってバネッサが口を開く。


「ええ、私たちは夫婦でも愛人関係でもありませんから、当然別ですわ。息子と私は三階、彼と娘さんは四階です」


「そうでしたか。ご兄妹にしか見えなかったもので。大変失礼いたしました」


「事情がございますの。それより少し相談をしなくてはいけない事態です。一旦私たちの部屋に向かいます。できればどなたかご同行いただけませんか?このままでは誤解されたままになってしまいます」


「わかりました。私でよろしければ同席させていただきましょう」


 バネッサとロベルトの部屋からは湖が一望できる。

 街の灯りを反射して煌めく湖面は、美しい思い出として一生残るはずだった。


(こんなことになるとは……どこまでツイてないのかしら)


 バネッサはそう思ったが口には出さなかった。

 同席を申し出てくれた皇太子妃の護衛騎士に向って話し始める。


「あなたに言い訳をしても仕方がないのでしょうけれど、本当に今日のことは誤解です。私の息子が手元を離れる前に思い出作りをしようと……。まあご覧の通りの顛末ですが」


 バネッサは、まるで懺悔をするかのように学生時代からのことを語った。

 ロベルトは泣き止まないマーガレットを抱きしめたまま、じっと聞いている。

 ジェラルドは頭を抱えたまま微動だにしない。


「そうですか。それはなんと言うか……」


「どうしてこんなことになってしまったのでしょうね」


「私にはなんとも……。しかしお二人が過去はどうであれ、現在は不貞関係にないことの証明は私がいたしますよ。階まで変えて違う部屋をお使いになっていることだけでも、そのことがわかりますから」


「そう言っていただけると、少しは気が休まります」


 ジェラルドが突然立ち上がり、護衛騎士の胸倉を掴んだ。


「リリアに、リリアに会わせてくれ! 頼む!」


「私の一存ではなんともできません」


「では殿下に……皇太子妃殿下に話を……頼む……頼むよ……」


「皇太子妃殿下?」


 サッと青ざめたバネッサに、護衛騎士が答えた。


「ええ、先ほどの方はバージル国皇太子妃殿下であらせられます。ご存じないですか?」


「私は学園を卒業してすぐに隣国に嫁ぎましたので。年も違いますし、学校も違うとなかなかお会いするような機会もありませんでしたわ」


「なるほど、それではご存じないのも仕方がないですね。一緒におられたのは皇太子妃とパーシモン夫人と同じ貴族女子学園の同級だった方で、この地を治めておられるアネックス侯爵夫人ですよ。あのお三方は今でも仲の良いご友人です」


 バネッサの頭の中に『絶望』という文字が浮かんだ。


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