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3:殆ど婚姻と変わらない婚約

 婚約者であるビンス・ウィステリア公とのお顔合わせは有りません。

 いえ、それだと正確では有りません。お顔合わせ、ではなくて釣り書きに目を通したわたくしに、お父様が仰います。


「ウィステリア公が仰るには、この婚約が覆る事はなく婚姻を迎える、とのこと。此方の事情……つまりアニーのことをご承知の上で、公爵夫人として勉強をしてもらいたいから、明日にでも王都にある公の屋敷に移り住んで欲しいそうだ」


 わたくしは、流石に唖然と致しました。

 もう、ウィステリア公爵家へ明日には行く、と?

 言葉も出ないわたくしを見兼ねたのか、ベルメから咳払いが聞こえてきて我に返りました。


「う、移り住む、と言われましても……準備が全く出来ておりません、が。それに婚姻前、ですが。何やら不穏な噂を立てられてしまうとお互いに困ったことに……」


 こんな事をお父様に伝えながらも、公爵様に逆らえるわけはなく、決まったこと、と諦めるしかないのでしょう。


「アニーも知っての通り、ウィステリア公はご両親を事故で亡くされ、急遽公爵家の当主に立たれた。となると、妻が居ないと社交に限界が来ることもある。女性同士の社交場では特に」


「……はい」


 女同士の社交場は簡単に言えばお茶会です。とはいえ、趣旨が様々に有りますから一言で済むことでも無いのですが。そして夫人同士の社交というのは、情報交換としても必須。ウィステリア公爵家は代々交易の地で有名です。

 文字通り交易の地で、国内の各貴族家が所有する領地から他領に入る際、ウィステリア公爵家の領地を通過しないと、何処にも行けません。

 こういう土地にこそ王都があるべきではないか、と国政を担う王城で文官達が議題にする事が度々ある。そんな領地です。

 ただ、遷都をするにしても簡単にはいかない程度には我が国も歴史ある国だということ。ウィステリア公爵家が王家に二心が無い忠誠心の強い家であるということ。初代国王陛下の実弟であった初代ウィステリア公への、初代国王陛下の信頼がその地を与えることに繋がったのだから、初代国王陛下を敬う王家が遷都に乗り気ではないこと。

 という事情から議題に上がっても実行には至らぬ、というのは我が国の高位貴族の間では有名な話。

 尚、議題が上がることがそんなに頻繁なのは、このような事情を知らない下位貴族の文官からの議題のようです。その度におそらく説明をされているのでしょうけれど、四十〜五十年くらいに一度はそんな議題が出るらしいので、最近では文官になられた方々には貴族も平民も男女も関係なく、ウィステリア公爵領を王都にする議題を出さないように、等しく(ひとしく)説明をしている……とか、何とか。王城で働く侍女の友人や文官の友人から伺いました。

 そんなウィステリア公爵家の夫人が社交に出ないなど有り得ないわけで。ですから夫人教育が必要なのは分かります。でも、そんなに急ぐ事なのでしょうか。それに、前公爵夫人は他界されておられます。どなたから教育を受ければ良いのでしょうか。


「公爵家に行けば夫人教育を前公爵の妹に当たられる侯爵夫人とウィステリア公爵家の侍女長が教えて下さるとのこと。その点に不安は要らないだろう」


 ウィステリア前公爵の妹という事は……相思相愛で今も仲睦まじいと噂のゾラス侯爵夫人・ロゼーヌ様のこと、です。社交界の薔薇にして中心人物。そんなお方に教育を受ける、と。わたくしの背筋は伸びてしまいました。それに公爵家の侍女長というならば、その出身は男爵家・子爵家若しくは伯爵家の方でしょう。公爵家の上級使用人なら当然貴族出身。

 同じ伯爵家出身の方でしたらもしかすると向こうの方が家格が上であるとも言えます。そんな方に夫人教育を施されるのですか。これは身を引き締めねばならないでしょうね。


「それから先程も伝えたように、この婚約は覆らず婚姻するとのこと。だから婚姻前からウィステリア公爵家でアニーが暮らしても何ら困ることは無い、と手紙を頂いている」


 妙な噂が立てられても婚約が無くなる事はない、と。

 それだけ望まれる理由が分かりません。わたくしの事情までご存知での婚約……。

 ああ、そういえば、ウィステリア公にはどのような事情が有るのかまでは存じ上げませんが、確か幼馴染でいとこ同士のローレル様と婚約間近と思われながらも婚約に至っておられない方がいらっしゃいました。前公爵の妹であられるロゼーヌ様のお子様でご両親のように相思相愛で仲睦まじい相手と結婚したい、と幼少の頃よりローレル様は宣言なされていたとか。

 それ故にビンス・ウィステリア公爵様といとこで幼馴染で相思相愛の恋仲だと思われているので、もう婚約間近だと噂されておられましたのに、未だに婚約が発表されず。何やらお二人には事情がお有りなのだろう、と社交界では噂されておりましたが。

 その事情が片付くまでの婚姻なのかもしれません。

 婚約だけでなく婚姻までしなくてはならない程、お二人の事情は長期に渡るのかもしれませんね。事情が片付いてからわたくしと離縁して改めて結ばれる可能性があるのやもしれません。

 わたくしに公爵夫人教育を施すのも必要最低限の社交はしなくてはならないくらいには、期間が必要なのでしょうし、ウィステリア公爵様が当主の座に就かれた以上、婚約どころか婚姻を周囲から望まれている事でしょう。

 そのような周囲からの圧力にも似た情勢に、止むを得ずいつか離縁しても問題無さそうな令嬢を仮に妻として迎える事を決断した……。そんな所でしょうか。

 いくら仮とはいえ、ウィステリア公爵家ですから家格を鑑みる必要がある。となると、公爵・侯爵・精々伯爵家が妥当な所。主な家の令嬢は既に婚約若しくはご結婚されていて、現在の所相手が居ないのはわたくしくらい、と思われたのかもしれません。

 派閥争いのような揉め事も無く、他家から利用されるような身分の低さでもなく、ある程度自家で対処出来る程度の権力を持ち、また借金を抱えている事もなく、身内に問題を抱える者が居ないため他家が付け入る隙もなく、父からして野心を持たないし、わたくしもそのような気持ちはまるでない。

 更に言えば、わたくし自身は散財するような性格でもないし、傲慢ではないとは自分で思います。殿方にチヤホヤされるのを望む性格でもないですし、わたくしが周囲から集られるような気弱な性格でもないつもりです。その辺の矜持くらいは有りますので、その程度ならば退ける気位は持っているつもりです。

 ……客観的にわたくしの立場を見れば、これ程うってつけの人間は居ないのかもしれません。

 わたくし自身、ある程度したら離縁を申し出られても縋る気もないですし。穏やかに静かに過ごせたらそれで良いのです。それで何年か後に離縁されても構いません。

 そう考えると良い婚約に思えます。

 夫人教育とウィステリア公爵夫人という地位に対するやっかみの対処だけは大変かもしれませんが、後々離縁されるとしても学んだ事は無駄にはならない、と信じたいですし、期間限定でも公爵夫人という王族以外では比類無き立場に立つのであれば、嫉妬や僻みなどのやっかみは引き受けねばならないでしょうし、逆に擦り寄って来る相手を適切に対処することは必要なことですから勉強するための費用を支払う、と考えれば頑張れそうな気がします。

 となりますと、離縁された後のことを考えないとならないのではないでしょうか。縁談に恵まれなくてもわたくしが自分の足で立てるだけの何か、を考える必要はありそうです。ここまで様々に考えて。


「畏まりました、お父様。明日からウィステリア公爵家へ移ります。このような突然のお話ですから、心の準備を含めて何の準備も出来ないまま、彼方に赴くこと、お父様も心配ではあられると思います。ですが、お父様とお母様の娘である事を誇りに思い、ウィステリア公にお仕えするつもりです。長らくお育て頂きまして、ありがとうございました。精一杯ウィステリア公にお仕えし、伯爵家に少しでも利益が出るよう務めたいと思います」


 わたくしはこの伯爵家を出る挨拶をこの場で致しました。家令の言葉通りであれば、改めて別れの挨拶をすれば、お父様は泣いてしまわれる事でしょう。

 その涙に誘われて、わたくしも泣いてしまい、離れ難く思う事になりそうですから、これで良いのです。

 直ぐにベルメと共に公爵家へ移り住む支度も始めなくてはならないですし、ね。

 そうしてわたくしはかなり急いで、ですが、必要最低限の物だけを準備して翌日、公爵家からの迎えの馬車に乗り込み、伯爵家の馬車にはわたくしの荷物を乗せてウィステリア公爵家へ移り住むことになりました。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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