王都へ
神託があった時、神父であるダンはアンリのすぐそばに居た。
あまりの神々しい光景に固まっていたが、気を取り直しアンリの元へ行く。
そして放心状態でその場を動けなくなっているアンリをそっと抱きしめた。
聖女になるということはこの世界の危機に立ち向かわなければならないということ。
この小さな少女がそれを背負うのかと思うと心が苦しかった。
決して弱い子ではないのはダンが1番良くわかっている。それでも彼女と長く過ごしてきたからなのか心配せずにはいられない。
女神様が選んだということは絶対に意味がある。
アンリに世界を救う力が備わっているということだ。
でも、よりにもよって娘のように思っていたアンリを…とダンは初めて神を恨みそうになった。
他の領で作物が実りにくい中、別に土や天候など条件は同じこの土地が今までと変わらず作物が実るのはきっと女神の御加護があるからだとは思っていた。
今思えば聖女であるアンリが居たからなのかもしれない。
聖女が誕生したという神託は国全ての教会に響き渡っていたため、すぐさま王都の教会から荷物をまとめておくようにと通達があった。
アンリを王都にある大聖堂へ連れて行くためである。
そこで聖女として色々なことを学ぶらしい。
「神父様、聖女とは何をすればよいのでしょう。」
「最近魔物が活発になってきておるじゃろ?国中の要となる教会や聖地を巡礼し、祈りを捧げて沈静化をはかるのじゃよ。」
「それだけでよいのですか?」
「……それだけで済めばよいのじゃが、もしかしたら戦地へ送られたりするかもしれん。」
「わかりました。巡礼は道によっては魔物が多い所を通らなければならないかもしれませんし油断はできませんね。もし戦地に送られてもきっちり役目を果たそうと思います。」
「いいのかね?もし嫌ならば逃げる手伝いもできるんじゃよ?」
「……私は聖女とかまだよくわかっていませんし、自信がある訳でもありません。でも、この町の人やこれから出会う人、そしてこの麦畑に囲まれた穏やかな景色を少しでも守れるならやってみようと思います。」
「そうか…アンリ、くれぐれも無理はしないように。辛いことがあったらいつでも帰ってきていいんじゃからな。
そして、神父である前にこのダンの弟子であることを忘れるんじゃないぞ。」
「はい、ありがとうございます。」
いつでも優しいダンと過ごした穏やかな日々を思い出してアンリは微笑んだ。笑っていないとやっぱり寂しくて少し涙が溢れそうだったからだ。
その日の午後はいつもの通り炊き出しを行った。住民はアンリが聖女となったことを祝福したり心配したり、とにかく構われる時間を過ごした。
ここは王都から馬車で2日はかかる距離なので、迎えがくるのも2日後だ。その間アンリは荷物をまとめ、できるかぎりお世話になった人達に挨拶をして回る。
シスターとして少しばかり使えていた治癒術も聖女になってから力が強まったので道すがら住民を治療していった。
「領主様、私の力では飢えや大病、寿命はどうにもできません。炊き出しや高齢者への定期的な見回りなどはどうか続けていただけないでしょうか?」
アンリはこの日、領主であるレオナルド・セザンタールへ挨拶に来ていた。初っ端に深々と頭を下げられ、どうか頭を上げてくださいと慌てたばかりである。
「あぁ、それは引き続きやっていこう。君の教会に信頼のできるシスターを1人招いて人員補給するつもりだ。」
レオナルドは誠実な人柄なので領民からも慕われている。きっと上手くやってくれる筈だとアンリは安心した。
「ありがとうございます。」
「おやすい御用さ。君も胸を張って行っておいで。ここの領民はみんな君の味方だからね。」
アンリはレオナルドの言葉を受け改めてお礼を言ってから領主の屋敷を後にした。
そんなこんなで時間はあっという間に過ぎて迎えが来る当日になった。
アンリはいつも通りお祈りをするため女神像の前に膝をつく。
しばらくこの場所では祈りを捧げることが出来なくなる…そう思っていつも以上に心からお祈りすることにした。
支えてくれた人ひとりひとりの顔と大好きなこの町の景色を思い浮かべる。
(どうかみんなを…この場所をお守り下さい。)
するときらきらした風が領内を吹き抜けた。
頭の中がスッキリするような。心が洗われるような。そんな風を受けた領民達は目に見える形で聖女の力を見たのは初めてで驚きと共にアンリは本当に聖女なんだと実感した。
「凄まじい神聖力じゃのう。聖女になってパワーアップした様じゃ。」
いつの間にかそばに居たダンに褒められ、アンリは苦笑した。
「自分ではあまり実感はないんですよね。治癒術がある程度上達したので、確かに神聖力が強まったのかもしれません。」
「先程の浄化の風の時に神聖力が輝きとなって普通の人間にも見えるようになっていたぞ。それ即ち力が強まったという事じゃ。上手く領内を浄化してくれたお陰で魔物は町に近付けんじゃろう。」
「野営などをする時展開する結界魔法の様にですか?」
「んーまぁそんな感じじゃ。浄化は魔に殉ずるもの特化じゃが色々応用もできるじゃろうから慣れてきたら試してみるといい。
王都の大聖堂に行ったらまず神聖力や魔力の量を計り、治癒術や浄化を出来るか鑑定されると思うが、いつもの通りやれば大丈夫じゃろう。」
「わかりました。」
それから2人か神聖力についてあーだこーだ話していると1人の小柄な老人が訪ねてきた。
「おう、アンリ!王都に行くまでに間に合って良かったぜ。」
小柄と言っても結構な小柄で、この世界では剛腕な割に手先が器用な彼らの事をドワーフと呼んだ。
「ガイル師匠どうしたんですか?」
そんな彼をアンリは師匠と呼ぶ。
実はアンリに近接武器の扱いを教えたのは、この町の鍛冶師をしているガイルであった。ちなみに魔法を教えたのがダンだったりする。
「この間挨拶に来てくれた時にはまだ完成してなかったんでな。これを渡しに来たんだ。」
ガイルから渡されたのは小さな空色の魔石が付いた細い銀色のブレスレットだった。
「これはマジックアイテムじゃろ。」
「おうよ!アンリは格納魔法が苦手だったろ?武器と鎧をギリギリしまえる程度だったのがこれを着ければ量用が増えるという訳よ。」
「いいんですか!こんな貴重な物をもらってしまって。」
「当たり前ぇよ。お前さんが聖女なった餞別だからな。」
「ありがとう…ございます!」
彼等と言葉を交わしていると、あとちょっとで王都へ行くということを忘れてしまいそうになる。
そして程なくして王都の神官達が騎士を引き連れてやって来た。
「それでは行ってきます。お世話になりました神父様。」
「あぁ行っておいで。そしていつでも帰って来るといい。 」
「はい。皆さんもお元気で。」
神父と見送りに来てくれた人達に挨拶をして、アンリはついに旅立った。




