婚約破棄された公爵令嬢は有能な秘書を手に入れる
婚約破棄の話を書いてみたかったんです。
「リーチェ・サーゲンティ!お前との婚約をこの場を持って破棄する!」
は?
王立学園の卒業パーティが開かれたホールに響き渡る声の主は、この国の第一王子にして王太子のカミン・オーランティウムだ。
突然何を言い出すのこの人は。目の前でその言葉を聞いた私は思わず呆気に取られたが、周りに気づかれる前になんとか平静を取り戻すことに成功した。
「理由をお聞きしても?」
「公爵令嬢ともあろう者がとぼけるな!お前がここにいるシーナ・カレリアーナ男爵令嬢に毎日のように嫌がらせをし、ついには一昨日、階段から突き落とそうとしたことはお見通しだ!」
「そのようなことは身に覚えがありません。証拠はあるのでしょうか」
私の記憶が確かならばそんな事実はない。だから証拠なんてあるわけがない。捏造でもするなら別だけど、このボンクラ王子にそんな気の利いたことができるかしら?
「証拠ならある!そこにいるリックがお前の犯行の一部始終を目撃している!」
やや離れたところで成り行きを見守っていたのはリック・クレナータ侯爵令息。学生の身でありながら、財務尚書である父の補佐を務めるその優秀さで知られる。私が知る限り人柄も誠実で、人を陥れるような人物ではないはず。
彼は一瞬目を見開いてから私の方を見て頭を振った。もしかしてこれ、口裏合わせすらしていないのではなくて?
「お言葉ですが殿下、クレナータ侯爵令息は今朝方領地から戻られたのでは?」
「ぐぬぬ!そのような言い訳をするか!」
ほらバカ王子め、秒でバレる嘘をついて。大それたことをする割には詰めが甘過ぎる。
最近隠れて何かコソコソ企んでいる気配はあったのよね。あまりの忙しさに見逃してしまったのが悔やまれるわ。
「だいたいお前は可愛げがない!涼しい顔をして次席卒業だと!父に命じられなければお前と婚約などしたくはなかった!」
公爵令嬢、しかも王家に名を連ねることが決まっているのに勉学を疎かにするなんて考えられない。しかも厳しい王妃教育を受けながら次席にまでなったのよ?褒められこそすれ難癖をつけられる謂れなんてないと思うわ。
それに王太子が逆らえないのに臣下が王命に背けるわけないでしょう。私だって国王と王妃に頼み込まれて断れなかったのよ。
「私は真実の愛を見つけたのだ。ここにいるシーナ嬢と婚約する!」
「はあ?」
今度は表情を隠しきれず、さらに間抜けな声まで出てしまった。幸い周りのみんなが同じように声をあげたので私の反応を気にする人はいないようだ。
本当に何を言っているのかしら。つい数ヶ月前に知り合った男爵令嬢と婚約?そんなの高位貴族たちが黙っているわけないじゃない。
「婚約者のある身で他の令嬢と親しくするのは、王族として、紳士としてあるまじきことだとこれまで何度もお諌めしてきました。ですが殿下のお心には届かなかったようですね」
そう、この能無し王子はとにかく人の話を聞かない。おまけに王太子としての政務遂行能力もない。当然ながら人望もない。だから優秀で良識のある側近があてがわれても次々に離れていく。おかげで苦労するのは私なのよ。
「私とシーナの仲に嫉妬しているのだろう?醜い性根を恥じるべきだ!」
寝ぼけたことを。あんたに好意を持ったことなんてこれっぽっちもないって!
不機嫌さを隠しきれなくなりつつある私とは対照的に、面前の令嬢は潤んだ目で王子を見つめながら、笑みを浮かべている。この状況でその表情かあ。なんというか、すごいわ。知ってたけど。
しかし、これだけ衆人環視の下で宣言してしまったら撤回もできないわよね。この国の貴族を束ねる公爵家の顔に泥を塗った無能王子に明るい未来はすでにない。婚約破棄の時点で廃嫡は確定。どこか王都から離れた領地で幽閉されることになるでしょう。
お父様とお母様は喜んでくださるでしょうね。私がこの腐れ王子から解放されて自由の身になれるのだから。でもこれで、貴重な学生生活を犠牲にして果たそうとした務めは、何ら王国に貢献することのないまま終わる。こんな最後ってある?今まで費やした時間と労力を返して欲しいわ!
「そこまで仰るのでしたら、婚約の破棄をお受け致します。後のことは王家と公爵家との話し合いになりましょう」
感情を抑え切れず声が震えた。
もういいわ、この場にいるだけで不愉快極まりない。
「失礼致します」
私は王太子に対するには簡素すぎる言葉を残して踵を返し、靴音を響かせながらホールの出口へ向かう。
「お、おい待て!まだ話は終わっていないぞ!」
振り返った私が声をかける相手は、クズ王子ではない。
「そうだ、私を雇ってくれません?どこかのアホのせいで卒業と同時に無職になっちゃいそうなんです」
「……ええ、喜んで。それと首席卒業おめでとう、シーナ様。いえ、カレリアーナ筆頭王太子秘書官」
そう言って公爵令嬢は零れかけた涙を拭った。
テンプレの婚約破棄を無理やり叙述トリックでまとめてみました。「お前だったんかい!」って思ってもらえたら最高です。最初はもっと長かったんですが、これくらいシンプルな方が設定が活きるかなと思ってこの形になりました。最後まで読んだ後もう一度読み返して仕込んだネタを確認して頂けると嬉しいです。ちなみにシーナのセリフは3つだけ(「はあ?」も含め)です。
カミンの同学年の中でずば抜けて優秀なシーナに目をつけた王と王妃が無理を言って秘書官に任命しました。出来の悪い王太子の尻拭いを繰り返すうち、シーナが自分に好意を持っていると勘違いしたという流れです。
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おまけ
登場人物の名前の由来
リーチェ→チェリー(桜)
サーゲンティ→オオヤマザクラの学名より
シーナ→梨
カレリアーナ→マメナシの学名より
カミン→蜜柑
オーランティウム→ダイダイの学名より
リック→栗
クレナータ→クリの学名より