プロローグ「闇」
もうどれくらい歩いただろうか。
見えない。
光の無い真っ暗な道をただただ歩く。
周囲には誰も居ない。
自分の足音だけが響き、それが背景に吸い込まれるようだ。
いや、そもそも自分が経験してきた世界とは別の世界なのだ。
理由はないが、そのような確信が確かにあった。
歩いて、歩いて、歩いた先に1点の光が差した。
その光の中に見えたのは1つの公衆電話だった。
恐る恐る近づき、手を伸ばしてすぐに大きな音を立ててその電話機がコールした。
大きな音に息を呑んだが、ゆっくりと受話器を上げた。
「パンパカパンパンパーン!!おめでとうございままーす!!!」
うるさいファンファーレの音の後に男の声がした。
「あなたはリカバリーミーティングの権利を得ました!めでたい!めでたい!」
意味がわからず、言葉を発せずにいるのをよそに男は話続ける。
「申し遅れました。私はここの管理をしている者です。あ、規則上名前は名乗れないんですが、それは重要なことではないんですよ。なんせあなたはリカバリーミーティングの権利を得たのですから。」
漆黒の暗闇に似つかわしく無い明るい声。
この天使のような悪魔のような男は一体何者なのだろうか。
「黙っているのを見ると、リカバリーミーティングって何だ??そんな感じですね?分かりました。説明しましょう。とりあえず、あなたはまあ死んだ訳ですよ。そこまでは難しいことじゃないじゃないですか?」
男はあっけらかんとした様子で説明する。
……死んだ?
一瞬心臓が締めつけられるような感覚がした。
何となくは分かっていた。この暗闇の中を淡々と歩く感じ。今まで経験したことの無いようなどこか知らない世界。死んだと聞いて納得はしたが、気持ちのいいものではない。
「輪廻転生ってあるじゃないですか。」
男の話は続く。
「よく天国だ地獄だと言いますけど、そんなもんは無いんですよ。死は無です。そして、死んだら新しい姿に生まれ変わるのです。いつの時代を生きるのか……人間の男、女、番犬や家畜、虫やプランクトンまで何に生まれ変わるかはランダムな訳です。この前、有名な政治家もここに来ましたが、よく喋るオウムに生まれ変わってましたよ、笑えますね。」
男の話し方はやけに饒舌で辺りの静けさも相まって非常にクリアな声に聞こえた。
「当然、人は生まれ変わった時、全ての記憶を無くしてまっさらな状態になります。前世での体験なんて覚えていない訳ですよ。ほら、よく来世でまた会おうとか、来世でも君と結ばれたいとか言いますけど実際出会っても分からない訳ですよ。」
男は笑い混じりで説明する。
「しかーーっし!!リカバリーミーティングは違う訳です!!」
男は再び大きな声を出した。
「今からあなたはまっさらな状態で何かに生まれ変わります。当然、何事もなく生きていく訳です。しかし、人生のある時点で運命の相手と思い出の場所で偶然出会ったとき、30分だけ意識が今あなたに戻る。それがリカバリーミーティングなのです!」
男の声は緩急が激しく、その言葉には見えない興奮が感じられた。
「あなたは今までの人生の中で思い残したことはありませんか?来世で結ばれたい、来世でまた会いたい……来世で伝えたいことがある……そんな思いが果たせるかもしれませんよ!まあ、その人と結ばれてて思い出の場所で出会えたらの話ですけどね。」
……分からない。でも、完全には理解できないけどもしこの男の言うことが本当だとしたら……あの人と……
「それではもう時間が無いので!!気合い入れて頑張ってくださいね!!!ではでは、行ってらっしゃーい!!!」
待って、まだ……完全には理解が……待って……
辺りの音は静かになり、目の前が真っ暗になっていくのを感じた。